「ストーリーを売る」を考える 3
3回目になりました「『ストーリーを売る』を考える」です。今回は、キャスト(働いている人材)について考えてみます。
おさらいも含め、とりあえず第一回目のまとめを。
・「ストーリーを売る」という流れのもとに経験経済というものがある
・経験経済では経験価値が消費の対象となる。
・経験価値を生み出す仕組みの下敷きとして、エンタメ的(というか脚本的)な構成が役立つ(1.世界観 2.舞台装置 3. キャスト 4.参加を促す仕組み)
・物語の背景として世界観がとても重要
・世界観をつくるとは、自分たちの事業のルーツである場所、仕事の内容、大切な思い、価値観を言語化すること
・世界観で大事なことは、頭の中に浮かべてみて、舞台やそこで働く人の情景が想像できるか、そしてそこに嘘がない、できる限りリアリティがあるか
人の関わりがストーリーの軸となる
機械学習やAIといった話題が世間を賑わす昨今ではありますが、すくなくとも2020年の現時点では、店舗であれ、ECであれ、はたまた工場であれ、人が関与しない事業というのは存在しないかと思います。
お客様に対して経験価値を提供することで満足してもらう、ということがストーリーを売るということとほぼ同義だとして、その価値をつくる、伝える、という行為には必ず人が関わってきます。
言い方を変えると、人の関わり(商品をつくった動機だったり、こだわりだったり、お客様に売るときの思いだったり)を、顧客にとって有益なものとして、いかにプロダクトとして価値化するか、というのが「ストーリーを売る」ということだと思います。
関わる全員がストーリーを支えている
一人で全部やっている作家さんとか、個人事業の方などを除いて、大抵の場合複数の人が関わりながら仕事を進めていくので、お芝居でも役によって出番や役割に濃淡があるように、関わる人間にもプロダクトにまつわるストーリーのなかでの濃淡が生まれるかと思うのですが、可能な限り関わる全員が大きなストーリーの中で自分が役割を持っていて、生み出すストーリーを支えていることを認識して仕事ができることが大事だと思っています。
言葉としてまとめてしまうと「そりゃそうだよね」と、当たり前の話に聞こえるかもしれませんが、実際に分業して何らかの物をつくって、売ったり、という仕事に従事されている方であれば、この当たり前の話を現実に近づけていくことがどれだけ難しいことか、共感頂けるではないかなと思います。
私自身は事業を統括する立場で仕事をしていますが、この認識(ビジネス用語的にいうならばバリューチェーン)を行き渡らせることが、ひとつのゴールだと考えています。
私たちのキャスト
私たちがやっているオーダーメイド結婚指輪工房ith(イズ)の中では、大まかに、つくり手、生産管理、職人(社内外)、それからマーケティング、というような役割でキャストが働いています。
つくり手:
ithのアトリエで実際にお客様とコミュニケーションをとりながら、お二人だけの指輪の仕様をまとめていきます。またお客様の担当として、制作中のフォローや制作後のアフターサポートも窓口の役割も果たします。
今現在は実際に手を動かして指輪を制作する仕事はしていませんが、お客様に向き合い、デザインと仕様をまとめる、と言う仕事もつくるを担う仕事であること、私たちはリングを「売る」のでなく「一緒に、つくる」ということを忘れないようにということで、「つくり手」という呼び名で統一しています。
生産管理:
アトリエでまとめられたオーダー内容に誤りがないか確認しながら、いつまでに、どの工房・職人に制作を依頼するか、出来上がってきたリングに誤りがないかの検品などを担います。
職人:
生産管理の指示に従い実際のリング制作にあたります。ジュエリー制作は、複数のプロセスに別れていて、プロセス毎に専門的な技能が必要になるため職人自体も工程で分業することが一般的です。
マーケティング:
マーケティングは広告、集客からお客様とのコミュニケーション設計まで幅広く担当しています。
一番の花型はと言われれば、やはりithの原形を理想とするつくり手ということになるかと思います。実際のところ、専任の担当制というかたちでithを代表してお客様に接する役目になりますので、お客様にリングを案内しながら、お客様ごとのひとつひとつの形を作り上げていく。納品する際には、直接的に、お客様の喜びを目にし感謝のお言葉を頂けるという意味で、仕事の責任、そしてその分の喜びという醍醐味みたいなものをダイレクトに感じれられる役割になっています。
