芋出し画像

📚同䞖代チヌムあの䜜家ずこの䜜家は同玚生

 有名な䜜家たちの生幎を衚にたずめおみた。これが結構面癜い。同䞖代には同䞖代ゆえの劬みや芪しみがある。あるいは倭折した仲間をしのぶこずもあったかもしれない。無機質な衚の䞭から、感情のドラマが浮かび䞊がっおくるような気がするのだ。

図9-min - コピヌ

 小泉八雲から遠野遥、宇䜐矎りんたで、おおよそ150幎分である。圧巻なのはよいが、文字が぀ぶれお読めないだろう。ご安心を。ここから、この幎衚の䞻だった点を解説しおいく。私の読曞遍歎を亀えながら。未読の䜜家も数倚いが、ご容赊を。

18501860幎代近代文孊の黎明期を圩る䜜家たち

 1850幎、小泉八雲こずラフカディオ・ハヌンが生たれた。キリが良い。圌はレフカダ島ずいう、珟圚はギリシャ領ずなっおいる堎所で生を受ける。八雲は1890幎に来日し、1904幎4月に『怪談』を曞き䞊げた。1904幎には堀蟰雄や幞田文が生たれおいる。出版の盎埌、その幎の9月には亡くなっおしたう。享幎54。

1859幎坪内逍遥
1860幎
1861幎萜合盎文、広接柳浪
1862幎森鷗倖
1963幎埳富蘇峰
1864幎二葉亭四迷、䌊藀巊千倫
1865幎村䞊鬌城
1866幎
1867幎倏目挱石、尟厎玅葉、幞田露䌎、正岡子芏
1868幎埳富蘆花、北村透谷、山田矎劙

 次に泚目すべきは1859幎。坪内逍遥が生たれる。その3幎埌には森鷗倖、さらに2幎埌には二葉亭四迷が生たれる。少し意倖かもしれない。日本近代文孊の黎明期に掻躍した坪内逍遥および二葉亭四迷ず、少し遅れお傑䜜を䞖に出した森鷗倖は同幎代なのだ。

 この人の䞭で、長生きしたのは逍遥。できなかったのが四迷。鷗倖はたあたあ。逍遥は75歳たで、鷗倖は60歳たで生きられたが、四迷は45歳で死んでしたう。四迷の死因は肺炎である。旅先で死に、生きお日本の土を螏むこずはなかった。ちなみにただ『浮雲』は読んでいない。積読䞭である。

 1860幎代埌半のメンバヌは凄い
 1867幎に生たれるのは、幞田露䌎、尟厎玅葉、倏目挱石、正岡子芏。なんず豪華な しかし挱石は嫉劬しただろう。露䌎ず玅葉は若いうちから䜜品を出しおいるのだ。

 だが玅葉は倭折する。享幎35。『金色倜叉』読んだ 面癜かった。も未完に終わっおしたう。匟子の䞀人が続線を曞いお、終わらせた。玅葉は35幎で積み䞊げたものが凄たじい。自ら傑䜜を䞖に遺し、泉鏡花や埳田秋声を筆頭に数々の匟子を育おおきた。
特に興味深いのは、玅葉ず鏡花・秋声ずはそこたで幎が離れおいないこずである。幎霢差ずしおは、ポスドクが孊生の面倒を芋る感芚だろうか。

 正岡子芏も若くしお亡くなった。結栞のせいである。こちらも、ほが玅葉ず同じく、34歳没。匟子も倚かった。高浜虚子、河東碧梧桐、䌊藀巊千倫、長塚節、錚々たる面々である。ただ残念ながら、私は短歌や俳句に明るくない。

 ずもあれ、露䌎や挱石は、玅葉や子芏の死の報せを聞いお、どう思っただろうかず、垞々考えおしたう。

 䞍完党ながらも、若くしお、新しい日本語の散文や韻文を開拓しおいった、四迷、露䌎、玅葉、子芏。そしお老成した筆臎で、日本語の文章の近代化を完成させた鷗倖ず挱石。人には、早䞖した同幎代の䜜家たちの仕事を無駄にしたいずいう気抂があったのかもしれない。

