見出し画像

夢幻鉄道~嫌い、キライ、きらい…


段落ごとに見出しをつけてます。
途中まで読んだ時は
見出し番号を覚えておけば
そこから読めますので
しおり代わりにどうぞ。

有料記事となっておりますが
物語全文は無料で読めます!
”面白かった”軽い気持ちで入れる
おひねり置き場が
有料になっておりますm(__)m


◆1

わたしは、子どもがきらい。

なのに今わたしはお母さんをやっている。

大好きな人が出来て
この人との子どもが欲しいと願って
結婚して、妊娠して。

とんとん拍子に物事は進んだ。
子どもが嫌いでも
大好きな人との子なら
アタリマエに可愛いと思ってた。

アタリマエに好きになると思ってた。

…でも、やっぱりわたし、
子どもがきらいです。


◆2

長男のタイチは今2歳手前。
すっかり歩くのが上手になって
外で目を離すと本当に
あちこち行ってしまう。

家に居れば掃除しても掃除しても
片づけたところから汚していく。

どんなに頑張ってご飯を作っても
全部つぶしてひっくり返して

お菓子が入った引き出しを叩いては
私のご飯よりお菓子がいいと泣く。

抱っこと言うから抱っこすれば
やっぱり歩きたいと身をよじり

ベビーカーに乗りたいと騒ぐから
乗せてあげても
やっぱり降りると大騒ぎ。

絵本を読んでほしそうに
持ってくるから読んであげても
勝手にページをめくったり
途中でどっか行ってしまったり

積み木を一緒に積んでいても
私が積み上げた家を全部崩してしまう。


タイチに何をやっても
拒まれているような
そんな気持ちになるけれど

でもわたしは
”おかあさん”だから
それを笑って受け止めなきゃいけない。


…ねぇ、わたし
この子がかわいくないんです。


◆3

「ちょっと部屋が散らかりすぎじゃない?」

私が大好きになって結婚した彼は
最近よくこう言う。

「掃除しても掃除しても
すぐにタイチが散らかすの」

「それにしたって、もう少し頑張ろうよ。
仕事しないでずっと家にいるんだから」


大好きになって結婚したはずなのに

私はその気持ちも忘れかけている。

なんで私ばっかり辛いの。

おかあさんってそんなに
頑張らないといけないの。

そんなことばかり考えていたら
朝ごはんの目玉焼きが焦げてしまった。

「…ごめん、焦がした」

「…いいよ、コンビニでなんか買って
食べながら会社行くわ」

うんざりしたような顔で
夫は身支度をして
タイチを軽くあやして出て行った。


…ねぇ、わたし、彼のことも、
もう好きじゃないんです。


◆4


天気がいい日は外に散歩に行って
近くの公園でママ友と待ち合わせ。

どうでもいい話をして

子ども同士を遊ばせながら

”息抜き”をする。

…息抜き?

全然、息なんて抜けない。

女同士のギスギスドロドロした関係。
エミさんと仲良くしたら
ユリさんとは仲良くしちゃいけないの。

ボスママのエミさんが
言うことは絶対なの。

エミさんが嫌いな人は
私も嫌いにならなきゃいけないの。

本当は嫌いじゃないの。
むしろエミさんより
ユリさんの方が好きなの。

でも、下手なことを言うと
親子ともども「公園仲間」から
きっと干されてしまう。

タイチはエミさんの
息子さんと遊んでるとき
とっても楽しそうだから
この輪から外れるわけには
いかないの。

だから私は
上っ面の笑顔を張り付けて
そこにニコニコ座っている。


…ねぇ、わたし、


…じぶんのことが


いちばん嫌いです。

◆5


おかあさんになんて
ならなければよかった。

毎日、思ってる。
でも始めてしまったら
もう辞めることは許されない。

”おかあさん”ってもしかして
どんなブラック企業より
ずっとブラックなんじゃない?

夜泣きされたら眠れないし
熱が出たって病院も行けないし
朝から晩まで家事に育児に追われて
お給料だって貰えやしない。

ちょっと愚痴をこぼしたら

「でもみんな
当たり前にやってることだから」

…当たり前。


おかあさんなら
アタリマエ。


…なんて呪い。


◆6


今日もきっといつもと
同じ一日。

朝起きて
ご飯を作って

夫に嫌味を言われて

タイチにご飯を
ひっくり返されて

床に散らばったご飯を拾って

べとべとになった服を
バケツに浸ける。

散らかった部屋にいたくないから
寝癖がついたままの
タイチと一緒に外に出る。


今日は公園行きたくないな。


ベビーカーにタイチを乗せて
ちょっと隣町まで行こう。

新しくできた子連れ施設が
結構楽しいんだって
エミさんが言ってたっけ。


◆7

すいている時間を選んで
電車に乗り込む。

うっかり混んでいる時間に
子どもと乗ったときは
本当に嫌な目に遭った。

人ごみが嫌だったのか
大声でタイチが泣き出して。

ベビーカーから降ろして
片手でベビーカー抑えて
もう片方の手で抱っこしたら
後ろの方から舌打ちが聞こえた。

私はめったに電車乗らないから
全然そんなこと知らなかったんだけど

ベビーカーはたたんで乗車するのが
”マナー”だったらしい。

確かにベビーカーって場所を取る。
広げて乗り込んだら
迷惑だったと後から思った。

…でも、そんなの、母親教室でも
習わなかったよ?

