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時間の内部性

今日の読書会で、内部的な時間と外部的な時間の話題が出た。
自分からは、相対性理論から考えて、位置が違う以上、人はそれぞれの時間軸に沿って生きているという話をした。その観点から言えば、時間には内部的な時間しかなく、人や世界的に時間が同一であるというのは幻想でしかない。

宇宙飛行士が宇宙に行って、地球を何周もして帰ってくると、時計が早まっているという。
ChatGPTにQ&Aを繰り返し、相対性理論にもとづけば、人はそれぞれの時間軸に存在し、人により時間は異なることを認めさせた。ただ、自分は特殊相対性理論に基づいて考えていたのだが、ChatGPTは一般相対性理論を導入すれば、地表では、地球の重力影響が大きいので、宇宙空間にいるより時間のずれが微妙になることを教えてくれた。すなわち地球の存在により、人類の時間軸は揃っている。

 アマゾンに住むアモンダワ族は、時間の概念がなく、過去の経験を積み上げていくような思考ということだ。考えてみると動物には時間の概念や言葉がないので、2日前と1週間前を区別して考える習慣はないだろう。自分の経験の蓄積にだけ頼る感じ。繰り返しの多い状況や、遺伝子的に(先祖代々の繰り返し)多い経験が意識として行動を決めるのだろう。

結局、自分の時間は自分のものでしかない。という当たり前のことに、自分の時間軸は自分のいる空間の連続体なわけだ。
自分が時空間連続体としての存在であることを意識したい。

まだまだ、今日は考えたことがあるが、今日はここまで。