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巨大化した組織における個人の物語 -ロイズにて

ロイズに来ています。ロイズは、言わずと知れたロンドンの世界的な保険市場です。けれど、一般的な保険会社とは異なる形態をしているため、ロイズのことを正確に理解している人は少ないかもしれません。

ロイズは、保険の引き受け手(アンダーライター)と保険仲介業者(ブローカー)の集まる場を指します。保険事故のリスクを引き受ける(=保険事故が起きたら保険金を支払う)のがアンダーライターで、ブローカーは、アンダーライターと保険加入者との間に入って保険の設計を行います。一般の保険会社が定型の保険商品を代理店(エージェント)を通じて販売するのと異なり、ブローカーが保険加入者のニーズを踏まえて保険をカスタマイズし、それを引き受けてくれるアンダーライターを探す形で保険が成立します。商談の一つひとつが、別々の保険商品を作るプロセスになっているのです。


そのためここには、決められた商品を買うか買わないかだけの商談にはない、独特の緊張感があります。一人ひとりの責任が重いからでしょうか、あるいは一人ひとりが何かを形作っているからでしょうか、ここで働いている人たちは皆カッコよく仕事をしているように見えます。ぼくも保険屋出身ですが、ロイズの保険マン(実際、ここで働いている人は圧倒的に男性が多いのです)たちには思わず憧れてしまいます。

ビジネスや組織が巨大化すると、そこで働く人間がシステムの一部を担うようになるのは必然的なことです。いわゆる「歯車になる」というやつです。けれどここでは、ロイズという巨大なシステムの中にあるにもかかわらず、個々の人間が人間として生き生きと仕事をしているように見えます。どんなに大きなビジネスや組織であっても、その始まりには個人の小さな物語があったはずです。巨大化した後のシステムの中で働いていると忘れてしまいがちな、この当たり前のことを、ここロイズはぼくに再認識させてくれます。

海運華やかなりし17世紀のロンドン。テムズ川を行きかう船々は様々な商品とともに情報を運んできました。情報とマネーとが交錯するシティの地で、エドワード・ロイドが開いたコーヒー店がロイズのルーツです。個人の物語として始まったロイズは、巨大化した今も、無数の個人の物語を紡ぎ続けています。


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