片手で泣くタイチを抱っこして
片手でベビーカー抑えて
不安定な電車の中に立ちながら

私は本当に
いたたまれない気持ちになった。


だからその後からは出来るだけ
すいてる時間を選んで
乗るようにしているんだ。

もちろん、それでも
ベビーカーは
たたんでるよ。


◆8


今日のタイチは機嫌がよさそうだ。

機嫌がいいときのタイチは
何だかんだ言っても可愛い。

この瞬間があるから
子育てって頑張れるのかなって
わたしは思ってる。


がたん、ごとん…


電車の揺れが心地よいのか
タイチはキャッキャと声をあげている。

何だかんだこういうとこ
やっぱり男の子なのかな。


◆9


隣町について
噂の子育て施設に行ってみた。

とってもきれいで
”イマドキ”なカンジ。

でもタイチには合わなかった。
泣いて泣いて泣いて

楽しむどころじゃなかった。


…はーー。


どこに行っても
疲れてばかりだな、わたし。

タイチは施設の外に出たら
ようやく落ち着いて
たかたか走り出した。

わたしはベビーカーを押して
慌てて追いかける。


「手を繋ごうね」


手首をつかんで
作り笑顔をしながら
タイチに声を掛けたら

私の心の奥底を見透かしたように
タイチは私の手を振りほどいて
また走り出した。

そこに自転車が走ってきた。

間一髪でよけた男性は

「危ないだろ!母親なら
ちゃんと手を繋いでろ!」

そう叫びながら走り去った。


そうよね。


そうよね。

突然手を振り払って
子どもが走ったとしても

おかあさんが手を繋いでないのが
悪いんだよね。


自然に目から涙が出た。

なんでいつもこうなの。

わたしは、
ちゃんとやろうとしてるのに。

呆然と立っていたら
勝手に走っていこうとしていたタイチが
いつの間にか戻ってきて

「らっこ」

と私に手を伸ばした。

らっこ、は、タイチの「だっこ」だ。
まだ上手に言えないのが可愛いと
夫はよく言っている。

毎日嫌になるほど言われてたら
可愛いなんて思う余裕もない。

うんざりしながら
私はタイチを抱き上げた。


◆10


泣きながら子どもを抱いて
荷物を載せたベビーカーを押す私は

周りからどんなおかあさんに
見えているんだろう。

おかあさんって

どうやったら辞められるんだろう。

辞められるなら辞めちゃいたい。

最近考えるのは
そんなことばっかり。


もう、帰りの電車に乗るときに
ホームからウッカリ落ちたふりをして

そのまま親子で
この世からいなくなった方が
いいんじゃないかな、なんて
そんなことまで考えてしまった。

◆11


タイチは泣いて暴れて
走り回ったから疲れてしまったのか

ベビーカーに乗せて駅に向かう道で
いつの間にか眠ってしまった。

これじゃ電車に乗るとき
ベビーカーをたためない。

多分すいてる時間だと思うけど

子どもをのせたまま
電車に乗るのは怖いな…

そんな風に思いながら
帰りの電車のホームに
ぼんやり立つ。

なんだか今日は
すごく空いてるみたい。
誰もホームに人がいない。

これならまだ、気を遣わないで
乗れるかもしれない。

◆12

ホームに電車が入ってきた。
何だか普段見かけないような
変わったデザインの電車。

レトロ感を狙っているのかな。
案外、こういうの嫌いじゃない。

電車に乗ってみたら
座席にはぽつぽつ人がいたけど
誰も何も話さずに
ただじっと座っていて
車内は異様なほどの静寂。

もし、この静けさのなかで
タイチが目を覚まして泣いたら
さぞかし空気が悪くなるんだろうと
想像してしまった私は
小声でタイチに話しかけた。

”どうか、駅に着くまでは
ぐっすり眠っていてね”

私は本当に、切実に、
それを願っているのだ。


◆13

電車が走り出した。
流れる景色を見ていたら

なんだか違和感を感じる。

見覚えのある風景が
だんだん巨大化してきたんだ。

巨人が住んでいるような家が
外に立ち並び
巨人が乗っていそうな
車がビュンビュン走っている。


私は目を何度もこすった。

世界が、大きい?


