台風予報の精度の現状
はじめに
台風には季節や発生経緯などに起因して様々な個性があります。強度や大きさも個性ですし、風台風、雨台風という言葉も台風の個性を指す言葉でしょうし、さらには予報の難しい台風という個性もあります。台風第12号は進路予報の難しい台風でした。この台風が発生してすぐの進路予報を下図に示します。この進路予報について私はFacebookで、予報円が大きいのはまだ進路の不確定性が大きいということです、と述べました。24日9時段階の実際の位置を星印で示しましたが、この大きな予報円のさらに外になってしまいました。この投稿の後半で示す通り、ここ数年の72時間予報の進路予報の誤差は200km前後になっていますが、今回の誤差は700km近くあり、平均よりもかなり誤差が大きいことがわかります。
台風進路予報の現状
予報円の外とはけしからん、という思われた方もいらっしゃるでしょうが、下記気象庁のページの解説には
「破線の円は予報円で、台風の中心が到達すると予想される範囲を示しています。台風の大きさの変化を表すものではありません。予報した時刻に、この円内に台風の中心が入る確率は70%です。」
とあります。10回の予報のうち3回は予報円の外に中心があることになります。
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/typhoon/7-1.html
この予報円の決め方ですが、台風の進路予報の精度向上に伴いこの70%を目安に大きさを縮小してきています。下記は昨年6月の気象庁報道発表ですが、台風進路予報精度の向上とともに予報円を平均して20%縮小しています。
この報道発表にはもう一つ、予報円の大きさを決める際に、アンサンブル予報(初期値が少しづつ異なる多数の予報)がばらつくときは大きく、揃っている時は小さく、という手法を従来は96時間以降の予報に適用していたのを全ての予報時間に適用することになったことも記されています。今回12号台風の上記の例では72時間予報ですので、この方式の適用によって予報円が大きく設定されたものと思います。
ところで、台風の進路予報の精度ってどうなっているのでしょうか。http://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/typ_kensho/typ_hyoka_top.html
から進路予報誤差の年々の推移を下図に示します。
1980年代の24時間予報の誤差がほぼ200km、それが今では72時間予報の誤差が 200km程度ですので、1980年代の24時間予報の精度で今は72時間先の予報ができていることになります。48時間、72時間、120時間とそれぞれグラフが途中から始まっているのは、予報精度の向上に伴って予報時間が延長されていることに対応します。このように予報精度の向上により予報時間が延長されそして予報円も縮小されて、台風予報が発展していることがわかります。台風の個性の話をしましたが、年々の誤差変動も特に72時間以降の誤差では大きく、その年に予報の難しい台風が多かったかどうかという影響もあり、予報技術だけで説明できるものでもありません。この進路予報の誤差は気象庁の行政評価の業務指標にもなっていて、たまたま精度の悪かった年にはこの説明に苦労することもありました。
12号台風で誤差が大きかった原因は色々あるとは思いますが、一般論として台風の発生直後は、台風の構造がまだ確立していないからなのか、進路予報の誤差が大きいケースが少なくない印象はあります。教科書的に偏東風波動から台風が発生した場合は普通に西進することが多いので、統計的に発生直後の誤差が大きくなるかどうかはわかりません。ちゃんと調査をして確かめる必要はあると思います。
72時間予報で 200kmという誤差、過去に比べると大きく精度向上しているのですが、例えば高潮予測を考えてみると、台風が湾の東側か西側を通過するかで潮位の上昇は全く異なります。また、進行方向の誤差としても、 200kmの誤差は時速40kmとして最接近時刻が5時間ずれます。満潮は1日2回あるのが普通であり、満潮時刻と干潮時刻との差はおよそ6時間ですので、5時間の差で最高潮位は全く異なります。東京や名古屋、大阪のようなところでは、避難対象者は百万人のオーダーでもあり、公共交通の計画運休を考えると2ー3日前から判断しないと避難は不可能かもしれません。気象庁では2030年の目標として3日先の台風予報の精度を今の1日予報の誤差である100kmとしています。
台風強度予報の現状
台風第10号では、強度予報の課題が大きく報道されましたが、強度予報についてはどうなのでしょうか。http://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/typ_kensho/typ_hyoka_top.html
から中心気圧誤差の推移を示します。
まず、進路予報精度のグラフは1980年代からありましたが、強度予報については2001年以降から始まっていますし、120時間予報については2019年から開始です。強度予報は進路予報より難しく、なかなか業務ベースに乗らなかったということです。そして、進路予報の誤差は右肩下がりでしたが、強度予報については、あまり精度向上が見えていません。数値予報の精度向上の効果が強度予報にはあまり反映されないこともあり、本庁と気象研究所の合同チームでJRA-55再解析データ等を使って統計的手法の開発を進め、その効果が確認されたことから2019年から5日先までの強度予報業務を開始しています。
概して進路予報に比べて強度予報は難しい、ということは理解いただいた方が良いと思います。海面水温の効果の取り入れ方も一つの課題ですが、台風の発達メカニズムの理解、それが10-20kmの分解能の全球大気モデルでどこまで表現できているのか、それも難しい課題です。インターネットを通じて、海外の数値予報モデルの結果を直感的にわかる図で誰もが見ることができるようになりました。気象庁の全球モデルだけでなく、欧州のECMWFも米国のGFSも強度予報についての精度は課題を抱えています。
進路予報より強度予報が難しいもう一つの背景として、台風の位置は衛星画像からほぼ正確にわかりますが、台風の強度については、ドボラック法と呼ばれる衛星画像からの強度推定手法にどうしても誤差がある程度伴います。検証に使う実況自体に誤差があるというのが強度予報への取り組みの難しさの一因になっています。米国のように飛行機で台風を観測するのはなかなか大変かもしれませんが、様々な観測手段を模索していく必要があると考えています。予報精度の向上という目的のみならず、例えば特別警報の発表に関わるような事例では、実況の台風強度のより正確な把握自体が、防災情報として大きな意味を持つということも台風第10号の経験で認識されたと思います。
終わりに
今年の台風第10号では強度予報、台風第12号では進路予報がそれぞれ課題とされたと認識しています。そもそも台風予報の精度はどの程度なのか、台風予報の発展の歴史にもちょっと触れながら解説してみました。概して、進路予報は精度向上が進んできていますが、強度予報についてはまだまだ発展途上です。進路予報も5日以上先になると誤差は大きいですし、強度予報はまだまだ発展途上でもあり、インターネットで得られる海外の数値予報センターの結果も含めて、不確定性を認識することが重要です。このような強度予報の精度の現状を多くの方々に理解していただくことが必要と思います。
とは言え、やはり精度向上に向けて取り組まないといけません。幸い、台風については気象研究としても興味深いテーマが広がっています。そこでオールジャパンで台風研究を推進しその成果を気象庁の台風予報の改善という形で集約していくことをまずやらねばなりません。一方、まだまだ72時間先100kmという誤差には程遠いのですが、災害級の高潮をもたらすような台風が接近することはそう滅多にありませんので、覚悟を決めて空振りを恐れず避難行動を取ることも必要でしょう。楽観的かもしれませんが、伊勢湾台風クラスでは、進路予報の精度は平均的な精度より高いことも推測され、実際、気象研究所で実施した再解析による伊勢湾台風の再現実験でも高い精度で予測できています。https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2010/2010_04_0057.pdf
災害大国日本でもあり、台風については世界の最先端を目指すべきだろうと思います。そしてその成果を世界の台風(ハリケーン、サイクロン)関係国にも貢献できると、日本への世界の評価にもつながるのではないでしょうか。
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