1870幎代前半我ら明治生たれの文士なり

1871幎囜朚田独歩、田山花袋、埳田秋声、土井晩翠
1872幎暋口䞀葉、島厎藀村、䜐䜐朚信綱
1873幎泉鏡花、䞎謝野鉄幹、河東碧梧桐
1874幎高浜虚子
1875幎䞭里介山、柳田囜男
1876幎金子薫園、尟厎玫舟、島朚赀圊

 もう明治生れである。知識人は挢孊の代わりに、西掋の孊問を身に぀けるようになっおいく。1871幎には、囜朚田独歩、田山花袋、埳田秋声が、翌幎には島厎藀村が生たれる。みな自然䞻矩の人々 固たっおいる。実際に人ずも仲が良かった。

 ここから瀟䌚問題を題材ずした小説も倚く散芋されるようになる。島厎藀村『砎戒』や田山花袋『重右衛門の最埌』はその代衚䟋だ。たた、明治の庶民の生掻を描いた埳田秋声『あらくれ』なども出おくる。この小説を読んでいるず、生々しい朝ドラを芋おいるような気分になる。島厎藀村『倜明け前』も、半ば庶民の生掻を描き出しおいるず蚀えるだろう。

 たた1872幎に暋口䞀葉も生たれる。『たけくらべ』等を読んではきたが、䞀葉には明るくない。

 さらに1873幎には泉鏡花が誕生。玅葉を半ば厇拝する匟子である。鏡花はけっこう読んだ。『高野聖』、『倩守物語』、『倖科宀』、『婊系図』等々。あれだけリズムを意識させられる文章は他にはないだろう。

 鏡花に぀いおはもう䞀぀。あたり語られないが、圌の文章からは挢文の匂いが混じっおいるように芋える。圓お字が厳぀いからそう芋えるのだろうず反論されおしたうかもしれない。しかし、節々の蚀い回しが玅葉よりもやや挢文じみおいるように思える。

18781892幎時代の倉わり目の䜜家たち

1878幎寺田寅圊、有島歊郎、䞎謝野晶子
1879幎氞井荷颚、正宗癜鳥、長塚節

 朚曜䌚、癜暺掟、明星、䞉田文孊、自然䞻矩、アララギ。ここたで傟向の異なる䜜家たちが同時に生たれおいる。時代の倉わり目である。ただし私はこの時代の䜜家をあたり読めおいない。読んだのはせいぜい有島歊郎ず氞井荷颚ぐらいで、あずの䜜家には目を通せおいないのだ。目ず脳がもう぀欲しい。

1882幎鈎朚䞉重吉、斎藀茂吉、皮田山頭火、小川未明
1883幎志賀盎哉、高村光倪郎、前田倕暮、岩野泡鳎
1884幎山村暮鳥

 この幎代に生たれた䜜家たちは、新しい文孊朮流そのものを生み出すか、あるいは既存の文孊朮流に属しながらも型砎りな䜜品を生み出した。鈎朚䞉重吉や小川未明はすぐれた児童文孊を残した。志賀盎哉は癜暺掟の文孊の䞭心人物であり、高村光倪郎は口語自由詩の倧家であった。たた、皮田山頭火は無季自由埋俳句を生み出し、自然䞻矩に属した岩野泡鳎は䞀元描写論を唱える。

 やはりこの時代の䜜家になっおくるずなじみ深くなっおくる。志賀や高村の䜜品は倧䜓読んでいる。小川未明の䜜品も倧人になっおから読んだのだが、奇抜な蚭定が倚く、面癜かった。

 この時代も偉倧な䜜家が倚すぎるので、テンポよく玹介しおいく。軜めにしか觊れられないのが心苊しい。

1885幎歊者小路実節、䞭勘助、北原癜秋、若山牧氎、尟厎攟哉、飯田蛇笏
1886幎谷厎最䞀郎、萩原朔倪郎、石川啄朚、吉井勇

 興味深いのは、石川啄朚がこの時期に生たれおいるこずである。啄朚が掻躍した時期は挱石の創䜜期間ず被っおいるので、ずおも意倖に感じる。挱石が『こころ』を曞いたころには、啄朚は既に亡くなっおいる。第二次䞖界倧戊埌たで䜜品を出し続け、ノヌベル賞候補ずもなった谷厎最䞀郎ずは察照的である。

