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成長産業としての農林水産業の輸出入 -輸出編-

農業の成長戦略、食料安全保障としての自給率向上、人為的な貿易制限、などの影響や方策を論じるには、我が国の農林水産業の貿易の状況を把握しておくことが有意義である。農林水産物の輸出額は2013年頃から増加基調。向け先は共産中国、香港、米国、台湾、品目はアルコール飲料、ホタテ貝、牛肉、ソース混合調味料、清涼飲料水が上位。


はじめに―農林水産業の輸出入の把握


福島第1原子力発電所の多核種除去設備(ALPS)処理水の海洋放出に関して、中華人民共和国(以下、文脈によって「共産中国」)が科学的根拠に基づかない理由により日本産水産物の全面輸入停止(8月24日発表)をしたことが話題になった。ついでに、共産中国籍の方々に、来日した際は(さらに言えば他の国への海外旅行の際も)日本産水産物を口にしないことを義務化すると合理的だと考えるが、いかがだろうか。
冗談はさておき、農業の成長戦略の一環としての輸出の促進、食料安全保障としての自給率の向上、ロシアのウクライナ侵攻や今回の共産中国による輸入停止等々の人為的な貿易制限、などの影響や方策を論じるにあたって、我が国の農林水産業の貿易の状況を把握しておくことが有意義であると考える。「二つの自給率向上が生き残りの鍵(2) -輸入頼りの三大栄養素-」(2023年2月17日)では、主な品目について自給率の観点から概観したが、本稿で輸出、次稿で輸入の観点で見ることにより、農林水産業の輸出入戦略や関連する企業動向などを把握する際の基礎となる情報提供を試みる。
なお、全ての輸出入先や農林水産物を取り上げて論じることは現実的ではないので、農林水産省「農林水産物輸出入概況」の「2022年金額上位20か国」「2022年金額上位20品目」を中心に輸出入額、国・地域別輸出入実績などについて概観する。「農林水産物輸出入概況」は2003(平成15)年版までが農林水産省のウエブサイトからダウンロード可能であり、1999年まで遡れる数値もある。本稿掲載の輸出額はFOB価格(Free on board、運賃・保険料を含まない価格)、次稿掲載予定の輸入額は原則としてCIF価格(Cost-insurance and freight、運賃・保険料込みの価格)である。
統計について論じる部分では、「農林水産物輸出入概況」の表記に基づいて記載する。本稿では「米国」「アメリカ」「アメリカ合衆国」等と表現が統一されていないところがあるが、統計に基づいた表現と、文脈の便宜上で略称などを用いている部分とで構成していることを予めご承知おき願いたい。

農林水産物の輸出は顕著に増加基調


我が国の農林水産物の輸出額の推移を見ると(図1)、図示した期間では2013年以降に顕著に増加しており、2022年には1兆3千億円を超える水準となっている。また、農林水産物が輸出総額に占める割合も2013年以降は上昇基調である。
2013年は、当時の安倍晋三内閣が成長戦略である「日本再興戦略 -JAPAN is BACK-」(平成25年6月14日)において、「農林水産業を成長産業にする」として「2020年に農林水産物・食品の輸出額を1兆円(現状約4,500億円)とする」ことを成果目標として掲げた年である。実際には2020年の農林水産物の輸出額は9,256億円であったが、翌2021年には約1兆1,600億円であり、ほぼ成果目標を実現したことになろう。
2022年と第二次安倍内閣発足前(正確には2012年12月26日発足)の2012年を比較すると、農林水産物全体では8,876億円増加している。増加分のうち農業が約7割、水産業が約2割5分、林業が約5分を占めている。総輸出に占める農林水産物の割合は2015年には約1.0%となり、2022年は約1.4%である。
 
