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サードアイ ep 5 額の封印

 俺は元いたベッドの上に座らされ、五人に取り囲まれた。見回すと全員、風変わりなやつらばかりだった。三つ子なのか、全く同じ顔をしたモデルみたいな背の高い女たちが、同じポーズでにらみをきかせている。ちょっとでも下手な動きをしようものなら一瞬で封じられそうなオーラに、さすがにこっちも気圧される。その後ろには、なよなよとしたやつが、女どもの影にかくれるようにしてこっちの様子をうかがっている。残りの一人、白衣を着た小柄なおっさんが、道化師みたいな足取りで前に出てきて、素っ頓狂な声で話しかけてきた。

「ごきげんよう。お目ざめになってなにより。わたしは青い脳みそと書いて、ブルーノでさぁ。そして、こちらのレディーたちは、未知を得るという意味のミチエル。実は、みっつの「み」もかかってるんでっせ」

 ミチエル、こいつらは三人一組なのか。やけにツルっとした肌してやがる。

「てっきり、男二人と女一人だと思ったぜ。オレの勘も鈍ったもんだ」

「いえいえ、さすが、おさるのオーエン、直観力も動物並みでやんす。ミチエルはAIで質量が人間の三分の一程度に設計されているもんで、気配としては一人分なんでさぁ。それと、こちらが、おまえさんをこっちの世界に連れ戻した立役者、ステファン。で、ステファンの意味は」

「捨てる扇、だろ?さっき聞いてた」

 俺は吐き捨てるように言って、ステファンとやらをにらみつけた。彼は、というか、彼女、なのか、性別は判断しかねるが、俺が公園で会ったやつとはあきらかに異なる人物だった。ステファンは今にも泣きそうな顔でおどおどとしている。

「おい、ステファンとやら。おめえは、さっきのメガネなのか?変身でもしたってのか。まったく、さっきはよくもやってくれたなあ!」

 ステファンは目をしばしばとさせながら、

「す、すみません。何しろ、緊急事態だったもので。本当に失礼しました」

というと、さっと女たちの後ろに隠れてしまった。

「さっき というのは 間違いで 正確には 二日前 デス」

と、三人の女たちが一斉に声をあげた。俺はニ日間も寝ていたのか。そうだ、手術とかなんとか言ってやがったな。額の傷のことか。あのやろう、ぐりぐりと指を押し込んできやがって。ふと、額を触ってみると、なにやら硬いものに触った。

「これは、どういうことだ?てめえら、何しやがったんだ!」

 さっきの道化師が一歩下がって、目を泳がせながら説明した。

「さ、サードアイ、でさぁ。しかも、ファイヤーレッドアイってんで、頑丈に封印しておかないと、とんでもないことになるんでさぁ」

「とんでもないことって、なんだ?」

「とんでもないことは、とんでもないこと、でさぁ。それは、持ち主によって違うんでさぁ」

ステファンが女たちの後ろから説明を加える。

「あなたの特殊能力は、この星の存亡にかかわるのです。我々は指導者を求めています。ファイヤーレッドアイを持つ者はその可能性を秘めているのです」

「ちょっと待ってくれ。オレの目は赤くないぜ。たしかに、殴り合ってるときは、目に炎が走るって噂されてたけど、通常は薄茶色だ」

 ブルーノがポケットに手を突っ込んで、左右に揺れながらこちらに近づいてきた。ポケットから取り出したのは手鏡で、ひょいと俺に渡す。俺は鏡を見た。そこに映ったのは、俺であるようで俺ではなかった。確かにこいつらの言うように、炎の宿るような赤い目をしている。そして、額にはブロンズ色の金属が鈍く光を放っていた。

「これは、いったい」

 ブルーノが申し訳なさそうに頭を搔きながら説明を続ける。

「手術自体はまずまず成功といった具合でさぁ。ただ、おまえさん、記憶を失っちまったんで、しっかり封印しとかないとって、こう、がっつりと嵌め込みやした。でも、大丈夫でさぁ。じきに上手いことコントロールできるようになりやすよ」

「顔は、オレの顔は。この体は、どうなっちまったんだ、これは」

「あぁ、そうでやんすね。説明不足、説明不足。ここは、おまえさんがいたところから言うと、まぁ、ざっくり言って、未来、でさぁ。ステファンと一緒に時空を超えてきたんでやんす。それはレッドアイの持ち主と、他には特別に選ばれた人間しか許されないんでやんすよ」

ステファンが女たちの後ろから半身だけ出して後を続ける。

「あなたと会ったとき、ボクは丁度、細胞記憶が合致した過去にクリーニング旅行にいっていたんです。人は無数の過去世の記憶を細胞で記憶していて、例えば、戦争で人を殺したり殺されたりの体験や、人を裏切ったり裏切られたりといった体験も、この身体に記憶されています。その中のある記憶群が人の魂の成長を大きく妨げる可能性があって、それを解消するためには類似した過去を追体験するのが一番効果的なんです」

「じゃあ、オレと会ったときはトラウマ治療中だったってことか?」

「そうです。過去の自分に入り込んで、生まれたときから思春期までのある一定期間を追体験していたのです。ボクは、あっちのボクの中に魂を送って、その人の人生を見守っていました。あくまでも介入はせずに。多少はシグナルを送ったりはするけれど、基本はあっちのボクが体験することを客観的に眺めているわけです。そうすると、色々と気づきがおこります。あー、こういう事象に、ボクはこういう感情をもって、こんな風に反応するんだなって。そうすると、今のボクが抱えている成長課題の根本原因にも気づけるってわけです。たぶん、あなたも、その旅の途中だったんだと思います。あるいは、何かの研修の一環か。そこで、何らかの不具合があって記憶をなくしちゃったようですね。本体と同一化してしまっていた。あのままだとこっちに戻ってこられなくなったことでしょう」

「じゃあ、オレは、もう元の世界には戻れねぇってことか」

「いや、記憶と能力が戻ったら、あるいは、もう一度行けるかもしれませんが、あまりお勧めはできません。何しろ、一度事故が起こってるんだから、再度うまく入り込めるかどうかの確証はありませんし」

 俺は、この話をまともに受け取っていいものか、しばらく迷っていた。けれども、つねってみても痛くないからやっぱり夢だったっとは、どうやらなりそうになかった。これはリアルな話で、俺は、この俺だということになる。

「すると、本来、オレはここの住人だってことか」

「実は、おまえさんの身元はまだ照会できてないんでさぁ。こっちで記録が見つからないってことは、もしかしらた、別んとこから飛んだっていう可能性もある。いずれにせよ、しばらくはここでゆっくり記憶と能力を取り戻すのがいいでやんすね」

突然、後方のドアが開き、誰かが入ってきた気配がした。振り返ると、逆光でもないのに、やたらと眩しい人影があった。

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