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映像作品は舞台の代替となり得るのか

ども、テツオです。

新年、あけましておめでとうございますって前回のブログで言ったような言ってないような...。

緊急事態宣言が再び発令されて、飲食店やサービス業の方々が本当に大変な状況が訪れてしまいました...。

僕もクラスを1月から、と思っていたのですが2月中旬ごろの方が世間的にも良いのではないだろうか、と悩んでおります。


さて、今回は映像作品は舞台の変わりとして成り立つのか、について考えてみようと思います。

昨年、新型コロナウイルスの影響で、ステイホームや3密などなるべく人と関わらない、密集しない、ということを強いられてきました。

その打撃を受けてしまった業界に、ダンス業界は入るでしょう。
インストラクターを生業としていた方や、舞台やイベントに出演したり企画をする方々は、中止を余儀なくされることも多かったと思います。

その辺りから、オンラインパフォーマンスや映像作品と呼ばれるものが一気に広まったような気がしています。

舞台ができないなら、映像で。

これは今の状況では致し方ないと思っていますし、一つの表現の仕方として否定もしませんし、僕自身も映像を作っております。

しかし、僕は映像は舞台の代替としては機能をしない、と思っています。


映像作品は気軽に「観る」ことができて、低価格で誰でも手を伸ばせるという利点があり、演者も自分の作品を広める、という意味ではとても効果的だと思います。

しかし、生の舞台とは全く違う。劇場に入った時のざわめきや、暗転した直後の静寂と緊張感、生の演者のパフォーマンス。
これらは舞台でしか味わえないリアルな体験であり、そのひと時にしか味わうことができないもの。

僕たち表現者は、ここが原点だということ忘れてはいけない、と思うんです。

今、YouTubeなどの動画のプラットフォームを通して、たくさんの映像が発信されていますが、その場所がダンスやパフォーマーのゴールであってはいけないと僕は考えています。

映像は舞台という生物の代替をできません。

こんな状況ではありますが、いやこんな状況だからこそ、どうすれば生物をお客さんに届けることができるのかを模索する必要があるんじゃないだろうか、と考えるわけです。

みなさんは、映像と舞台の関係についてどう思いますか?

では!


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