図1:農林水産物の輸出

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

農林水産物の輸出先国・地域

(1)中国、香港、米国、台湾、韓国などが輸出先上位の常連

農林水産物の輸出先国・地域の10年毎の上位20を示したのが図2である。直近の2022年は中華人民共和国がトップであるが、10年前の2012年は香港、20年前の2002年はアメリカがトップである。
上位8か国・地域については、ベトナム以外の国・地域は図示した全ての年について、上位8か国・地域となっている。すなわち、2022年の輸出額が多い順に、中華人民共和国、香港、アメリカ合衆国、台湾、大韓民国、シンガポール、タイは昔も今も日本の農林水産物の主要な輸出先であると言えよう。
図示したいずれの年においても上位20か国・地域への輸出額が農林水産物の輸出額全体の9割以上を占めている。また、図示はしていないが、いずれの年も上位5か国・地域で7割前後を占めている。農林水産物の輸出については、主要輸出先の動向が全体の輸出額に影響すると考えられる。
 
図2:農林水産物の輸出先国・地域上位20

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

(2)共産中国が輸出先1位になったのは最近

2022年の上位8か国・地域への輸出額の推移を示したものが図3である。
共産中国への農林水産物の輸出額は1999年には5位であった。2004年に韓国を一旦抜くが、その後しばらくは抜いたり抜かれたりという状況が続き、2012年以降は韓国への輸出額を共産中国が常時上回るようになった。2017年に台湾、2018年に米国を抜き、2021年には香港を抜いて、共産中国への輸出額が1位になった。本稿冒頭で共産中国による日本産水産物の全面輸入停止を取り上げたが、農林水産物について見れば、共産中国が1位になったのはつい最近の話である。
なお、2005年に米国を抜いて以降、2020年まで農林水産物の輸出先1位は香港であった。ついでながら、いわゆる香港国家安全維持法が施行された2020年6月30日以降の香港を、共産中国と区分する意味があるのかは疑問ではある。
 
図3:農林水産物の輸出先国・地域上位8の輸出額推移

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

農林水産物の輸出品目上位

(1)アルコール飲料は常に上位であるが、全体的に順位変動が激しい

農林水産物の輸出品目の10年毎の上位20を示したのが図4である。直近の2022年でトップのアルコール飲料は、10年前の2012年は2位、20年前の2002年は3位と図示したいずれの年も上位3品目に入っている。一方、2002年に2位、2012年にトップだった「たばこ」は、2022年には19位と順位を大きく下げている。世界的な嫌煙の潮流が影響していると推測される。2022年に3位の牛肉は、2012年は20位、2002年はランク外である。国・地域と比べると、品目の順位変動は激しい。
図示したいずれの年も上位20品目で農林水産物の輸出額全体の5割前後を占めており、上位品目の動向が農林水産物の輸出額全体に影響を及ぼしていることが窺われる。
品目については、定義や名称が調査時点によって異なるので、その影響も考えられる。なお、2022年に5位の清涼飲料水は2002年に11位のレモネード等を名称変更したものである。
 
図4:農林水産物の輸出品目上位20

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

(2)アルコール飲料、ホタテ貝、牛肉などは輸出奨励の影響か

2022年の農林水産物の輸出上位5品目及び上位20品目のうち1999年まで数値が遡れる品目のいくつかを抜粋して輸出額の推移を示したのが図5である。
2008年頃までは我が国の農林水産物の輸出額は真珠とたばこが主力であったことがわかる。たばこはその後も暫く主力であったが、2013年にはホタテ貝が輸出額1位となった。さらに2017年にはアルコール飲料が1位となり、それ以降はずっと1位である。前節でも触れたが2000年代中ごろまではランク外であった牛肉の輸出額は、2014年頃から増加基調となっている。
2022年の上位5品目であるアルコール飲料、ホタテ貝、牛肉、ソース混合調味料、清涼飲料水の輸出額は、いずれも政府が農林水産物の輸出に本格的に取り組み始めた2013年、翌2014年辺りから輸出額が増加基調となっている。これらの品目を中心に輸出奨励が図られていたと推測される。ただし、ホタテ貝は2015年をピークに2020年までは減少基調に転じている。この時期は台風などの天候不良や養殖施設の増やしすぎなどにより不漁といった報道が度々なされていた時期である。
なお、ソース混合調味料は、ソース、たれ、マヨネーズ、ドレッシング、カレールーなどを広く含む。
 