…いや、
世界が大きいんじゃなくて

私が小さくなってる…!


そう。
気付いたら私は
ベビーカーより小さくなっていた。

◆14


「え?え?え??

ええええええ?!?!?」


私は自分と辺りを見回した。

さっきまで持っていたカバンが
大きく重くなっている。

靴や服はなぜか体に合わせて
小さくなっているみたいだけど…。

おかあさんをやめたいなんて願ったから
身体が子どもに戻ったんだろうか…。


…。


…おかあさんをやめる?


私はハッとして
ベビーカーの中を覗き込んだ。


…いない!
タイチが、いない!!!

◆15


いつの間にか目を覚まして
勝手に一人で歩いてどこかへ
行ってしまったのだろうか?

そんな、まさか。
あの子は一人で
ハーネスを外すなんて出来ない。

電車の通路をざっと見る。
相変わらずだれも喋らず
背筋を伸ばしてじっと座っている。

タイチがここにいるとしても
こんなに静かなのはおかしい。

もっとワーワー大声出して
走り回っているはずだ。

…そんなことを思っていたら
電車が停車した。


「…終点、こうえん、こうえんです」


◆16


…こうえん?
私たちが乗る列車の路線に
そんな名前の駅はない。

タイチもおりてしまうだろうか?
それとも車内に残るだろうか?

そもそもなんで私
小さくなってるの?

オロオロしている私を尻目に
乗客はぞろぞろと無言のまま降りていく。

「終点ですので、下車願います」

後ろから車掌さんの声がした。

「息子がいなくて…!」

私が慌てて答えると
車掌さんが目を丸くして言った。

「息子さんというのは
1歳ぐらいの小さな男の子ですか?

先ほどひとりで降りていきましたよ」


◆17


全身の血の気が引いた。

ひとりで降りていったって…

1歳のくせに
どんだけ行動力あるのよ!!

どんだけ私を
困らせればいいのよ…!

私は荷物のことも
ベビーカーのことも忘れて
大慌てで電車の外に飛び出した。


降りた世界は窓から見た
巨人の街だった。


「…なにこれ…
なんなの、ここ…


…タイチぃ~…」


自分の背丈の倍もあろうかという
大きな人が行きかう道で

私は子どものように
泣きべそをかきながら
タイチを探して走り回った。


◆18


「だいじょうぶ?」


後ろから、小さな子どもの声がした。

振り返るとそこにタイチがいた。
今の私と同じぐらいの背丈。

「…タイチ!!」

タイチはぽかーんとした顔で私を見た。

「なんでぼくのなまえをしってるの?」

「なんでって…
私があなたのおかあさんだからでしょ!」

タイチはそれを聞いて
けらけらと笑い出した。

「おかあさんはそんなにちいさくないよ?」

「そんなにちいさかったら
ぼくをだっこできないでしょ」

…確かに。と思ったけど

でもでも、やっぱり私は
タイチのお母さんなんだもの。

「早く家に帰ろう」

私がそう言うと

「いっしょにあそぼう」

…なんて。

全然かみ合わない返事が返ってきた。

そもそもなんで、このタイチは
こんなにペラペラしゃべっているんだろう。

”だっこ”だって
まともに言えないはずなのに。


◆19


「こっちがぼくのおきにいりのばしょ」

タイチに手を引かれていった先は
いつも遊んでいる公園だった。

公園のベンチをふと見ると

エミさんが座っていて
その隣に私がいた。


…。


…。。


私…!!?


「あれがぼくのおかあさん」

タイチが私に向かって言う。

え、じゃあ私は?
私は今、何なの?

おかあさんやめたいなんて
言ったから

どうやら私は
”おかあさん以外の何か”に
なってしまったらしい。

私は一体何になったんだろう。

…でも、そっか。
わたし、おかあさん、やめられたんだ。

どうしたらいいのか混乱する反面

そこにはどこか
ほっとしている、私がいた。


◆20

「ねえ、遊ぼう」

タイチは無邪気な笑顔で私に言う。

もうおかあさんやめたし
この子のお世話はしなくていい。

自分が何なのかわかんないけど
タイチと遊ぼうかな。
いっそこの大きな世界で
遊んじゃうのも面白そう。

「こっちにおいでよ」

タイチはジャングルジムの中に
入っていった。
私は子どもに戻った気持ちで
タイチについてジャングルジムの中に
入ってみた。


ああ!懐かしい、この感じ!

