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短編小説「おしゃべりな掃除機(後編)」

前編はこちらです。

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「ねえ、もっと話してちょうだいよ。今日何があったの?」
「ええっと、今日は午前中、部屋の掃除をしていたら掃除機が壊れちゃって…」
A子が切りの良いところまで話すと、掃除機は良いタイミングで言葉を吸い込む。そして興味深そうに相槌をうつ。

A子はだんだん、話をするのが楽しくなってきた。そうだ、普段の会話といえば、職場での当たり障りない話か、コンビニやスーパーの店員と一言、二言交わす会話くらいだったのだ。掃除機は、A子の話をよく聞き、しっかりと吸い取ってくれる。えも言われぬ幸福感に包まれた。

その日から、A子は仕事から帰ると一日の出来事を掃除機に話すようになった。掃除機のコードは常にコンセントにつなぎ、帰宅するとスイッチを入れる。「おかえりなさい!おつかれさまあ!」と迎え入れられる。

ある日は、一人暮らしを始めてからの寂しさを吐き出した。
ある日は、会社での理不尽や嫌みな上司への恨みつらみを吐き出した。
ある日は、学生のころの悲しい思い出を吐き出した。
掃除機は全てをよく吸い込んだ。その度に、A子はスッキリした。

とある金曜日。A子はイライラしながら家路に向かっていた。

嫌みな上司も、サボる同僚も、理不尽な要求ばかりの取引先も、みんな嫌い。浮き足立って飲みにいくグループも、ツヤツヤと微笑み合うカップルも、高そうなハイヒールで歩く美人も、みんな嫌い。

勢いよくアパートのドアを開け、靴を脱ぎ捨てて掃除機のスイッチを乱暴に入れた。
「おかえりなさい!おつかれさまあ!」
元気で呑気な掃除機の声。A子は思わず掃除機に向かって声を張り上げた。

「何がおつかれさまよ!働いたこともないくせに!」
「ごぉおおおおお」
「あたしだってがんばってんのよ!」
「ごぉおおおおお」
「みんな嫌い!消えてしまえ!」
「…………」

突然、掃除機に赤いランプが点灯した。よくよく見ると「ごみすて」という文字がランプの横にある。どうやらごみパックが一杯になったらしい。
「なによ、今一番吸い込んで欲しいのに」と、しぶしぶ本体の蓋を開けた途端、これまでA子が吐き出した言葉が部屋中に溢れかえってしまった。

数日後、商店街のリサイクルショップには、黒い掃除機が1,000円で売りに出されていた。中年男性が店に入り、掃除機を買って家に帰った。コードをコンセントにつなぎ、スイッチを入れた瞬間、掃除機から声がした。

「あのう、すみません、ちょっとお話きかせてください…」

(完)

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初めてのショートショート、創作するのは楽しかったです。企画などのアイディア出しと同じ要領で単語や連想をつなぎあわせて「不思議な言葉」をつくり、着想を得る方法。またやってみようと思います。

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