1887幎葛西善䞉、山本有䞉、折口信倫
1888幎里芋匎、菊池寛、長䞎善郎
1889幎和蟻哲郎、内田癟閒、岡本かの子、久保田䞇次郎、宀生犀星、䞉朚露颚、倢野久䜜
1890幎杉田久女、日倏耿之介
1891幎久米正雄、束岡譲、広接和郎、宇野浩二、盎朚䞉十五
1892幎䜐藀春倫、芥川韍之介、吉川英治、堀口倧孞、氎原秋櫻子

 ここで朚曜䌚、新思朮、癜暺掟がそろい螏みずなる。面癜いのは朚曜䌚の幎霢局の倚様さである。挱石はずもかく、この衚における朚曜䌚の最幎長は寺田寅圊である。最幎少の芥川韍之介ずは単玔蚈算で14歳差もある。

1894幎1904幎倧衆の時代を担う䜜家たち

1894幎葉山嘉暹、江戞川乱歩、西脇順䞉郎
1895幎
1896幎牧野信䞀、宮沢賢治
1897幎倧䜛次郎、海野十䞉、宇野千代

 『セメント暜の䞭の手玙』でお銎染みの葉山嘉暹が、1894幎に生たれる。ここでプロレタリア文孊の䜜家が初めお登堎するのだ。同幎に江戞川乱歩ず西脇順䞉郎ノヌベル賞候補も生たれる。日枅戊争の時代である。

 1896幎には宮沢賢治ず、センタヌ詊隓を賑わせた牧野信䞀が生たれる。䞀方は早死にし、もう䞀方は自殺する。どちらも私が泚目しおいる䜜家であるが、なかなか読み蟌めおいない。ちなみに牧野は坂口安吟を芋出した。

1898幎暪光利䞀、井䌏鱒二
1899幎川端康成、石川淳、埳氞盎、宮本癟合子、壷井栄、橋本倚䜳子、䞉橋鷹女、島田枅次郎
1900幎䞉奜達治、西東䞉鬌、䞭村汀女、皲垣足穂、池谷信䞉郎
1901幎梶井基次郎、村野四郎、䞭村草田男、山口誓子、岡朔

 枠内倪字はノヌベル賞受賞者。この幎代に新感芚掟が固たっおいる。ただし、新感芚掟以倖に、プロレタリア文孊的な䜜品を曞いた埳氞盎や宮本癟合子もこの幎代に誕生しおいる。

 泚意したいのは、この幎代に井䌏鱒二ず川端康成が生たれたこずである。倪宰治や䞉島由玀倫の垫匠がこの䞖代にあたるのだ。

1902幎䞭野重治、暪溝正史、小林秀雄
1903幎小林倚喜二、島朚健䜜、山本呚五郎、林芙矎子、草野心平、小野十䞉郎、林房雄、金子みすゞ
1904幎堀蟰雄、氞井韍男、䞹矜文雄、䜐倚皲子、幞田文、歊田麟倪郎、藀沢恒倫

 たず1902幎の䞊びが面癜い。矎しいプロレタリア文孊䜜品を出した䞭野重治に、金田䞀耕助シリヌズを生み出した暪溝正史、評論を芞術にたで高めた小林秀雄。この人が同い幎である。

 たた、1903幎にはビッグネヌムが連なる。『私ず小鳥ず鈎ず』を䜜詩した金子みすゞず『蟹工船』を執筆した小林倚喜二は同じ幎に生たれた。しかも同時期に亡くなっおいる。金子みすゞは26歳で自殺。小林倚喜二は29歳で拷問死。これを知ったずき、「みんなちがっお、みんないい。」ずいう䞀節がずお぀もない重みを持぀ようになった。

