つるを折る

次女の夏休みの自主学習で、毎日「今日は何の日」を日記代わりに書くことにしている。
6日の朝、書き始めて、広島の原爆の日だよと言ったら、娘は何のことだかよくわかっていないようだった。
戦争のこと、原爆のこと、原発事故のこと、朝のエールはいつもと違う時間に放送されること、断片的には知っているけれども、どこか遠い世界の自分には関係のないことと思って生きてきたようです。

平和式典を見ながら、こどもたちとツルを折った。

折り紙というのは、世界に誇る日本の伝統文化だと思う。
この頃ツルも折れないこどもが増えている。
まず、機会が少ない。折り紙自体は買ってもらってるけど、じっくり折る時間が持ててないんだろうと思う。
折り紙がきちんと折れるってのは、知能とかなりつながりが深い。
端をそろえて折る、半分に折るといっても、四角に折る、三角に折る、手と目と頭を協調させないとできない高等技術です。
そういうことはしないで、プログラミングとか英語とか増やしてどうするん?とか思うのはまあ置いておいて、つるを折ることを通して教え、育てられることはあまりにも多い。
手先の器用さ
図形に対する感覚
丁寧にするということ
自国の文化の奥深さに触れ、それを誇ること
完成形を見通してプロセスを歩んでいくということ
たとえば本を見て、図を読み取ること
説明文の通りに行動するということ
本でわからないとき、動画に切り替えること
投げ出さず、自分がわかりやすい媒体を活用すること
動作をまねるということ
となりの人に教えてあげながら、自分の行動を言葉に変換するということ
人に合わせてあげるということ

千羽鶴は願いです。
誰かのために自分の時間をつかうこと、誰かの幸せを祈ること、平和を愛すること、
そういうことができる人に育って、自分の願いを実現すること


一番育てたいのは人であり、心。
自分を、社会の願いを実現するための手足にできる人であってほしい。

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