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てりたまです。
監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めました。

値決めは経営である、とは、かの故稲盛和夫さんの名言です。

監査人として、つらい仕事の一つが監査報酬の交渉でした。
クライアントに耳触りのよくないことを言うのは、長期的にクライアントのためと信じて言うのですが(ご異論は多々あると承知しています)、監査報酬は利害が対立するためです(こちらはご異論ないでしょう)。

今回は、監査報酬交渉の場でのクライアントの発言をご紹介します。
と言っても、たくさんの発言をばらばらにして、原形をとどめないように再構成しています。「あれ、これ私の発言では?」と思われたら、きっと違います。(たぶん)

監査人でも、経理でもない方々のために説明を添えますと、通常の監査は一年の契約になっています。毎年、監査法人から報酬見積を出し、クライアントの経理の方と協議します。また、見積時点で知りえないイベントなどが発生し、監査時間が増える場合は、追加報酬の交渉をすることになります。

それでは、参りましょう。

年度の監査報酬の交渉にて

「いつもお世話になっているのにまことに申し訳ないのですが、この額では稟議が通らないのであきらめてください」

丁重ながら、身もふたもない回答。
「いやいや、それではこちらも困ります」と交渉を続けます。

「経費カットの旗を振っている当の経理が、値上げをのんでしまうと示しがつかない」

お気持ちはたいへんよく分かります。お気持ちは。
理由があって監査時間が増えているので、こちらも「そうですか」とは言えないんですよ…

「メーカーは、原材料が上がっても、それを企業努力でお客様に転嫁しないようにしているんです。人件費が5%上がったので監査報酬も5%値上げ、と持ってこられても、社内で通りません」

ある新興国で、国全体の平均賃金が上がっていないのに、会計士など専門職だけ上がっているということがありました。

クライアントにしてみると、「会計事務所ばっかりほいほい昇給しやがって、それをこっちに転嫁するのか」というところ。
現地の監査パートナーに聞くと、「上げないと、もっと給料の高い先進国に移住してしまう」とのこと。難しいところです。

「翌期の予算が決まってから値上げを言われても、遅すぎる」

どうしても監査人は、3月決算だと6月末までが「当期」で7月にいきなり「翌期」の四半期が始まる感覚になっています。

ところがクライアントの予算サイクルは、7月どころか12月や1月始まります。2月には各部門の予算の折衝があり、3月に確定、4月から新予算スタート、というのがよくあるケース。
監査人としては早めに見積って提示したつもりが、クライアントにとっては手遅れ、ということになります。

「当社の未曾有の危機なんだから、○%の値下げを飲んでほしい」

いろいろ調整した末に値下げを受け入れることにして、見積書に「特別値引○円」と明記。「当期のみ、がんばっても翌期までですよ」と念を押す。

それから10年が経過。私は担当を外れていましたが、後任のパートナーに聞くと、「特別値引」はそのまま悲しく残っているとのことでした。

追加報酬の交渉にて

年度の報酬見積時点では想定していなかったイベントなどの報酬。
企業買収や不正の発覚がこれにあたります。

「監査時間が増えても、当社のために人を雇ったりしないでしょ? 残業手当の出ない管理職を集めて追加コストなしでやってもらえないの?」

何をおっしゃっているのか、理解するのに時間がかかりました。
キャッシュ・フローに着目されたのでしょう。
ただし、その管理職たちが本来担当するはずだった業務はどうなるのでしょうか?

「当社だって、この対応でたいへんで、その上監査対応にも相当の工数がかかるんですよ。どっちも工数が増えてんだから、痛み分けでちゃら、ってことでどう?」

「そうか、痛み分けならフェアですね。て、なんでやねん」と、一瞬ノリツッコミしそうになりました。(やってませんよ)

おわりに

監査人としては、報酬見積が高い、と言われると「こんなにがんばっているのに評価してもらえないのか…」とモチベーションが下がりがちです。
しかし、クライアントにはクライアントの事情があって交渉しますので、努力が認められていない、ということでは必ずしもないと私は思います。

一方、私の反省は、クライアントに十分説明を尽くしてきたのか、ということ。
監査の何に時間がかかっているのか。なぜ時間が変動するのか。単価が変わるのであれば、増加要因が何で、増加幅を抑えるためにどのような企業努力をしたのか。クライアントは、納得できる説明を求めています。

監査に限りませんが、「安売りが日本を貧しくしている」ということがよく言われるようになりました。
監査人は説明を尽くして、適正な報酬を得られるように不断の努力が必要です。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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