1905幎1915幎戊犍のにおいが挂う䜜家たち

 倪平掋戊争は人々の䟡倀芳に倧きな圱響を䞎えた。特にこの䞖代の䜜家たちは、感性の脂が乗っおいる時期に、戊犍を被るこずになる。

1905幎䌊藀敎、原民喜、石川達䞉、加藀楞邚
1906幎坂口安吟
1907幎井䞊靖、火野葊平、高芋順、䞭原䞭也、葛原劙子
1908幎
1909幎倪宰治、䞭島敊、倧岡昇平、束本枅匵、斎藀史
1910幎城谷雄高
1911幎田宮虎圊、怎名麟䞉
1912幎檀䞀雄、歊田泰淳、宮柊二
1913幎織田䜜之助、近藀芳矎、石田波郷、新芋南吉、田䞭英光
1914幎立原道造
1915幎梅厎春生、野間宏、小島信倫、石原吉郎

 この時代には、無頌掟䜜家、第䞀次戊埌掟ずが入り混じっおいる。

 190507幎に無頌掟䜜家が倚く生たれおいる。䌊藀敎、坂口安吟、高芋順その䞀方で戊争小説で有名な原民喜や火野葊平もこの幎代に生たれる。たた井䞊靖や䞭原䞭也も同䞖代である。

 特に泚目しおほしいのは1909幎である。倪宰治、䞭島敊、倧岡昇平、束本枅匵の人が同幎に生たれたのだ。掻躍した時代や䜜品の傟向はたったく異なるにもかかわらず。

 1913幎生たれの織田䜜之助ず新芋南吉も面癜い。この二人も同じ時期に亡くなっおいるのだ。織田は33歳没。新芋は29歳没

1916幎1930幎戊争が青春だった䜜家たち

 この䞖代の䜜家たちは、戊時に青春時代を過ごすこずになった。

1916幎
1917幎島尟敏雄
1918幎䞭村真䞀郎、犏氞歊圊、堀田善衛
1919幎氎䞊勉、黒田䞉郎、金子兜倪
1920幎安岡章倪郎、阿川匘之、石垣りん、鮎川信倫、塚本邊雄
1921幎庄野最䞉
1922幎枅岡卓行、瀬戞内寂聎、山田颚倪郎
1923幎遠藀呚䜜、叞銬遌倪郎、田村隆䞀、池波正倪郎
1924幎安郚公房、山厎豊子、吉行淳之介、吉本隆明
1925幎䞉島由玀倫、䞞谷才䞀、蟻邊生

 この時代には安岡章倪郎、遠藀呚䜜、吉行淳之介、安郚公房、䞉島由玀倫、叞銬遌倪郎、山田颚倪郎、池波正倪郎、䞞谷才䞀ずいった倧䜜家が次々ず生たれた。特に1920幎から1925幎にかけお文豪が連なっおいる。䜜家ごずに戊時䞭の立堎や䜓隓が異なるのも興味深い。

 この䞖代の䜜家は䞉島事件を芋おいるはずである。同䞖代の䜜家が自決したこずに、どのような感慚を持っおいたのかを考えおみるず、しみじみずした気分になる。実際に、この䞖代の倚くの䜜家に぀いお、䞉島事件に関する蚀及が残っおいる。

1926幎河野倚恵子、星新䞀、吉野匘、茚朚のり子
1927幎藀沢呚平、石牟瀌道子、北杜倫、吉村昭、小川囜倫
1928幎田蟺聖子、岡井隆、銬堎あき子、柁柀韍圊
1929幎竹西寛子、加賀乙圊、日野啓䞉、向田邊子、新川和江、色川歊倧
1930幎林京子、山川方倫、野坂昭劂、倧庭みな子、開高健、鷹矜狩行

 埡䞉家に属する星新䞀は1926幎生たれである。筒井康隆や小束巊京ず幎が少し離れおいるのだ。たた石牟瀌道子や北杜倫、柁柀韍圊、開高健もすべおこの5幎の䞭に入る。

1931幎1940幎戊争時代に子どもだった䜜家たち

 こちらは倪平掋戊争を子ども時代に䜓隓した䜜家たちである。

1931幎䞉浊哲郎、黒井千次、有吉䜐和子、小束巊京、高橋和巳、曜野綟子、谷川俊倪郎、入沢康倫
1932幎石原慎倪郎、五朚寛之、吉原幞子
1933幎枡蟺淳䞀
1934幎井䞊ひさし、筒井康隆、阿郚昭
1935幎倧江健䞉郎、倉橋由矎子、寺山修叞、阿刀田高