図5:農林水産物の主な輸出品目の輸出額推移

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

主な農林水産物の輸出先国・地域


2022年の農林水産物の輸出上位5品目について、輸出先上位5か国・地域を示したのが図6である。
アルコール飲料の輸出先は、2020年以降は共産中国がトップであるが、それ以前は図示した期間では米国がトップであった。台湾と香港は2020年、2021年は香港への輸出額が多いが、他の年はほぼ同水準である。2017年以前は台湾、香港への輸出額の方が共産中国よりも多かった。つまり、アルコール飲料の輸出額で共産中国の存在感が相対的に大きくなったのはここ5年ほどの話である。上位5か国・地域がアルコール飲料輸出額に占める割合は、近年は7割超となっている。
ホタテ貝の輸出先は、2015年以降は共産中国向けが圧倒的に多い。2022年にはホタテ貝輸出額の5割超が共産中国向けである。
牛肉の輸出先として米国向けが多いのはイメージ通りであるが、カンボジア向けが多いのは筆者としては意外であった。2018~2021年にはカンボジア向けがトップとなっている。2017年以前は香港向けがトップである年が多く、いち早く和牛の価値が浸透していたと推測される。
ソース混合調味料の輸出先は、米国向けがトップ、台湾向けが2位という状況が図示した期間では継続している。順位は入れ替わるものの次いで香港、韓国がほぼ同じ水準の年が多く、オーストラリアが5位である。これらの国ではカレールーやマヨネーズを含む日本の調味料に人気があることが窺われる。
清涼飲料水の輸出先は、図示した期間の前半は香港と米国が中心であったが、2018年頃から共産中国向けの伸びが著しい。またベトナム向けも伸びている。報道等によると、緑茶や炭酸飲料などの日本の清涼飲料水は品質の高さに加え、スポーツドリンク、コーヒー、フレーバーウォーターなど種類が豊富なことが人気ということである。
 
図6:2022年の農林水産物の輸出上位5品目の輸出先国・地域の推移

出所:農林水産省「農林水産物輸出入概況」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

輸出編のまとめ


本稿では日本の農林水産物の輸出について概観してきた。
第二次安倍政権が掲げた成長戦略の一環として農林水産物の輸出を積極化する施策が後押ししたことや日本食の世界的なブームなどもあり、2013年頃から我が国の農林水産物の輸出額は増加基調となっている。
輸出先としては、近年では共産中国向けが多くなっているが、香港、米国、台湾などが昔からの得意先となっている。品目別では、アルコール飲料は常時上位に入っているが、それ以外の品目は入れ替わりが激しい。近年では、アルコール飲料に加え、ホタテ貝、牛肉、ソース混合調味料、清涼飲料水などが、日本の特徴ある食材あるいは高品質さなどが人気となり、行政も積極的に輸出奨励していると推測される。
次稿では農林水産物の輸入について、本稿と同様な情報提供を試みる予定である。


図1の注
「輸出総額に占める割合」は「農林水産物計」が輸出総額に占める割合。

図2の注
注1:構成比は、農林水産物輸出額全体に対する比率。
注2:国・地域名表記は出所の記述に従っているため、「アメリカ」「アメリカ合衆国」などが混在している。
注3:2002年時点では、EUを1つの地域として扱いその内訳として輸出額の多い主な国が掲載されていた。その後、EUは参考掲載となり、EU構成国の個別国で上位20を掲載するように変更になった。

図3の注
国・地域名表記は出所の記述に従っている。

図4の注
注1:構成比は、農林水産物輸出額全体に対する比率。
注2:品目表記は出所の記述に従っている。

図5の注
注1:品目表記は出所の記述に従っている。
注2:図示していない年は上位20品目としての数値を入手できなかった年。

図6の注
注1:上位5か国・地域が占める割合は、該当品目の輸出額全体に対する割合。
注2:品目表記、国・地域名表記は出所の記述に従っている。
注3:図示していない年は上位5か国・地域としての数値を入手できなかった年。


20230926 執筆 主席研究員 中里幸聖


本レポートの続編:
成長産業としての農林水産業の輸出入 -輸入編-」(2023年10月5日)


前回レポート:
『新しい資本主義』は中間層の再建が鍵 -データupdate-」(2023年8月28日)

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