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台風やハリケーン等で発生する高潮について(2018年台風第21号と2022年ハリケーンイアンを例に)

1. はじめに

台風やハリケーンやサイクロン等による(以下台風等と称します)による高潮災害は、きわめて強い勢力の低気圧が標高の低い沖積平野等で人が居住する地域に上陸することで発生します。これは大雨水害や地震、津波とくらべても頻度が低く、同じ地域であれば100年に1回以下であることが普通です。ですので、高潮災害の教訓を地域で語り継ぐことには限界もあり、海外を含めて他の地域で発生した高潮災害から学ぶ、ということも重要です。とは言え、バングラディシュやミャンマー等でサイクロンの高潮による10万人の犠牲者が出ました、というニュースは、海外支援という意味では非常に重要ですが、観測データの不足や防災施設の不備等により、今の日本の防災の参考にはどこまでなるのか、というのがあります。2022年9月28日から29日にかけてフロリダ州を襲ったハリケーンイアンは、米国、それも比較的裕福な住民の多い地域を襲った高潮災害ですので、改めて高潮の恐ろしさを共有しつつ、高潮についての理解を深めることがこの記事のねらいです。
なお、フロリダ州には私も1988年から2年間留学しておりました。幸か不幸かその2年間にハリケーンの経験はありませんが、今回の被害には心よりお見舞い申し上げます。

2. 高潮を引き起こすメカニズム

まず、高潮はどうして発生するのかを説明します。潮位という言葉がキーワードになりますが、これは海面の高さを示します。何を基準にどう決めるかは、別の機会にゆずります。満潮、干潮という言葉がある通り、潮位は一定ではなく、太陽や月の影響を受けて変動しています。図1にあるとおり、月の方向とその反対方向に力が働き、その部分の海面が膨らみます。1日1回地球は自転しますので、1日に2回づつ満潮と干潮が起こります。
これに太陽の影響が加わり、太陽と月が同じ方向(新月)、または逆方向(満月)にある場合に、特にこの満潮と干潮の差が大きくなります(図2)。この時期を大潮とよび、大潮の満潮時に台風が接近することで大きな高潮災害になることがあります。(大正6年の東京湾高潮、こちらに詳しい説明があります、https://note.com/tenkiguma/n/nd724add6858f
また、海水は温度が高いほど膨張しますので、海水温の高い時期には潮位が平均的に高くなります。海水温は夏の終わりから秋口にかけてもっとも高くなりますので、1年を通してその時期は潮位が高くなり、台風がなくても大潮の満潮時に浸水する地域もあります。地球温暖化に伴い、潮位が高くなる理由として、南極等の陸上の氷が溶けることに加えて、この海水温の上昇に伴う海自体の膨張が重要です。

図1 月による満潮と干潮 気象庁HPより
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/tide/knowledge/tide/choseki.html
図2 大潮と小潮と太陽・月 気象庁HPより
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/tide/knowledge/tide/choseki.html

こうした太陽や月の影響からくる潮位の変動(天文潮位)に加えて、気象を要因とする潮位の変動があります。図3のとおり、まず吸い上げ効果というのがあります。これは、コップの中のジュースをストローで吸い上げるのと同じです。息を吸うことでストローの中の圧力が低下して、その結果水が吸い上げられます。気圧が低ければ低いほど吸い上げる効果は大きく、気圧1hPaの低下に対してほぼ1cm海水面が高くなります。気圧が50hPa下がれば50cm、100hPa下がれば1mも水面は高くなります。
吹き寄せ効果というのは、暴風で海水が沖合から吹き寄せられて、それで海岸に向かって海水面が高くなる効果です。これに加えて、暴風下では高波も立ちますので、高い海水面にさらに高波が重なって海岸の防潮堤を乗り越えてきます。また、高波が海岸付近で砕けることで海水面を高くする効果も知られています。

図3 台風や低気圧による高潮 気象庁HPより
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/tide/knowledge/tide/takashio.html

気圧の低さと暴風の強さ、そして暴風が海岸に向けて吹いてくること、これらが大きな高潮には重要であることがわかります。これは、中心気圧の低くかつ猛烈な風を伴うような台風等が海岸へ寄せる風を吹かせるコースをとる時となります。これはどんなコースなのでしょうか。
図4に2018年に関西空港を水没させた台風第21号のコースを示します。大阪のちょっと西にある神戸市に上陸しています。

