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夢幻星#9

「ふ〜、撮影お疲れ様でした」

「ありがとうございます」

真珠さんは俺が自販機で買ってきた飲み物を受け取ると、ごくごくと飲み始めた。

日中の気温はもうだいぶ高くなってきている。こんな中での長時間の撮影だ。そりゃ喉も渇くだろう。

俺も真珠さんに続いて飲み物をごくごくと飲んだ。

相変わらず真珠さんは俺の撮影の要求にも快く応えてくれた。

それにしても俺は何ていい人を見つけてしまったんだろう。いや、正確にいうと俺が見つけられたのか?

神様。もし本当に存在するのならば、こんな偶然の出会いをありがとう。

真珠さんと動画撮影ができることを神様に感謝せずにはいられなかった。

「今日の撮影が一体どんな動画になるのか私には想像もできないです。だからこそ完成が楽しみなんですよね〜!そういえば麦さんってどうして動画制作を始めたんですか?」

真珠さんは飲んでいた缶ジュースから口を離すと、笑顔でそう聞いてきた。

「昔から自分の頭の中の世界観を表現するのが好きだったんですよ。最初は絵で表現してたんですけど動画の方がより分かりやすく表現できるかなって」

「そうなんですね〜麦さんの頭の中覗いてみたいです」

真珠さんはそう言って飲み物を口に含んだ。

俺もそれに釣られて自分の飲み物を口に含む。

「あーあと、あれです。自分が生きていた証を残したいっていうのもあります。昔ONE PIECEっていう漫画で読んだんですけど、人は2回死ぬらしいです」

「え、1回じゃないんですか?」

真珠さんは缶ジュースから口を離すと、驚いた様子でこちらに顔を向けた。

「1回目は肉体の死。そして2回目は誰かに忘れられたとき。全ての人が自分という存在を忘れてしまったとき本当の意味でその人は死ぬ」

「なるほど」

「1回目の死は誰にも避けることはできないけれど、自分の作品をこの世に残しておけば、それを見るたびに誰かが俺のことを思い出すと思うんです。そうすれば2回目の死は回避することができます」

真珠さんは何か面白いものでも見るような目で見つめてくる。

そんなにマジマジと見ないでくれ。照れるじゃないか!

「動画制作を始めた理由はそんな感じですね」

俺は真珠さんから視線を外すように、持っていた缶ジュースの残りを一気に飲み干した。

「じゃあ麦さんの作品に出演している私も、2回目の死を回避することができますね」

真珠さんはそう言って無邪気に笑っている。予想外の返答に俺は少しびっくりしてしまった。

今までも動画制作を始めたきっかけを話す機会があったけれど、その度に鼻で笑われてきた。

いや、真珠さんも話を聞いて笑っていることには変わりないんだけど、その笑い方は他の人とは違う。鼻で笑っている感じではない。ほんとに嬉しくて笑っている感じだ。

「確かにそうですね」

もう少し気の利いた返答ができないもんかね俺は。そう思ったがそれ以上の返答が思いつかなかった。気がつけばあたりは少しずつ暗くなってきている。解散をするにはちょうど良い時間だ。動画を撮影するという本来の目的は達成されている。

じゃあこのへんで解散しますか。と言いかけた時

「麦さん私お腹減りましたー。せっかくなんで何か食べましょうよ」

確かにお腹は減っていたし、夕食にはちょうど良い時間だ。それにせっかく撮影に協力してくれたのに何もお礼をせずに解散するのも何か気が済まない。

「確かにお腹減りましたね。何か食べて帰りましょう」

そう言って俺は目の前にあった鉄板焼きのお店に行くことにした。まぁここのお店は初めてではない。昔一度来たことがある店だ。席は個室になっていてもちろん料理もうまい。

早速席に座り俺はビールを注文しようとした時、車で来ていたことを思い出した。しぶしぶウーロン茶を注文した。

「え?飲まないんですか?」

真珠さんは意外そうな顔でメニュー表を片手に聞いてきた。

「いや、ほんとは飲みたいんですけど今日車で来たもんで」

「あーそれは仕方ないですね。代わりに私が飲みますね!ハハ」

そう言って真珠さんは生ビールを注文した。

なんの代わりだよ!とツッコミたくなったがそれよりも生ビールを注文したことに驚いてしまった。勝手なイメージだがカシオレとかピーチウーロンとか飲むのかと思っていた。まさかこの顔と雰囲気で生ビールを頼むとは。人は見かけによらないな。

注文からすぐに2人の飲み物が運ばれてきた。

「撮影お疲れ様です。乾杯」

ウーロン茶が撮影に疲れた体に染み渡ってくる。ふと真珠さんの方を見てみると美味しそうにビールをごくごくと飲んでいる。

「ぷはーおいしい〜」

なかなか豪快な飲みっぷりだ。なんだかイメージしていた真珠さんとは違う真珠さんがそこにはいた。

「ん?どうしたんですか?」

俺の視線に気がついた真珠さんは、持っていたビールを机に置いて聞いてきた。口にはほんのりとビールの泡がついている。

「いや、あまりにも美味しそうにビール飲むんで。っていうかビールとか飲むんですね」

「私ビール大好きですよ!あれですか?もしかしてカシオレとかピーチウーロンとかそういう甘いお酒を飲むと思ってました?」

図星だった。さっき俺が考えていたことをそのまま言い当てられた。

「まぁそうですね。ビール飲むのは意外でした。見た目の雰囲気からてっきり甘めのお酒を飲むのかと」

「見た目とのギャップがあるっていうのはよく大学の友達からも言われます。基本中身そんなに可愛くないですよ。結構おっさんです」

そう言って笑いながらまたビールをごくごくと飲み始めた。

そんな真珠さんの気取らない性格もあってか、いつの間にか気を使わなくなっていった。

注文した料理が全て出揃った頃、真珠さんは2杯目のビールを注文していた。今日の撮影がよっぽど疲れたのか、ただ単純にビールが好きなのか、真珠さんの飲みっぷりは気持ちいいものがあった。

「真珠さんってどうして動画を見るのが好きなんですか?」

唐突に俺は質問してみた。

「うーん、動画を見ることによってその動画を作った人が何を考えているのか?どう言った意図を込めてその動画を作ったのか?頭の中を覗けているような気がしてくるんですよ」

なるほど、だからさっき俺の頭の中を覗いてみたいと言っていたのか。もしかして真珠さんも変わり者?

「真珠さんって変わってるって言われません?」

「え、めっちゃ言われます」

「麦さんも変わってるって言われません?」

「めっちゃ言われます」

「私たち似たもの同士ですね」

そう言ってもう一度乾杯をした。

#10へ続く




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