小さな身体で中に入って
上を見上げながら、ふと思う。

そっかぁ。ジャングルジムって、
ジャングルみたいだから
ジャングルジムなのね…。

タイチがジャングルジムに
入っていったときは

大人のからだがつっかえるばかりで
その中をすばしこく動き回る
タイチを捕まえることしか
考えてなかった。

でも、中に入ると
あちこち動きたくなる気持ち
すっごくわかる。

私、そういえば子どもの頃
ジャングルジム大好きだったなぁ。

「のぼろう!のぼろう!
いちばんうえまで!」

タイチがニコニコしながら言う。

私も一緒になって登る。
タイチはもたもたしながらも
何だかんだと登る。

上から私が手を掴んで
引っ張り上げて
ふたりでてっぺんまで。

私が”おかあさん”やってたころは
登りたがったら途中で止めてた。

だって、落っこちたら怖いし。

でも今は、もう一緒に登っちゃうの。
私、おかあさんじゃないからね。

おともだち同士の、あそび。

私はなんだかウキウキしてきた。
童心に帰る、ってこういうことかな。

身体も小さくなってるから
童心に帰るっていうより
もう子どもに戻ってるのかな?

まさか自分の息子と
一緒に遊ぶことになるなんて。


◆21

ジャングルジムのてっぺんから
座っている”おかあさん”を見て
タイチが言う。

「おかあさんはねぇ
よくヒロくんのおかあさんと
いっしょにいるんだ。

でも、ぼくはねぇ。
ヒロくんのおかあさんといっしょにいる
おかあさんのことが
すきじゃないの」

「…え?なんで…?」

「…おかあさん
わらってないから」

私は”おかあさん”の方を見た。

「ちゃんと、笑ってるよ。」

「…わらってないよ。
ぼくにはちゃんとわかるんだ。

なんでいっしょにいてたのしくないひとと
なかよくするんだろうね。

おとなってたいへんだよね」

”おかあさん”は楽しそうに
エミさんと笑っているように見えた。

でも、タイチは笑っていないと言う。

…確かに、心の底は
ちっとも笑えてなかったよ、私。


タイチには見えていたのかな。
タイチのために、って
無理して仲良くする必要
無かったのかな。


「ねえ、次はおうちに行こう」


◆22


タイチが私の手を取ると
ドラマの場面が切り替わるみたいに
周りの世界が変わった。


ここは…


私の家だ…!

家具も家電も一そろい
まるっきり同じ配置。

ただ私の記憶と違うのは
全てのものが
とにかく大きいということだけ。


「そろそろごはんのじかんだなー

ぼくね、ごはんを
まぜてこねこねしてたべたいの。

だからさぁ、てで、
えいえい、ってつぶしてね。

まるめるのにおさらにおしつけて
さあたべようかなっておもったら
いっつもおさらごと
おっことしちゃうんだよねぇ!

そうしたらおかあさん、すっごくおこるの」


”おかあさん”がご飯をテーブルに並べている。

タイチは抱っこで椅子に乗せられた。


そして、いつも私が見ているように

ごはんを握りつぶして
おさらにぐいぐい押し付けて
お皿を床に落とす。


『またご飯潰して
全部床に落としたの…!?

