見出し画像

主体性を持ち続けて 年齢、肩書に意味はない 公務員、経営者、記者が若者に語る

「結局、何をしたいか、自分がどうありたいか。これがないと楽しめない」。7月9日、高松市のイベントスペース「SUNABACO TAKAMATSU」で、香川大の3年生が仕事について考えるために企画したトークセッションがあった。登壇したのは、多様な人が集まる交流会「テラロック」を主宰する四国財務局の寺西康博さん(34)、ことでんグループ代表の真鍋康正さん(43)、共同通信社高松支局記者の浜谷栄彦(45)。オンラインで参加した約40人の中心は女子大生。うら若き女性の悩みと質問におじさんが答えるといういささか無理のある設定で、カリスマ公務員が強調したのは、主体性を持つこと。真鍋さんは若者が働きやすい地域をつくるために「年齢や肩書で固定化された人間関係はなくすべきだ」と提案した。筆者は好きなことに打ち込める専門職の魅力を訴えたつもりだが、伝わったかどうか…。
セッションの概要は毎日新聞社高松支局の金志尚記者が客観的な視点で記事にしてくれた。筆者は解説を加えて報告する。次代を担う若者の参考になればうれしい。(浜谷栄彦)

※金記者の記事はこちらから

▽指摘に動揺

新型コロナウイルスの流行で企業の採用に不透明感が漂っている。学生の不安を感じ取った求人サイト運営会社「しごとマルシェ」の飯原美保さんが寺西さんに相談し、テラロックの支援イベントという位置づけで開催した。寺西さんは先日ある若者から「部外者から見るとテラロックは排他的かも」という率直な指摘を受け、動揺していた。テラロック誕生からちょうど1年後に開いた今回のセッションは開放性をアピールする狙いもある。

3人の議論012

▽やるべき仕事があるから

真鍋さんは一橋大を卒業後、東京の外資系コンサルティング会社に就職した。高松で自動車販売会社を経営していた父の後を継ぐ気はなく、海外に出る機会をうかがった。そのまま東京で結婚し、2008年のリーマン・ショック後に第1子が生まれた。その直前、父が経営破綻した高松琴平電気鉄道の再建に乗り出していた。「どこで子育てをしようかな」と考えた時、帰郷して父を手伝うという選択肢が浮上した。

東京と地方は、比較する文脈で語られることが多い。真鍋さんは「どっちがいいという話をするつもりはない。地元にやるべき仕事があり、(09年に)帰ってきた。何がなんでも地方、絶対に東京という議論ではなく、やるべきことがあるという運、人生のタイミング、人の縁に依存する」と話す。どこかに居を構えても、住み続ける必要はないと柔軟に考えている。

筆者は18歳まで金沢で育ち、早稲田大に進学。00年に共同通信に入り、高松などの地方支局、本社経済部を経て18年5月から再び高松支局で働いている。東京の暮らしと仕事は性に合わなかった。乗客ですし詰めの地下鉄。公園も商業施設も人でいっぱい。過密にほとほと参った。経済部では、大企業や省庁が発表する予定の情報を同業他社に先んじてつかみ、報じる役割を求められた。視野は広がりスキルが身に付いた半面、本質的な価値を見いだせなかった。

寺西さんが「幸福度は地方の方が高いか」と問う。「断然そうだ」と答える筆者。妻の故郷高松に戻り、生活環境は劇的に改善した。広い空、青い海、お椀をひっくり返したような山々。地元の人には変哲のない風景も一幅の絵だ。何より仕事が面白くなった。取材対象は自分で選ぶ。少年院の院長、森のガイド、風変わりな公務員。誰にも強制されず、社会的に価値のある取り組みや発言を伝えている。

▽課題もある

寺西さんから「(地方暮らしは)楽しいですか、幸せですか」と水を向けられた真鍋さんは「不幸ですとは言えないでしょ」と苦笑しつつ「地方社会にはいろいろな課題がある」と冷静に続けた。地方から大都市に流出している層で一番大きいのは20代女性だ。「地方は女性の役割を固定化するような偏見がみられる」と指摘した有識者会議の報告がある。真鍋さんは「瀬戸内海がきれい、食べ物がおいしいというだけでは人口は増やせない。多様なコミュニティーが存在する東京と違い、地方は一つのコミュニティーと折り合いが悪くなると居られなくなる」と説明した。

