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【連載小説】破格の女 第5章 慈悲の神(4)

 ジェットカーから出てきた長身で金色に光る長い髪をなびかせた男を見てマリアは驚いた。

「あなたは……」

 ──名前何だっけ!?

「トラビスだよ、覚えてるだろ?」

「あ、当たり前じゃない、忘れるわけないわ」

 名前は忘れていたが、男のことを覚えていないはずがなかった。タロウの遺体を引き取りに行ったとき、何の証明もないのに、「遠縁」と細工をして引き渡してくれた消防士だ。

「ご機嫌よう、マダム」

 トラビスは右手を胸の前に添え右足を引き、恭しく深々とお辞儀をした。体を起こす途中、レアの存在に気づき、ずんずんと小走りで前まで来て、腰を屈め、ぐわっと目を見開き、

「こんにちは」

と言いニッと笑ったが、レアは仏頂面で、クマのような男の風貌が怖いのか、マリアと繋いでいる小さな手に力がこもった。

「どうしてここに? このジェットは何?」

 困惑するマリアの肩に腕を回して、ズラブは家に戻るよう促した。

「話は中に入ってからだ。来いよ、トラビス」

 ズラブはトラビスを招き入れ、キッチンの小さなテーブルの椅子に向かい合いに座らせた。

「びっくりしたぜ。帰ろうとしたら、採掘場にコイツがジェットに乗って現れたんだ」

 マリアは氷入りのお茶を差し出し、用意しておいた食事も並べ始めた。

「俺だってびっくりしたぜ。地球から来た美男美女が住み着いてるって聞いたから、まさかとは思ったが、男は若えのに髪が真っ白だっていうじゃねえか。お前に違えねえと思って、いろいろ尋ね回って採掘場で働いてることを探し当てたんだ。そしたら何だ、子どもまでこさえてるっていうじゃねえか」

 トラビスはズラブの膝に座っているレアを見て、何通りもの変な顔をしてみせた。レアは体を縮こませた。

「俺は今、ジェットカーの中古車販売をしてるんだ。『トラビス・ジェッツ』っていう社名さ」

「自分で経営しているの?」

 マリアが驚きと感心を持ってトラビスに尋ねた。

「ああ、主に地球で乗り捨てられたジェットカーを扱ってる」

「まあ……」

「食えよ、トラビス。俺の"スカイ"がなかったかと聞いたが、分からねえらしい」

 スカイは空港に置いてきたズラブの青い愛車だ。

「銀や黒よりは少ないが、青いジェットだって何台もあったからな……巡り巡って手に入ったら、持ってきてやるよ」

 ズラブもトラビスもマリアの料理をガツガツと食べる。マリアはビールを2人に渡し、自分も席に着いた。レアはマリアの膝の上に移り、大人しくしている。

「それであなたは、タケノコ星この星へはジェットを売りに来たってわけ?」

「ああ、そうだ。需要はあるだろ」

「4輪じゃ話になんねえ。俺みてえに、買いてえヤツはたくさんいると思うぞ」

「だよな。安いのをバンバン売ろうと思ってる。燃料屋も作らねえとな」

「大仕事ね」

「俺のバックには推進派が付いてる。何とかするさ」

 マリアの表情がこわばった。

「推進派? なぜ……?」

 トラビスは口をもぐもぐさせながら、

「会社を作るとき、推進派に金を出させたんだよ」

「よく出してくれたわね」

「運良くある将校の弱みを握ったのさ。大地震のあと、そこかしこに乗り捨てられたジェットを見て、他の星で売れるんじゃねえかと思ったのよ。それでホワイトキャッスルに乗り込んで、その将校を呼び出して、あんたら地球に残ってる人間を見捨てて逃げようとしてるんだろ、だったらせめて次の仕事を充てがうくらいしねえとマズいんじゃねえの、と言ったんだ。俺なら、用の無くなった消防士どもをかき集めて事業を起こすことができる、失業対策の公共事業ってことにしてな。しかしヤツは渋ったんで、金を出さねえとあのこと、、、、をバラすぞと脅したんだ。んで、トントン拍子に話が進んで、何台かスペースシップを回してもらって、最初の半年は、地球に残ったヤツらをいろんな星に運んだんだ。それが済んでから、今の仕事に取りかかって、今日に至るわけよ。カタワレ星に拠点を置きてえと思ってたんだが、それは推進派の許可が下りなくて、今はヒヨリミ星でやってるよ」

