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世界に誇る古代湖と「中心がない」土地〜フットボールの白地図【第15回】滋賀県

<滋賀県>
・総面積
 約4017平方km
・総人口 約141万人
・都道府県庁所在地 大津市
・隣接する都道府県 福井県、岐阜県、三重県、京都府
・主なサッカークラブ MIOびわこ滋賀‎、レイジェンド滋賀FC、ルネス学園甲賀サッカークラブ
・主な出身サッカー選手 上野展裕、美濃部直彦、井原正巳、中田浩二、乾貴士

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「47都道府県のフットボールのある風景」の写真集(タイトル未定)のエスキース版として始まった当プロジェクト。前回は「サッカー王国」という枕詞だけでは語り尽くせない多面性を持つ、静岡県を取り上げた。今回は「湖国」として知られる、滋賀県にフォーカスする。ここで皆さんに質問。「滋賀県のサッカー」というと、まず何を思い浮かべるだろうか?

 高校サッカーのファンならば「セクシーフットボール」で一斉を風靡した野洲高校。JFLをウォッチしている人ならば、天皇杯13回連続出場のMIOびわこ滋賀、あるいは今はなき佐川滋賀SCを思い浮かべるかもしれない。Jクラブがなく、Jリーグ百年構想クラブもない滋賀県。私はこの県を「中心がない土地」と捉えている。滋賀県を取材する時、どこに拠点選ぶべきか、非常に悩ましいからだ。

 県庁所在地は、京都に近い大津市。その隣の草津市はMIOびわこの本拠地で、さらに隣の守山市は佐川滋賀のホームゲームが行われていた。そのまた隣に野洲高校のある野洲市、さらに安土城で知られる近江八幡市を挟んで、布引グリーンスタジアムがある東近江市がある。県の中心は、あくまでも琵琶湖。その周りを取り巻く各市は、大津市を含めて中心となり得る磁場が感じられない。

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 そんなわけで、まずは日本一の湖を撮影するべく大津市からスタート。さすがに県の総面積の6分の1を占めるだけあり、さながら海を見ているかのような開放感に浸ることができる。ただ大きいだけではない。ロシアのバイカル湖、そしてタンザニアのタンガニーカ湖に次いで成立が古く、実に100万年以上も昔からこの地に存在した古代湖でもある。

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 2007年に草津市を訪れた時、地元の人にまず案内されたのが、東海道と中山道が交わる地点に建つ追分道標であった。東海道五十三次の52番目にして、中山道六十九次の68番目。幾多の宿場町を貫きながら、ふたつの街道はここ草津宿で合流し、大津宿を経て京の二条城に至る。草津は昔から交通の要衝であり、かつては宿場町として大いに栄えた。

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 写真家としては、琵琶湖以外にも「滋賀らしさ」を感じさせる地元の風物を押さえておきたい。いろいろ調べてみると、たぬきの焼き物で有名な甲賀市信楽町が、草津から近いことがわかった。JR草津線から貴生川駅で信楽高原鐵道に乗り換え、信楽駅で下車すると、そこはまさにNHK朝の連ドラ『スカーレット』の世界観。大小さまざまなたぬきが、旅人を迎えてくれる。

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 MiOびわこ滋賀は、私が初めて取材した時にはMi-OびわこKusatsuというクラブ名で、草津市のクラブであることを高らかに表明していた。しかし草津市には、JFLを開催できるスタジアムもグラウンドがない。東近江市にスタジアムが完成するまでは、主に湖南市市民グラウンド陸上競技場を使用していたが、劣悪なピッチコンディションは写真を見れば明らかである。

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 MIOびわこが試合会場に苦慮している間、充実した施設を誇っていたのが07年に誕生した佐川滋賀SC。佐川東京と佐川大阪のサッカー部が合併し、守山市にあるSGホールディングスグループ健康保険組合守山陸上競技場を本拠地として、廃部となる12年まで常にJFLの上位争いを演じていた。それにしても、背景に見えるラブホ街の何とインパクトのあることか!

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 その後、めっきり滋賀県とは疎遠になってしまった。昨年10月、MIOびわこのホームゲームに合わせて、実に12年ぶりに再訪。前日に近江八幡市に宿泊し、近江鉄道の八日市線と本線を乗り継いで目的地を目指す。写真は、乗り換えの八日市駅で見つけた、近江鉄道のギャラリー。あとで知ったのだが、滋賀県下では最古の私鉄で、明治期から一度も社名を変えていない稀有な事例なのだそうだ。

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 初めて訪れた布引グリーンスタジアムで、MIOびわこが迎えたのは、JFLで首位を走るヴェルスパ大分。このシーズンで初優勝を果たすヴェルスパに、1−0で勝利した試合運びは確かに素晴らしかった。だが個人的に印象に残ったのが、ハーフタイムに登場した『SサイズRadio』という3人組のバンド。彼らが披露した応援ソング『君の声』を聴きながら、あらためてこのクラブの越し方を想った。

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 県内で最もJに近いMIOびわこは、スタジアムの問題に加えて、なかなか県協会からサポートを受けられない悲哀も味わってきた。県協会がバックアップする、レイジェンド滋賀FCとの合併も模索されたが、あえなくご破算(これもまた「中心がない」結果だと個人的に思っている)。MIOびわこが滋賀県民にとり、琵琶湖のように誇れるような存在になるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 滋賀県の名物としては、近江牛、鮒ずし、鴨鍋といったものが挙げられるが、今回はあえて草津市の銘菓『姥が餅』を紹介したい。女性の乳房をモティーフにしているのが特徴で、江戸の昔から草津宿の茶屋で出されていた。松尾芭蕉や与謝蕪村も旅の途中に食し、歌川広重や葛飾北斎も浮世絵に残している。

<第16回につづく>

宇都宮徹壱(うつのみや・てついち)
写真家・ノンフィクションライター。
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年に「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追い続ける取材活動を展開中。FIFAワールドカップ取材は98年フランス大会から、全国地域リーグ決勝大会(現地域CL)取材は2005年大会から継続中。
2016年7月より『宇都宮徹壱ウェブマガジン』の配信を開始。
著書多数。『フットボールの犬 欧羅巴1999‐2009』で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』でサッカー本大賞2017を受賞。近著『フットボール風土記 Jクラブが「ある土地」と「ない土地」の物語』。



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