また掃除…もう…嫌…

ちょっと椅子から降りてよ』


”おかあさん”は嫌な顔をして
タイチを抱っこして降ろすと
床の掃除を始める。

タイチは言う。

「ぼく、いつもこんなかんじで
ごはんたべられなくて
おなかすいちゃうの。

あけたらすぐたべられる
おいしいものがあるんだよ。
こっちにあるからついてきて」


…それの場所、私も知ってるよ。


タイチは得意げに
お菓子が入っている引き出しの前に行くと
引き出しをバンバン叩いた。

『ごはんたべないで
おやつ食べるなんてダメっ!!』

”おかあさん”は怖い声で怒鳴り散らした。

その大きな声にタイチはびっくりして、
泣いてしまった。


◆23


タイチはそのあとも
私と一緒に遊んだ。

「えほんってさぁ、めくったらどんどん
えがかわるからおもしろいよねぇ」

「しってる?つみきって
うーーんとたかくつんでからくずすと
がしゃがしゃー!って
おおきなおとがしておもしろいの。

ぼく、たかくつめないから
いつもおかあさんにつんでもらうんだ」


私が見ていたタイチと

タイチが見ていた世界は
随分、違っていたみたいだ。

…わたし
せっかくタイチが楽しんでいたのに
怒ってばっかりだったんだなぁ。


無邪気に積み木を積んでは崩す
タイチの姿を見ていると
夫が帰ってくる音がした。

「おとうさんだ!」


◆24


夫が家に入ってくると
満面の笑顔で夫はタイチに顔を向けた。

「ただいま~!
今日もタイチは可愛いなぁ!」

「らっこー!」


さっきまでペラペラしゃべっていたタイチは
急に”らっこ”といって
夫の腕の中に飛び込んでいった。

「らっこ、らっこ!
あー!かわいい、かわいい」

夫がタイチを抱いてニコニコしている後ろで
”おかあさん”は冷めた顔をしてそれを見ている。

ああ、私…
こんな顔、してたんだ。

◆25


タイチが私のところに
戻ってきて不満そうに言った。

「ぼくさぁ、ちゃんとだっこって
いってるのに
おとうさんはらっこっていってるって。

ほかにもいっぱい
ぼく、おしゃべりしてるのに
ぜんぜんつたわらないんだ~

ことばはわかってるの。
おしゃべりがうまくいかないの」

そっか。
タイチはいろいろ
わかっていたんだね。

言葉に出来ないだけ。
伝えることが出来ないだけ。

◆26

「はぁ…
また部屋が散らかってる…

まったく、俺がいつも洗濯物片づけてるんだぞ。

一日中子どもと遊んでるだけなのに
チカはいったい何して過ごしてんの?」

「ケンちゃんはそうやって簡単に言うけど
子どもの相手するのって大変なんだよ?

ねえ今度一日、お休みの日に
一人でタイチの相手してみてよ!」

「いやだよ、せっかくの休みなのに。
じゃあチカも一日
俺の代わりに会社行ってみる?

出来ないだろ?」

…ああ、いつもの喧嘩だ。

タイチは寂しそうにそれを見ている。

「おとうさんとおかあさんは
いっぱいけんかしちゃうの。

…きっと、ぼくのせい。
どうしたらいいのかな」


寂しそうに言うタイチを見て
私は心が痛んだ。


「タイチのせいなんかじゃないよ。

この喧嘩は、ちゃんとお母さん
できてない私のせいなんだ。」

ぽつりと、私はそう言った。

◆27


タイチはじっと私を見た。


「あのね。
きょうぼく、おかあさんを
泣かせちゃったの。

ぼくね。

あたらしいところに
あそびに行ったんだけど

そこは、すっごく
たのしそうなところ
だったんだけど。

…すごくいやなにおいがした」


新しくできた子育て施設。
新築の建物独特のにおいがした。

もしかして、それが嫌だったの?


「おそとにでたくて、いっぱいないて

おそとにでられたら、きもちよくて。

ちょっとはしりたくなっちゃったの。

てをつないでっていわれたけど
ぼく、はしりたかったの。

…でもね。

ぼくがはしったら
おかあさんがないちゃったの。


どうしてかな。

…あのね。


…あのね。


…おかあさん、ごめんね。

おとうさんとおかあさん
ぼくのせいで
けんかばかりだし


…きっと、

ぼくのこと

きらいだよね」

タイチは何かがはじけたように
うわーんと泣き出した。

喧嘩をしていた”おかあさん”と夫が
喧嘩を中断して慌てて駆け寄ってくる。

私と夫には、今の”小さい私”は
見えていないらしい。

ぎゃんぎゃんと泣くタイチを
夫婦であやす姿を

私はただ茫然と見ていた。


◆28


夫と”おかあさん”は
タイチに精いっぱいの笑顔を向けていた。

さっきまであんなに険悪だったのにね。

子どものためなら
夫婦で笑顔になれるんだ。

本当はもともと
こうやって夫婦で笑って
子育ても楽しくやっていけるはずだった。

一体どこでずれてしまったんだろう。

…わたしたちは
元に戻れるだろうか。


◆29

ひとしきり泣いてタイチは泣き止んだ。

そして私を見て言った。


「…おかあさん

そろそろ、ぼくおきなくちゃ。

”えきにつくまでは
ぐっすりねむっていてね”って
おかあさんがいったから

えきにつくまで
ぐっすりねむるあいだ

ぼくのゆめに
おかあさんをよんだの。

ぼくとたくさん
あそんでほしくて」


夢に呼んだ…?

ここは、タイチの夢の中…?

だから世界が大きいんだ。
タイチはまだ、
小さな世界しか知らないから。

「…そろそろえきにつくみたい。
おかあさん、かえらなきゃ。


…ねぇ、おかあさん。

ぼく、おかあさんのことがだいすき。

…だいすきだから…

…ぼくのこと…


きらいにならないで…」

タイチの目がうるうるするのと同時に
世界がぼろぼろと崩れ始める。


”泣かないで…!”