月にだいたい20件/人くらいの接客を担当するのですが、かなりの熱を込めてお客様とのリングづくりに熱中することから、あれはたしか●●様の指輪だったはず...みたいなことを一人一人が覚えています。面白いと言うか我が社のスタッフながらすごいなと思うのですが、それをゲーム的なかたちで表現してみたのが下のムービーです。
つくり手としての責任、プライドを生み出す
現在は全国に50名弱のつくり手職のスタッフがいます。2割くらいは職人の経験があったり、専門学校でジュエリーについて学んできた人材だったりするのですが、7-8割は入社するまでジュエリーに関して専門的に学んだことがない人たちになっています。
いつくか理由があるのですが、知識や経験があるに越したことはないが、それよりもお客様に対して寄り添えるマインドの持ち主かどうか、というほうが、ithのつくり手としての仕事にとって大事で、知識や技能は後でも教えられるけれども、マインドについては教えてもなかなか身に付くものでない、という過去の経験則に基づいての判断になります。
ただし当然ながら、ズブの素人をつくり手としてお客様の前に出すわけにもいきませんので、その分みっちりと研修・トレーニングを施しながら育成を行なっています。
育成に関しては、ここ1年で随分と整備が進んできましたが、正直そこに至るまでには様々な紆余曲折があり、今でも社長、代表を筆頭にかなりの労力を割いて取り組んでいます。
ブライダル系の事業の特性もあり、土日祝に顧客が集中しやすく平日が比較的時間的ゆとりがあるため、研修等の時間に当てやすいということもあるのですが、全体の研修、各アトリエでの個別のトレーニングなど、週毎に計画を組み内容をチェックしていくというかたちで密に行なっています。
私自身ラグビーをやっていたのですぐラグビー話に例えたがるのですが、ラグビー日本代表がそうであったように、みっちりとハードなトレニーニングをやって技能や技術を積み重ねる、実際の接客(試合)に出て良い結果、ときに苦い結果を経験する、そこからさらにトレーニングする、ということを繰り返すうちに、自信と責任、プライドが生まれてきます。
人はなかなか自分自身で自分を高めようとしないものですが、そういう意識が生まれてくる頃には、自分自身で自分を高めよう、という意識が芽生えてくるように思います。
余談ではありますが、つくり手がアトリエで着ている青い制服を「アトリエコート」と呼んでいますが、入社してすぐから支給するわけでなく、3ヶ月くらいみっちりと研修して一定のレベルに達した段階で代表から支給される、という制度にしています。
ギミックのように感じる方もおられるかもしれませんが、実際の努力が自分の喜びにもなるし、その努力によってこそお客様に価値を生み出す存在になれる、という至極当たり前だけれども、職人から始めたジュエリー屋であるという私たちのストーリーにとってとても大切な価値観を、体感しながら理解してもらうひとつのプロセスとして機能しています。
たかだか数年の事業経験で偉そうなことをいうつもりもないのですが、自分たちが大事にしている価値観を繰り返し、繰り返し、一緒に働く人に染み込ませていく、そしてそこからお客様にも伝わる。こういう地道な繰り返しが、ストーリーを売る、ということの下地なのではないかなと感じています。
お客様こそが主人公である
キャストからの話ということで、自社のスタッフの話を紹介してきましたが、実のところ私たちがつくるストーリーにおいて、私たちithのスタッフは全員が脇役であり、お客様こそがithの指輪作りの主人公であると定義しています。
これはお客様の要望に基づいてかたちを変えながら商品をつくるオーダーメイドというサービスの特性と紐づいているからこその定義ではあるのですが、すでに出来上がった供給者側の世界観・ストーリーに、お客様が納得したり共感してもらうのでなく、お客様のストーリーに基づいて、供給サイドが価値を拵えていく、という明確なアプローチの違いを含んでいます。
ith(イズ)という名前誕生の秘密についても近々触れたいなと思いますが、実は、「一緒に、つくる(with)」というイメージを込めたロゴのデザインになっています。
もちろん商品共有者として、コレクションの指輪自体へのこだわりや思いも込めていますが、お互いが思いを込めて一緒につくるからこそ他にないストーリーが生まれる、というのが私たちなりの事業論理になっています。
お客様をキャストと呼んでいいのか、という議論はあると思いますが、真剣になって一緒に作るからこそ生まれる指輪とその体験が、私たちの舞台で提供できる価値になっているということは間違いないのかなと思います。
今回はこのあたりで。
「ストーリーを売る」を考える1/2 もご覧ください!
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