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【連載小説】破格の女 第5章 慈悲の神(3)

 車のトラブルが解決してから、ズラブは2週間の休暇を取ることに決めた。ズラブの予期せぬ数日の不在の間、マリアはズラブに対する想いを新たにし、ズラブもその変化を敏感に感じ取り、タケノコ星この星に来たときのスペースシップ内での愛欲の日々が再燃したのである。娘のレアが寝入ってからや、ヨウコの家に遊びに行っている間を見計らって、ふたりは何度も互いを求め合った。夢中になりすぎて朝遅くまで寝ていたりして、レアへの対応がおざなりになり、かわいそうな思いをさせているという共通の罪悪感が、自由気ままにできるのは休暇中の今しかないという無礼講に拍車をかけ、レアには少しの間我慢してもらおうと、ご機嫌を取るために、町へ買い物へ行って好きな物を買い与えたりした。
 小さなショッピングモールで食事を取っていると、早く食べ終わったズラブが、

「ちょっと行ってくる」

と言い、席を外した。トイレにでも行ったのかと思っていたが、なかなか帰ってこない。マリアが電話をしようと携帯電話を手に持ったとき、ズラブが小さな紙袋を提げて戻ってきた。

「これ」

とぶっきらぼうに言い放ち、紙袋をマリアの前に置いて隣に座った。何かしらと思ってマリアが開けると、中には長方形の小箱が入っていて、フタを開けると銀のネックレスが光っている。とても小さなダイヤに似た丸い宝石がひとつついていた。マリアははっとズラブを見た。

「やるよ」

と、少年のように頬を赤らめ、ズラブがぼそっと呟いた。マリアはネックレスを手に取り、嬉しさに涙をこぼした。ズラブからの初めての贈り物である。

「ズラブ……」

 マリアは周りの目もはばからず、ズラブに抱きついて泣いた。向かいの席でその様子を見ていたレアは、

「きゃはは! プレゼント、プレゼントー!」

とにやにやしながらかわいい叫び声をあげ、周囲からの暖かい注目を浴びた。
 その夜、ネックレスを身につけたマリアがズラブにまたがり、いつもより激しく動くのを見て、鎖ひとつでこんなに違うものなのかと、ズラブは不思議に思う。
 休暇最終日の夜半過ぎ、ベッドの上でズラブの全体重を受け止め、心地よい疲労とゆっくりとしたズラブの動きに身をゆだねながら、

「ずっとこうしていたいわ」

とマリアが囁いた。

「仕事行きたくねえ」

「私たち、親失格ね」

 ふっと笑い合い、唇を重ねた。
 久々にズラブが採掘場の仕事に出たので、マリアとレアは、ヨウコやゴロウと一緒に、森や川での食料調達に出た。ズラブの休暇中、ヨウコは気をつかい、ゴロウの散歩のときも、マリアたちの家の近くを通らないようにしていたのだ。レアがどうしてもゴロウと遊びたいというときは、預かってくれたり、泊まらせてくれたりした。また4人で一緒に外に出られるので、レアもゴロウもご機嫌である。

「ずっと聞いていなかったけれど、マリアさんのご両親はどうしているの?」

 木の子が自生している目的地へ行く道すがら、前を行くレアとゴロウを見つめながら、ヨウコが隣を歩くマリアに尋ねた。

「父は誰かも分かりません。母とは音信不通で……とっくの昔に縁が切れているんです。同じ仕事をしていたから、ライバル視されてしまって」

「ご存命なの?」

「さあ……私がここに来る何年も前に、恋人とどこかの星へ移ったようです」

「そう……何だか、親子って感じじゃないわね」

「本当にそうなんです。ろくに育ててもらってないし、そもそも接触がほとんどなかったから……周りの子たちも似たようなものでした」

 マリアは労働者階級の住み処す かであるステムで生まれたとはいえ、保育所やベビーシッターに預けられ、6歳からは天空の寄宿舎で育ったので、母と会う機会は皆無に等しかった。地球にありがちな"産むだけの親"である。そして自分も同じ道をたどっていた。この星に来るまでは……。

「こんなふうに、自分の子どもと過ごすことになるなんて、考えたこともなかったです」

原点回帰、、、、よ。動物としてのね」

 ヨウコの口から原点回帰という言葉を聞いたのは2度目だ。タロウの遺骨を届けた日に、死んだ夫を冷静に分析する姿勢に空恐ろしさを感じたものだが、今はそんな面影もない。

「タロウさんのおかげです。ヨウコさんに会えなかったら、私はレアを産んでも、きっと育てられなかった……本当に感謝しています」

「私も、自分がおばあちゃんになれるなんて思ってもみなかった。あ、ごめんなさいね、勝手におばあちゃんなんて言って」

 ヨウコはふふと笑った。

「いいえ、その通りです。肉親以上によくしていただいているんですから」

 レアとゴロウがはしゃぐ声を聞きながら、マリアとヨウコの間には暖かな笑みが交わされた。
 その日の夕方、マリアが食事の支度をしていると、いつもの車とは違う音が響いて、家の前で停まった。何事かとレアを連れて外へ出ると、1台の銀色のジェットカーが夕日を浴びて輝いている。運転席のドアが開き、ズラブが出てきた。

「おい、マリア、誰に会ったと思う?」

 怪訝な顔つきをするマリアの反応を楽しむように、ズラブはにやりと笑い、助手席のドアが開くのを待った。ぬっと出てきたのは、背が高く髪の長い男である。

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