私はタイチを抱きしめようと
私は手を伸ばそうとしたけれど

世界がどんどん崩れ落ちて
私は部屋の床から落っこちた。


◆30


世界がぐるぐる回って

たどりついた先は
駅のホームだった。

「発車します。
息子さん、戻っていますよ。

帰りのお時間です。
どうぞご乗車下さい」


車掌さんに声を掛けられて
私はあわてて列車に乗り込んだ。

”通常サイズ”のベビーカーが
私が乗った場所にあった。

気付いたら私の身体は
元に戻っていた。

ベビーカーの中に
タイチが眠っていた。
もそもそ動いて
今にも泣き出しそうな顔をしている。

◆31


列車がゆっくりと動き出した。

車掌さんがベビーカーを覗き込んで
微笑みながら言う。


「…息子さん、可愛いですね。

命を産み育てるということは
時代を繋ぐために大切なこと。

どんな仕事よりも責任があることで

どんな仕事よりも尊いと
私は思っています。

命が産まれて育っていくということは
決して当たり前ではない。

小さな命を守るあなたは
本当に毎日頑張っていると思います。

もっと自分に誇りをもっていい。」


「…でも、もっと自由に生きていい。

あなたは”おかあさん”であり
”あなた”という”一人の人間”
なんですから。


”おかあさん”としてではなく
”あなた”として
息子さんと一緒に遊んだ時間は
いかがでしたか?

…もし楽しかったなら
”それでいい”んです。

大丈夫ですよ。
息子さんも楽しそうだったでしょう?

どうか”あなた”を大切にしてください」

車掌さんの言葉に
私は涙を流していた。


何か言おうとした瞬間


目の前のタイチが
目を覚まして泣き出した。


◆32


ぎゃああああああああっ


タイチの泣き声が車内に響き渡った瞬間
車内の景色がぱちんと切り替わった。

あれっ!?

これは…
いつも乗っている列車…?


私は慌ててベビーカーから
タイチを降ろそうとした。


(ベビーカー広げて
列車に乗って…
しかも子どもが泣いて…

ああ、また舌打ちされちゃう

泣き止ませなきゃ)


抱っこしたらタイチは少しだけ落ち着いた。
片手でタイチを抱えて
もう片方の手で
ベビーカーをたたもうと
オロオロしていたら

「…チカさん」

後ろから女性の声がした。
振り向いたらそこにはユリさんがいた。

「ちょっとぐらい泣いても大丈夫だよ。
子どもは泣くのがお仕事!

ねぇチカさん、立ったままずっと寝てたよ。

しかも、寝ながら泣いてたの。

大丈夫?
ちゃんと眠れてる?」

微笑みながらユリさんは
タイチのほっぺをつんとつついた。

タイチはくすぐったそうに顔をそむけたが
泣くのはやめていた。


「ベビーカーは私がおしてあげる。
次の駅で一緒に降りるよね?

今日は私、夫に子どもを預けて
ひとり時間満喫中だから大丈夫だよ!」

◆33


公園仲間のエミさんが
ユリさんのことキライなのは
きっと、本人も気付いてると思う。
すごく露骨だもの。

ユリさんは何事もないように
普段エミさんといる私と笑顔で話す。

そういうところが、好きなの。

どろっとしていない感じ。
無理に群れない感じ。

いつも公園でも、娘ちゃんと2人で
楽しそうに遊んでいる。

みんながエミさんと仲良くして
エミさんのご機嫌を窺う中で
ユリさんはひとり、
好きに過ごしているから

多分エミさんは
それが気に入らないのだ。

でも私はその自由さが
心底羨ましかった。

たまにエミさんがいないときに
ユリさんと話すと
すごくホッとする気がしてた。

今も二人で歩いていて
…すごく、ホッとする。

◆34


「たーち!たーち!!」

タイチが、ユリさんが押す
ベビーカーを指して
何やら怒り出した。

「乗りたくなっちゃったみたいだね」

ユリさんはふふっと笑って
タイチの方にベビーカーを向けた。

タイチはニコニコしながら
ベビーカーに乗りたいそぶりをする。


タイチは
私がトイレに行くにも
ちょっと隣の部屋に行くにも

姿が見えなくなれば
追ってくる。

他の人とは手を繋がず
私じゃないとダメだと泣く。

”…ねぇ、おかあさん。

ぼく、おかあさんのことがだいすき。

…だいすきだから…
…ぼくのこと…
きらいにならないでね…"