「生きづらさ、暮らしづらさを抱える地域は持続可能性に乏しい」と寺西さんはうなずき、大学生と60代の経営者が腹を割って話せる場がほとんどない現状を問題視した。寺西さんは地方創生のアイデアを競うコンテストで香川大生と連携した経験がある。「デジタルへの対応の早さ、社会人と壁をつくらないところはすごい。僕らが歩み寄れば若い人は応えてくれる」と称賛した。

画像3

▽炭鉱のカナリア

真鍋さんはベンチャー企業に出資する会社も経営している。理由は「若い人から学ぶことが多いから」。変化の激しい時代にあって流れをいち早くつかめるのは若者という。「彼らは炭鉱のカナリアのように敏感。教えを請いたい。年配の人と話すことに尻込みする若者もいるかもしれない。しかし今後は若ければ若いほどものを知っている時代になる。年功序列、おじさん優位のマインドセットを変えなければ」と真鍋さん。

寺西さんは「誰が社会をつくっていくのか捉え直す必要がある」と呼応し、若者の意見が社会に反映しやすくなる仕組みづくりに意欲を示した。真鍋さんは「もっと本質的には、年齢に意味はない」と指摘し、人的資源に乏しい地方にあっては「先輩より先に動いちゃいけないとか言っている場合じゃない。年齢、肩書、学歴、所属、国籍といったプロフィルに意味がなくなる」と言い切った。

▽強烈な刺激

しばらく出番のなかった筆者は、「地域課題の見つけ方」を尋ねた若者に答えて、香川県善通寺市の四国少年院で院長や教官から聞いた話を紹介した。表面的に見れば塀の中にいる若者は「犯罪者」で、一般の人から遠い存在に映る。だが根本的な問題は収容者が育った環境にあり、われわれ社会が彼らを生み出したとも言える。この話に寺西さんが食いついた。「僕の転機になったのも(財務省出向中に訪れた)児童養護施設での対話だ。まったく離れた世界の人と話すと強烈な刺激を受ける」。この時抱いた社会のひずみを解消したいという気持ちがテラロックを続ける原動力になっている。

真鍋さんは「対話に至るため、ランダムな出会いの場を大切にしてほしい。そこに課題は転がっている」と答えた。SNSは属性の近い人とつながりやすいが、「近所の公園に行くとツイッターで絶対フォローしないようなおじいさんと会う。公共交通も似ている。体が不自由で電車に乗っている人や外国人がいることに気付く」。

▽価値観は変わる

「田舎に帰りたいと思ったことがない」という真鍋さんは、故郷の鉄道会社で社長を務めている。寺西さんは「30歳まで何をやりたいか分からない青年期」を過ごした後、先述した財務省出向時の体験がきっかけでテラロックを主宰し、社会の役に立つことを追求している。筆者は28歳で高松に転勤した時、自分が40代半ばで再び高松で働く姿を想像できなかった。

人の価値観は変わる。計画通りに進む人生などあり得ないし、自分を縛り付ける必要もない。学生にとって「どこ」で働くかは気になる要素だろう。ただ、結論から言えば、住む場所よりも、自分がどうありたいか、誰と何をやるかの方が重要だ。

真鍋さんは「人口減少、高齢化が進む地域で街の文化的多様性や公共交通をどう守るのか。日本中の課題であり、先進国共通の課題でもある。ローカルだけどグローバル。面白いテーマがあるからここにいる。同じチャンスがほかの土地であったら僕はそこでやっているかもしれない」と言った。

3人の議論20

▽でこぼこが作る図形

話題が多岐にわたったセッションも終わりが近づき、「何をしている時が一番幸せですか」という若者の質問に答えることになった。

真鍋さんは「多くの子どもたちと話している時」と話した。父親になったことが人生の大きな転機になったといい、「子どもの目線で社会を見ることができた」。この経験が公共交通事業を営む今の仕事に生きていると強調した。

筆者は質問を無視して専門職の魅力を語った。「私は性格、能力が偏っている。取材して原稿を書くことしかできない。それでも寺西さんや真鍋さんのようにバランスの取れた人と組むことで社会の役に立てる。能力はでこぼこでいい。好きなことを一つ、徹底的に磨く生き方も楽しい」。20年余り記者を続けた中年の偽らざる心境だ。

寺西さんは「最後にいいことを言った」と、ほめているのか、けなしているのか分からない感想を述べた後、「一番楽しいのは、自分と全く違う人と話すこと。想定外の答えに触れ、想像できないところにたどり着ける瞬間がある。でこぼこな人たちが集まって図形ができ、特別な領域に到達する。これが社会にいっぱい起きるようにしたい」と結んだ。(了)

画像4