図4 2018年台風第21号の進路 気象庁HPより
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/2018/20180911/pdf/2018_4_osaka_A.pdf

図5には、この台風による最大風速を矢羽根で示します。図4と見比べると、台風経路の西側では北寄りの風、東側では南寄りの風が強く、一般に東側の方が西側よりも強い風が吹いたこともわかります。徳島県と和歌山県の間の紀伊水道から大阪湾沿岸に向けてものすごい風が吹いていて、これが海水を大阪湾沿岸に吹き寄せたものと考えられます。

図5 2018年台風第21号による最大風速 気象庁HPより
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/2018/20180911/pdf/2018_4_osaka_A.pdf

大阪の風の時系列を図6に示します。9月4日の13時までは東風だったのが、14時には南風に代わって、風速も倍になっています。この南風が海の水を大阪湾沿岸に引き寄せました。大阪の風速の記録としては、最大瞬間風速で47.4m/s、これは室戸台風の60m/s以上(観測機器が壊れてこれ以上は観測不能でした)、第二室戸台風の50.6m/sに次ぐ記録となっています。

図6 2018年9月4日の大阪の風速、風向 気象庁HPより
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/2018/20180911/pdf/2018_4_osaka_A.pdf


図7に、大阪の潮位のグラフを示します。14時頃、急激に潮位が上昇しているのがわかります。この日は、橙色の天文潮位の変化はなだらかで、満潮・干潮の差が小さかったようですが、台風による潮位の上昇により、記録的な潮位となっています。太陽や月の引力が原因となる天文潮位と台風などの気象要因の潮位が重なって実際の海面の高さ(潮位)が決まりますので、潮位のグラフには天文潮位と実際の潮位のグラフを書くことが普通です。この2つのグラフの差が気象要因の潮位偏差となります。

図7 2018年9月4日の大阪の潮位 気象庁HPよりhttps://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/2018/20180911/pdf/2018_4_osaka_A.pdf

なお、第二室戸台風の潮位を超えて史上一位の潮位の記録となっていますが、第二室戸台風の時の潮位の観測手法との違いがあり、本当にそうだったのかどうかは少し議論があるようでした。また、過去統計の対象となっていない1934年の室戸台風では、さきほど述べたとおり風速はかなり上で、もっと潮位が高かった可能性があります。
ここまで2018年の台風第21号での大阪の状況を説明してきましたが、台風による高潮がなぜ発生するのかを理解いただくとともに、台風の強さと進路が高潮にはきわめて重要であることを理解していただければと思います。

3. ハリケーンイアンと高潮

大西洋のハリケーンについては、マイアミにある国家ハリケーンセンター(NHC)が担当しており、NHCのサイトからまずハリケーンイアンの経路を図8に示します。フロリダ州、サンシャインステートとも呼ばれ、特に中南部は温暖な気候(夏は蒸し暑いのですが)とマリーンレジャーのおかげで、全米から退職後の住処として集まってくる地域です。このハリケーンが直撃したフォート・マイヤーズもその典型的な地域です。広い別荘にボートを持つような富裕層が多く住まわれていると思います。このハリケーンの直撃を受けた地域、またはその南側の海岸では、強い南西風で海水が押し寄せてきて潮位が上がっています。一方、この経路の北側のタンパなどの地域では、海岸から沖に吹く東寄りの風で、潮位が低下して川が干上がっていた光景も見られます。

図8 ハリケーンイアンの経路 NHCのHPより
https://www.nhc.noaa.gov/archive/2022/IAN_graphics.php

フォートメイヤーズの潮位を図9に示します。数時間かけて2.5mほど潮位が上昇しています。さきほどの21号での大阪と変化量は同程度ですが、21号ほど急な変化ではありません。ただ、大阪湾のように防潮堤で守られた地域ではなく、マリーンレジャーの利便性もあるのでしょうか、Googleで見る限りある意味高潮を許容したような街づくりにも見えます。

フォートメイヤーズの潮位、青線が天文潮位、赤線が観測された潮位(暫定値)https://tidesandcurrents.noaa.gov/waterlevels.html?id=8725520&units=metric&bdate=20220928&edate=20221001&timezone=GMT&datum=MLLW&interval=6&action=