夢の中のタイチの言葉を
ふっと思い出す。

何でこの子は
そんなに、私が好きなの。


「子育てって大変だよね。
でも、外側から見ると
そんなに大変に見えないんだよねぇ。

ふっしぎだよねー。
むしろすごい幸せそうに見えるの。

それってきっと
子どもがお母さんのことを大好きすぎて
その空気が周りに見えちゃうのかな、って
…私は思うんだよね」


◆35


子どもが、お母さんのことを
大好きな、空気。

子育て中の親子の周りに
本当にそういうものが
あるのだとしたら

その空気を感じていないのは
私だけだったのかな。


「私の家、あっちだから
一緒に歩くのはここまでかな。

寝ながら泣いてたときは
本当に心配したけど
元気そうでよかった。

何かあったら話して…って
言いたいところだけど


…公園では私に話しかけない方が
いいんでしょ?きっと」


ちょっと寂しそうにユリさんは笑う。

やっぱり、わかっているんだ。


「…話したい。
私は、ユリさんと
また、こうやって話したい。

だから私
今度公園で会ったら
話しかけるね。」


私は思わず、そう言った。

ユリさんはちょっとびっくりした顔をしてから
嬉しそうに笑った。


「じゃあ、また公園でね」


少しだけ
胸にある重たい何かが
軽くなったような気がした。


◆36

家に帰ったら
タイチはいつもの
お気に入り絵本を持ってきた。

”絵が次々変わるからオモシロイ”

…か。

私が読んでいても
タイチは相変わらずページを勝手にめくる。

「うさぎさんだね~。

あっ、こっちにはカエルさんもいた」

私はもう、ストーリーなんか無視して
絵本の絵を見て
タイチがめくるペースに任せて
絵本を楽しんでみた。

”何で勝手にめくるの?
私が読んでも聞いてないじゃない”

そう、思ってしまうと
イライラするだけだったけど

こうやって読むなら
不思議とイライラしない。

そっか、タイチの見てる世界は
こういう世界だったんだ。

無理に私の世界に
タイチを連れていこうとするんじゃなくて

…私がタイチの世界に
行けばよかったんだ。


◆37


夕飯の時間。

きっとタイチはまた
ご飯ごとお皿を床に落とす。

なら、もう、いっそ
床にレジャーシートを敷いて
床で食べてしまうことにした。


いつものようにぐちゃぐちゃにした
ご飯なのかおかずなのかも
わからなくなった塊を
お皿に乗せたり落としたりした後

タイチはそれを嬉しそうに頬張った。


「おいしい?」と私が聞くと

満面の笑顔をタイチは返した。


私も思わずそれを見て笑った。


◆38


「ただいま」

夫が帰ってくる。


「らっこー!」

タイチが大喜びで夫に飛びつく。

「お父さんに抱っこしてもらえるの
嬉しいねぇ」

私は笑って言った。

「あれ…今日、何かいいことあった?
ちょっと機嫌いいね。」

夢の中で見た優しい笑顔の夫だ。

「…うん、ちょっとね。

ねぇ、いっつも、洗濯もの
片づけてくれてありがとね。
仕事から帰ってきて疲れてるのに。

私は大変って言うばっかりで
ちゃんと伝えてなかったなと思って」

夫はちょっと驚いた顔をした。
ここ最近の私の言い分を聞いてれば
そりゃそうだろう。


「今日、出かけた帰りに
公園でよく会うママさんに会ったんだ。

その人ねえ、ダンナさんに子ども預けて
ひとり時間をもらってたの!!
ちょーっと、その時間があるだけで
子育て頑張れるんだって。

…私も、たまにそういう時間
欲しいんだけど…ダメかな」

◆39


「ひとり時間か…。
確かに、タイチが生まれてからずっと
チカが一人で過ごす時間って
なかったかもな。

うーーん、月末の連休の中で
どっか一日…の中の
数時間ぐらいなら…
俺も頑張れるかなー…?」


予想外の反応だった。


「ひとりでタイチ見てみなさいよ!」

そう、言ったときには

「せっかくの休みなのに嫌だ」

って返事が返ってきたのに。

言い方ひとつだったんだ。
私の態度ひとつだったんだ。


きっと変われる。


結婚したばかりの
一緒に笑いあえる夫婦に戻って
タイチと一緒に笑おう。


私がまず変わろう。

…きっと、すべてはそこから。

◆40

ある日の公園。


ジャングルジムに足をかけたタイチの
お尻をおさえてのぼらせてあげた。

てっぺんに登ったタイチは
怖くて立ち上がれなかったけど

はじめて登ったジャングルジムのてっぺんで
まるでジャングルのターザンみたいに
周りの景色をキラキラした目で見ていた。

ユリさんのところにも行った。

エミさんとその取り巻きが
こっちを見ながらひそひそしていた。
きっと悪く言われているんだろう。

でも、いいの。
私はこっちの方が楽しい。

タイチをふっと見たら
満面の笑顔でこっちを見ていた。

エミさんが息子のヒロ君を呼ぶけど
ヒロ君はタイチと楽しそうに遊んでいた。


ねぇタイチ。
今の私はちゃんと楽しそうに見えてるかな。

◆41


「少しだけど今日はゆっくりしてきなよ」


月末の連休。
お昼から夕方まで4時間ぐらいだけど
夫がタイチを見てくれることになった。


誰とも手を繋がない時間は
とても身体が軽くて

自由に動ける時間は
素晴らしい解放感。

私が私のために時間を使えること

今までそれが本当になかったと思い返す。

何て幸せな時間なんだろう!