「なぜカタワレ星ではダメだったの?」

「推進派は地球の人間をカタワレ星に入れたくねえんだ。カタワレ星の地球名義の資産を凍結したろ? 金を巻き上げられたヤツらから恨まれてるからなあ……そのうち戦争でも起こるんじゃねえかと思うよ。まあ、結局、俺の会社だって、そこの金が回ってきてるって考えたら、地球の金でやってるってことになるのかもしれねえがな」

 マリアの顔が曇った。

「マリアもそのひとりだよ」

 ズラブの言葉に、トラビスは困惑して何も答えられず、目を伏せるマリアを見つめた。

「まあ、この星にいりゃあ、金はなくても何とか食っていけるからな。ところで、そんな大金を出させるなんて、どんな弱みを握ったんだ?」

 ズラブは興味深々だ。

「あ? ああ、あれだよ、あれ……見ちまったのよ。あんたらが遺体を引き取りに来た次の日だったかな……若い将校が、同じく遺体を引き取りに来てた連中の中の、可愛らしいガキを口説いてたのをな。遺体置き場のテントの裏に呼び出してよぉ、『地球から脱出する日も近いんだ、僕の言うことを聞いてくれたら一緒に連れて行ってあげるよ』なんて言って、抱き寄せておでこにキスしてたぜ。とんだロリコンホモ野郎だったってわけよ」

 ズラブはくくっと笑った。

「いいもん見たな」

「おうよ、それがなかったら今日の俺はないのよ。だが、絶対に言うなよ。その将校は推進派の中じゃ有名なヤツだからな。漏れたら俺の立場がねえ」

「心配すんな、言わねえよ。そもそも、そういう話をできるヤツが周りにいねえ」

 ──有名?

「ギヨーム・ガイヤール……?」

 マリアのつぶやきに、トラビスははっと小さく反応した。おそらく図星なのだろう。じっと見つめるマリアの視線から逃れるように、

「と、ところでおまえはどんなジェットが欲しいんだ?」

 トラビスがズラブに話を振った。

「とにかく安いヤツだ。乗れりゃあ何でもいい」

「自動運転装置が狂ってるのなら安いぞ」

「自動運転なんかしねえよ。自分で運転すんのがジェットの醍醐味だろ」

「懐古趣味だな。酒が飲めねえじゃねえか」

「酒より運転だ。もう持ち込んでんのか?」

「ああ、ピンからキリまでな。60台と間に合わせの燃料を空港近くに置いてある」

「乗ってみてえな」

「明日持ってきてやるよ」

 早ばやと食事を終えた男ふたりは、またジェットに向かった。ドアのそばで見送りをするマリアとレアにズラブは、

「採掘場に車停めてあっから、取ってくるな」

「ごちそうさまでした、マダム」

 トラビスはまた先ほどと同じお辞儀をして乗り込み、発進させた。

 ──美味しいって言ってくれなかった。

 マリアは自分の料理の腕前を自覚してはいるものの、少し寂しい。
 残り物をレアとふたりで突っついた。トラビスがやっていることは、他人のジェットカーを売り払って儲ける泥棒稼業と言えなくもない。ジノを殺す指示を出した男の組織が自分の財産を巻き上げ、その金で恩人が起こした会社からズラブがジェットを手に入れようとしている。なぜ泥棒にお金が集まるようになってるのかしら……何なのよ、一体……しかも、ズラブの稼ぎでローンだなんて……これからレアの教育費もかかってくるのに、やっていけるのかしら……マリアはため息をつきながら、テーブルの片付け始めた。

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