高潮で現地がどんな状況だったのか、下記のtwitter動画がとてもわかりやすいです。高潮の恐ろしさがよくわかると思います。
https://twitter.com/WallStreet.../status/1575666161525497856
高潮で浸水することがわかっているのであれば、事前に避難しておけばよいわけですが、避難指示が出ていたのか、住民は危機感を持っていたのか、といった観点での議論がいくつか報道されています。その背景に、NHCのハリケーン予報で上陸しそうな地域がもっと北の方だった、米国の数値予報モデルでは進路も強度もうまく予報できていないが、欧州のモデルで正確に予報できていたという分析もあります。欧州と米国の数値予報については、昨年の真鍋先生のノーベル賞受賞をきっかけとする私の投稿記事もお読みください。https://note.com/tenkiguma/n/nadf13ff748cb
また、ハリケーンの今の進路予報図があまり良くないのではないか、という意見も出ています。地元の自治体の避難指示が遅れた理由として、自治体トップ側が、ハリケーン予報図のコーンの範囲から外れていたから、という説明に終始している様子も見られます。以下のリンク記事はすべて英語ですので、適宜飛ばしてください。

https://www.washingtonpost.com/climate-environment/2022/10/01/hurricane-ian-forecast-accuracy-cone/

なぜこのハリケーンの強度や進路の予報が難しかったのか、という議論は米国での報道に任せることにしますが、高潮という現象が、ハリケーンの強度や進路にきわめて敏感に反応すること、それは日本列島での台風でも全く事情は一緒です。そして、不確実性のある中ですが、できる限り早い段階で避難しないと暴風に巻き込まれて避難自体が危険になるという高潮避難の難しさも同じです。

4. 何を教訓とすべきか

日本の防災では、タイムライン、という手法で気象当局や防災当局、自治体、住民、企業などが情報を共有して、それぞれが刻々と対策を打っていく仕組みが進められています。また、官房長官の記者会見、気象庁と国交省との課長クラス共同会見、知事の役割、市町村長のプレゼンス等も近年では大きく進展しまいます。これらは米国のハリケーンサンディでの対応等を通じて学んできたことも少なくありません。タイムラインではシナリオを読む必要がありますが、実際の台風接近時には、不確定性というものが伴います。
気象関係者の使命としては台風や線状降水帯の予測についてこの不確定性を小さくすることがあり、昨年、当時の菅総理主導で気象庁の技術開発体制が拡充されて2030年に向けて技術開発が進められています。これはこれとして粛々と進めていくべきものですが、一方では、予測には不確定性が一定程度あることを前提に、このフロリダでのハリケーン対応の混乱のようなことが起こらないように、ということも併せて進めていくべきことと思います。
高潮については、ミャンマーやバングラディッシュ、フィリピンなどでは、今でも数千人から10万人規模の犠牲者が出ます。これに対して、日本では、2018年の21号台風では第2室戸台風以来の記録的な高潮に対して、大阪湾の防潮施設が大阪を守った、というのは確かにその通りで、土木事業を評価すべきだと思いますが、21号当時の大阪湾河口付近の防潮水門の映像を見ると本当にぎりぎりでした。ハード防災が街を必ず守れると思い込むことで自然外力が施設対応力を超えた時に大変な災害になってしまうのは、3.11津波災害が証明しています。
とはいえ、東京の江東6区の数百万の人口を空振りを恐れずに広域避難させる、というのは軽々しく言える言葉ではありません。地球温暖化で台風が強大化する、という言葉も私は軽々というべきではないとは思います。実際に、日本の歴史上の強大な台風は昭和前半に室戸台風、枕崎台風、伊勢湾台風、第2室戸台風とありましたが、それを超える台風がそれ以降どこまであるのか、2018年の21号台風がそれに近かったくらいでしょうか。ただ、日本付近の海水温は確実に上昇しています。日本に接近してきてもなかなか衰えずにそのまま上陸することは、2018年の21号台風、2019年の15号台風(令和元年房総半島台風)がその兆しを示しています。
気象の専門家、土木の専門家、危機管理や防災の専門家、報道、気象予報士等の伝え手、そして主役である自治体や住民、これらの相互のコミュニケーションを平時からさらに活発にして、非常時に円滑に動けるようにすることが重要だと考えています。
なお、台風予報の精度については、こちらの記事に詳しく説明がありますので、合わせてお読みください。https://note.com/tenkiguma/n/n271f62d5b5ef


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