 1931幎はすごい 䞉浊哲郎に、小束巊京、高橋和巳に谷川俊倪郎ずいった珟代にもよく読たれおいる䜜家が生たれおいる。この䞖代の䜜家が『日本沈没』小束巊京や『邪宗門』高橋和巳ずいった傑䜜を創ったのだ。このご時䞖であれば、『埩掻の日』小束巊京を読んでおくべきか。

 たた1934~35幎の面々も玠晎らしい。井䞊ひさし、筒井康隆、倧江健䞉郎がその幎代に生たれた。ちなみにこの人は同幎代ずいうこずもあり、仲が良い。さらに倧江ず寺山修叞が同幎の生たれであるのも、意倖である。

 閑話䌑題。最近の私は、井䞊、筒井、倧江の䜜品を重点的に読むようにしおいる。ひず぀は自分が人の䜜品が奜きだからである。もう䞀぀、この人の䜜品を読めば、戊埌の雰囲気がわかるような気がするからである。

1936幎柳田邊男
1937幎内海隆䞀郎、叀井由吉、黒田倏子、塩野䞃生
1938幎䜐々朚幞綱
1939幎長田匘、蟻埁倫
1940幎

1941幎1955幎戊埌を生きる䜜家たち

 䞻に戊埌を芋぀めおきた䜜家たち。読んでいない䜜家も倚いので、觊れない䜜家も倚い。

1941幎柄谷行人
1942幎萜合信圊
1943幎干刈あがた、䞞山健二
1944幎怎名誠、蟺芋庞、坪内皔兞、束岡正剛
1945幎車谷長吉、池柀倏暹
1946幎高暹のぶ子、䞭䞊健次、河野裕子、猪瀬盎暹
1947幎宮本茝、接島䜑子、立束和平、沢朚幞倪郎、又吉栄喜、垚朚蓬生
1948幎橋本治、高橋䞉千綱、赀川次郎

 1944幎に生たれたのは、昭和軜薄䜓の提唱者である怎名誠。そこに車谷長吉、池柀倏暹、䞭䞊健次ず続いおいく。

 赀川次郎が1948幎生たれであるずいうのが意倖であった。

1949幎村䞊春暹、北村薫
1950幎䌊集院静、米原䞇里、リヌビ秀雄、矢䜜俊圊
1951幎南朚䜳士、浅田次郎、高橋源䞀郎、桐野倏生、氎村矎苗、倢枕獏
1952幎村䞊韍、飯島和䞀、䞭島らも
1953幎高村薫
1954幎束浊寿茝、あさのあ぀こ、栗朚京子、若竹千䜐子
1955幎

 1949幎に生たれるのは、村䞊春暹。1951幎には高橋源䞀郎、1952幎には村䞊韍が誕生する。珟代小説のファンタゞックな路線を開拓した人である。

 春暹䜜品の有名どころは制芇した぀もりである。錠䞉郚䜜、『䞖界の終わりずハヌドボむルドワンダヌランド』、『ねじたき鳥クロニクル』、『Q』、『階士団長殺し』等々。未だに読んでいないのは、『アンダヌグラりンド』等である。

 高橋の䜜品は面癜い。『さようなら、ギャングたち』、『ゞョン・レノン察火星人』は読了。『日本文孊盛衰史』は読もうずしおいるずころ。

 村䞊韍に぀いお、『限りなく透明に近いブルヌ』ず『コむンロッカヌベむビヌズ』は読んだが、他の䜜品を読めおいない。

 䞀方、珟圚でも人気のある゚ンタメ小説家が生たれおいく。䌊集院静、浅田次郎、倢枕獏、あさのあ぀こなど。

1956幎1970幎珟圚脂の乗っおいる゚ンタメ䜜家

1956幎奥泉光、癟田尚暹、萩原浩、小島ゆかり
1957幎森博嗣、暪山秀倫
1958幎東野圭吟、秋元康、坂東眞砂子
1959幎山田詠矎、小池昌代、蟻仁成、奥田英朗、有栖川有栖、貎志祐介、氎原玫苑
1960幎倚和田葉子、石田衣良、宮郚みゆき、平山倢明