…でもね。
気付いたら、私

タイチの服とか
タイチのおもちゃとか

そんなものばかり見てたの。
折角自分の時間なのにね。

それでも、すごく楽しかったの。


帰り道、自由になっている手のひら。

いつも繋いでいる手が
すぐそばにないこと。

ちょっと、それを
寂しいと思ったぐらい。


小さな消防車のおもちゃを買って
家に帰ってぎょっとした。


私がいつも過ごしている部屋以上に
散らかり放題の部屋がそこにあったから。


◆42


「あはは…ひどいね、お部屋」

私は思わず笑ってしまった。

「あっ…チカ…!

お、おかえり…

いや、タイチがさ…
こっちを片付けたらあっちから出して
抱っこ抱っこってうるさいし
チカがいないって泣くし

お茶をあげたらひっくり返して
拭いてる間に本を出して

もう、言い出したら
きりがないんだけど

ほんと、
大変だったんだよお…」


しどろもどろになって夫は言う。

もうきっと彼は
「子どもといるだけなのに
なんで掃除出来ないの?」なんて

簡単に言わなくなるに違いない。


タイチが私を見つけて
キラキラした顔で駆け寄ってきた。


「かーか、らっこ!」


ほんの数時間
会っていなかったタイチが

この時、最高に愛しかった。


思わず抱き上げて
ぎゅ~、ってした。


ふわふわのほっぺから
柔らかいにおいがする。


タイチのにおい。



◆43


…ねぇ、私


ちょっと自分が好きになりました。




タイチのことも

夫のことも

きっと、
これからもっと好きになれそうです。



おしまい。



あとがき


書くたびに作品が長くなっている気がします…。

今回の作品は、まさに現在の私
「母親」を主役に書いてみました。

今現在下の子が2歳なので
結構リアルな感じになってる部分も
あるかと思います!

これを書くのには本当にエネルギー使ったので
物語途中から課金にしてみましたが…
全く売れなかった(^_^;)
読んでもらえない方が作品として
かなしすぎるので、無料に変えました。

お金を出してでも続きを読みたい文か?
それを知りたかったのですが…
やはり厳しい世界ですね。

今回の作品は、私にとって挑戦でした。


母親をやっている私だから"こそ"
書ける内容を書いてみたくて。

私は今2人の子どもを育てていますが
最初の頃は本当に

”母親やめたい”
”子どもなんて産まなければ”
”子どもが可愛くない”

そう思ってばかりいました。


でも今は
”母親になってよかった”と
思っています。


何をきっかけに、とかはなくて
少しずつ、少しずつ
私の中の何かが変わって
今の自分があると思っていて…。

それを詰め込んだのが
今回の作品です。

※夫の性格は完全フィクションです。

ママ友は0なんで
こういう面倒な体験もなし
(いいのか悪いのか)

女子しか育ててないので
男子の雰囲気も想像。

うちのコはベビーカー
1歳で乗らなくなったので
2歳近くで大人しく乗っている
タイチは凄い(笑)

あと、車中心の土地に住んでいるので
電車関連も完全想像です。

そのあたりの描写が
おかしかったらすいません※


過去の自分とか
辛かったころの想いとか

色々思い出しながら書いたので
何気にこの作品を仕上げるのは
しんどかった~~


軽い気持ちでこれをテーマとして
書きだしたことを
ちょっぴり後悔しました。


世間のお母さんは
私と同じような苦しい思いをしているか
それはわかりませんが

おかあさんも一人の人間で

おかあさんだからって
何かを犠牲にしないといけないとか

そういうことはないと思っています。


もし、誰かといて辛いことがあるなら

自分を変える方法を考えてみたら
楽になれることが沢山あるかも?と
今の私は考えています。

視点を変えたときに
見える世界が変わって

今まで嫌いだった自分を好きになれたら
そんな素晴らしいことはないです。


最後に・・・

あなたの時間を使って
物語及びあとがきまで
読んでいただいたことに最大級の感謝を。

また、構想が出来たら書きますので
読んでいただけると嬉しいです。

この作品以外にも
「夢幻鉄道」をテーマに書いた記事
マガジンにまとめてありますので
読んでもらえるとなお嬉しいです!

一作目~シオン~は短いので
かなりサクッと読めます(^o^;)



@おひねりコーナー@

もしよろしければ
頑張ったね(ぽんぽん)の意味で
おひねりいただけると励みになります。

ここから先は

45字

¥ 100

サポートいただけたらそれも創作に活かしていきますので、活動の応援としてぽちりとお気軽にサポート頂けたら嬉しいです。