子供は少年と少女になり、少年と少女は男と女になる

小学生くらゐまでは、子供は、親の望む自分でありたいと励んでゐる。他者である親の欲望を生きてゐるのが子供だ。春機発動期とも言はれる思春期に入ると、子供は、身体の欲望によって親の欲望を押しのけ始める。二つの欲望の板挟みになることが思春期の苦しみの一つだ。少年の欲望は、勃起と際限なく繰り返される自慰によって表象される。だから、たいていの少年はそのふたつに関しては沈黙する。少女の場合は、乳房といふ・顔のすぐ下にあからさまにふしだらにみだらに突き出される性器がその欲望を表象してゐる。だから、たいていの少女は乳房を男に見られることを怖れ恥ずかしく感じる。どちらの欲望も主体は身体であり、精神ではない。だから、思春期の苦しみは身体と精神との戦ひにも根差してゐて際限がない。身体の欲望を拒まうとする少年は、哲学的思索にすがる。欲望を拒まうとする少女は、自分を女の体をもった男だと信じようとする(この戦術は最近では少年も採用する者が出て来てゐる)か、欲望の主体である身体に対する兵糧攻めとしての拒食、或いは、身体を醜く太らせるための巨食に挑む。身体との戦ひは、たいていは少年少女の敗北と無条件降伏によって終はる。そのとき、少年は男に、少女は女になる。無条件の降伏を拒んだ男と女にとっては、その後の生涯、男であることや女であることとのゲリラ戦が続く。現代文明に生きるそうした絶望的な非正規戦を戦ふ戦士たちには、ホルモン療法といふ不思議な地下トンネルの戦術が与へられた。この地下トンネルを掘り進むことで、やがては敵の背後にまはり込むことが可能らしい。


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