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自治会、高齢者、人々のつながりに利 千葉県松戸市「あんしん電話」

(この原稿は、毎日新聞WEBでの筆者連載「百年人生を生きる」2019年6月20日掲載の記事です)

1人暮らしや夫婦のみ高齢世帯への定期訪問など、見守り活動がさまざまな形で広がっている。その一つが、千葉県松戸市で運営されている「あんしん電話」だ。週1回、利用者宅に安否を尋ねる電話が自動的にかかってきて、プッシュボタンで安否を回答する仕組み。体調不良や要連絡など回答に応じて、地域のボランティアが利用者宅を訪問する。シンプルで、利用者につかず離れず安心を届けることができる▽自治会の見守り負担を減らせる▽地域の人たちの「つながり」を生み出す――など、さまざまな効果がみえてきた。他地域での導入の動きも出てきた。

週に1度の自動電話

あんしん電話は、千葉県松戸市の自治会リーダーやNPO関係者らが理事を務める一般社団法人「あんしん地域見まもりネット」が運営している。地域の医療機関や介護施設に置かれた電話発信の機器(現在は、特定の場所に設置せず、クラウドシステムを使う方法も導入)から週に1度、利用者があらかじめ決めた日時に自動で電話がかかってくる。

体調を尋ねる自動音声に対し、利用者はプッシュボタンで「#1(大丈夫」」▽「#2(少し心配)」▽「#3(連絡がほしい)」のどれかを押す。「大丈夫」以外のプッシュや、応答がない場合は、医療機関などから確認の電話がかかり、緊急度や必要度に応じて地域の見守りボランティアらが利用者宅を訪ねる。65歳以上の市民は無料で利用できる。

緊急時にはむかないけれど

「週1回の連絡」ということから分かるように、あんしん電話は緊急時に「命を救う」ということを目的としていない。同ネットは「利用者に日々の安心を感じてもらうことが大切」と考えている。自動電話というと無機質な印象を受けるが、民間の警備会社のように警備員ではなく地域の人が駆けつける点や、医療機関がかかわっていることがさらに別の「効果」を生んでいる。

「あんしん電話で地域のつながりができたことが何よりの効果です。電話操作が分からなくなることを通じて、認知症の早期発見にもつながります。普通の見守りは監視されているようで嫌だけど、どこかで見ていてほしいタイプの人にも、自動電話に応えるだけの仕組みは役立ちます」と、あんしんネット代表理事で野菊野団地自治会長の斎藤正史さん(69)は話す。

野菊野団地=千葉県松戸市で、筆者撮影

高齢化ベッドタウンの“孤立死”続発がきっかけ

東京都との境に位置する松戸市は人口約50万人。東京のベッドタウンとして発展してきた。団地も多い。その一つである常盤平団地は2000年代初めに孤立死が相次ぎ、全国的な話題となった。これがあんしん電話導入のきっかけだった。

常盤平にある「どうたれ内科診療所」の堂垂伸治院長が、高齢患者の安否を把握したいと考え、IT機器メーカーと組んで自動電話システムを開発し、07年に運用を始めた。

そのことを知った市内の幸谷(こうや)町会が機器を導入し、町会のボランティアが見守りに出向く現在の仕組みの骨格を作り、12年から運用を始めた。現在は市内8カ所に見守りステーションが設置され、840世帯が利用登録している(19年4月末)。

実際には「大丈夫」以外の応答があることはほぼないという。市内の野菊野団地は全746世帯の巨大団地で、約60世帯があんしん電話を利用しており、「大丈夫」以外の応答は年2~3回。深刻な病気ではなく、斎藤さんたちボランティアが訪問して話をすると安心するようなケースが大半だ。ほかの自治会も、医療機関からの確認の電話で用が足りることがほとんどという。

生活の活力に

利用者の声を紹介する。

井上紀子さん=千葉県松戸市で、筆者撮影

市内で1人暮らしをする井上紀子さん(79)は13年からあんしん電話を利用している。友人があんしん電話を使っているのを見たことが登録のきっかけだった。井上さんは「自分のことを気にかけてくれている人がいる。それがうれしい。そんな人たちに迷惑をかけないようにしっかり生きなければと、食事にも気を配っています。気合が入ります」と話す。緩やかなつながりが日々の安心を生み、生活の活力につながっていることがうかがえる。

海老沼忠夫さん(73)も1人暮らし。脳梗塞(こうそく)の後遺症とパーキンソン病のため体が不自由だ。市役所から、民間警備会社の緊急通報システムとあんしん電話の両方の利用を勧められた。緊急時に警備会社を利用して救急車を呼んだことがあるが、あんしん電話には警備会社とは違う意義を感じている。

あんしん電話を通じて斎藤さんと顔見知りになり、電球取り換えや換気扇交換を直接電話で頼める関係を築いた。頼まれ事を請け負うことは自治会の仕事ではないし、システムでもないが、「つながり」を生む可能性を示している。

海老沼忠夫さん=千葉県松戸市で、筆者撮影

「見回り」の負担軽減

一方、ボランティアの人たちにも効果があった。

一つは自治会役員の負担が軽くなったことだ。ある町会長は地域の見守りを1人で受け持っていた。毎日訪問してもそれぞれの家に行けるのは2カ月に1回ほど。その間に「誰か倒れてしまっているのではないか」と心配で、時には夜も眠れなかったという。

あんしん電話を地域に導入したことで「何かあれば連絡が入る」と、気持ちが楽になった。多くの自治会は役員不足や高齢化で見守り活動自体が難しくなっているだけに、大きな助けになっているといえる。

もう一つは、地域で関係性の輪が広がったことだ。筆者は見守りボランティア10人にヒアリングをした。利用者を自宅に招いたり、登録をやめた利用者を継続して訪問したりして、近所づきあいが始まるケースがあった。

あるボランティアは「高齢者は腰が曲がってかわいそうとか、単なる老人としか見ていなかったが、人それぞれに歴史があることに気づき、尊敬の念が出てきた」という。ボランティア同士のつながりもでき、地域コミュニティーが強固にもなった。これこそが、斎藤さんが一番の効果として挙げた「地域のつながりができた」ということだ。

障子の向こうの人の気配

筆者はあんしん電話の動向を5年ほど見続けてきた。思うのは、「障子の向こうの人の気配」のような仕組みだということ。気配は分かるが、直接のぞかれることはない。でも、障子を開けさえすれば簡単に顔を合わせることができる。自治会の役員はいちいち玄関をノックして回る負担がなくなる。

課題はある。システムを維持するには維持費が必要だ。いまは松戸市の補助金や各種団体の助成金でまかなっていて、自立した運営ではない。このため、賛助会員制や、電球交換のような「ちょっとした頼み事」を有料で請け負うことで、元気な高齢者の活躍の場としながらシステムを維持する方法の導入も検討している。

市民発の仕組みはいま、東京都葛飾区や多摩市、千葉県流山市の関係者が視察をして導入を検討するなど広がりを見せ始めている。高齢者の社会的孤立を防ぎ、緩やかなつながりを生み出す小さな種がどう芽吹いていくのか。引き続き見守りたい。

(この原稿は、毎日新聞WEBでの筆者連載「百年人生を生きる」2019年6月20日掲載の記事です 無断転載を禁じます)

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