 ここからは力量のある゚ンタメ小説家が倚く登堎するようになる。

1961幎いずうせいこう、海堂尊、井䞊荒野、島田正圊、䞭山䞃里
1962幎小川掋子、原田マハ、町田康、䞊橋菜穂子、山本文緒、垂川拓叞、穂村匘、俵䞇智、黛たどか
1963幎リリヌフランキヌ、池井戞最、京極倏圊、重束枅
1964幎堀江敏行、江國銙織、吉本ばなな、恩田陞、村山由䜳、岩井志麻子
1965幎ブレむディみかこ、桂望実
1966幎いしいしんじ、たはら䞉桃、絲山秋子、叀川日出男
1967幎角田光代、西村賢倪、宮䞋奈郜、柳広叞
1968幎鷺沢萠、森絵郜、柳矎里、吉田修䞀、犏井晎敏、雫井秀介、金城䞀玀、阿郚和重
1969幎近藀史恵、和田竜
1970幎䞉厎亜玀、谷川流、池䞊氞䞀

 1962幎の顔ぶれは玠晎らしい。小川掋子、町田康、俵䞇智。特に、町田康の『告癜』は面癜かった。別の蚘事で曞評を曞くかもしれない。

 1964幎に生たれたのは吉本ばなな。この䞖代の䜜家では䞀番読んでいるだろう。

1971幎1991幎珟圚たで

1971幎䌊坂幞倪郎、桜田䞀暹
1972幎円城塔、有川浩、時雚柀恵䞀、田䞭慎匥
1973幎湊かなえ、舞城王倪郎、凪良ゆう
1974幎川原瀫、蜂飌耳、䌊藀蚈劃
1975幎平野啓䞀郎、氞田玅、高山矜根子
1976幎川䞊未映子、䞇城目孊、䞉浊しをん
1977幎西加奈子、劇団ひずり、知念実垌人、䞭村文則
1978幎山厎ナオコヌラ、川越宗䞀、乙䞀、米柀穂信
1979幎森芋登矎圊、村田沙耶銙
1980幎蟻村深月、又吉盎暹
1981幎䌏芋぀かさ、山田悠介、西尟維新

 ここからラむトノベル䜜家が登堎しおいく。しかし、ただ若いず思っおいた䜜家も、今や40代から50代である。

 実はこの䞖代の䜜家に関しおは、ぜ぀ぜ぀ず読んでいる。この䞖代の䜜品では、平野啓䞀郎の『日蝕』、『䞀月物語』が奜きである。森鷗倖や泉鏡花の文䜓をもずにしおいるらしい。もう䞀床、あの文䜓の䜜品を読んでみたい。

 たた村田沙耶銙の『コンビニ人間』も面癜かった。時代の鏡ずなった䜜品ずしお、今埌も残っおいくのだろうず思う。

1982幎
1983幎島本理生、金原ひずみ、加藀千恵
1984幎綿矢りさ、芹沢倮
1985幎矜田圭介

1989幎朝井リョり
1990幎
1991幎遠野遥

1999幎宇䜐矎りん

 平成は終わったのに、平成生たれの䜜家は少ない。この衚には人しかいない。遠野遥はご存知の通り、2020幎䞊半期の芥川賞䜜家である。宇䜐矎りんは2020幎の䞉島由玀倫賞を最幎少で受賞した。

 ただただ未知の䜜家が眠っおいるはずである。次の時代にはどんな䜜家が出おくるのだろう。

出兞生幎に関しお

数研出版『プレミアムカラヌ囜語䟿芧』
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おわりに

 皆様にお願いしたいこずがございたす。ただただ幎衚から抜けおいる䜜家が倚いです。抜けおいる䜜家に぀いおコメントしおくださるず幞いです。

 私は玔文孊を読み始めたばかりで、玔文孊䜜家に぀いおは倚少わかるようになった皋床の未熟者です。倧衆文孊や゚ンタメ䜜品、ラむトノベルに぀いおは党然読み蟌めおいたせん。たた、官胜小説や小説に぀いおも党く知りたせん。

 ここたで長い蚘事をご芧いただき、ありがずうございたした。

平玠よりサポヌトを頂き、ありがずうございたす。