国土基盤データとしての気象再解析について

はじめに

我が国では昔から様々な自然災害が数多く発生し、それを教訓として防災情報を含めた防災の枠組みが進化してきています。今まで起きたことから学んで将来に備える、これはどの世界でも重要な取り組みであることは間違いありません。今回はこの取り組みに有効と考えられる、気象を過去から現在まで時空間4次元データとして解析する、気象再解析を取り上げます。

気象再解析とは

日々の天気予報や防災情報の作成のため、気象庁では毎日、世界の気象観測データを用いて解析を行い、それを初期条件としてコンピュータにより時間積分を行い予測データを作成しています(数値予報)。ですから、10年前、20年前にも気象解析は行っていますし、それらを使って過去を評価することは一応可能です。しかし、コンピュータの発展や数値予報技術の進歩に伴い、10年前、20年前の解析結果は昔の技術の結果に過ぎません。数値予報モデルの変更に伴う人為的な品質変化が生じているのも確かです。

そこで、最新に近い数値予報システムを使って過去の観測データを用いて解析を行うこと、これを気象再解析と呼びます。これにより最新の技術に基づいて過去の気象を出来る限り均質な品質で再現することができます。このことにより、再現された期間での気候変動の状況について、メカニズムを含めた分析が可能となったり、10年前の〇〇台風は今の技術ではどこまで予測ができるのか、といった知見が得られます。また、長期間の均質な品質のデータを使って、機械学習等により様々な分野での影響分析を実施、その分析に基づいて、予測資料の利活用の最適化なども可能になります。

このような気象再解析は地球全体を対象に欧州、米国、日本の3極で実施されてきて、日本からは現在はJRA-55という55kmメッシュのデータが1958年以降現在まであり世界で使われています。2021年度中には、新たにJRA-3Qという40kmメッシュのデータが1947年以降の期間で作成される見込みとなっています。

欧州では、ECMWFの全球再解析をEUのコペルニクスと呼ばれる社会応用研究計画の下で実施しており、つい最近ERA5と呼ばれる30kmメッシュの高分解能再解析ができたところです。社会応用の側からはより高分解能のニーズが高く、領域を限定して例えば、5km程度の分解能での領域再解析の取り組みも各国で進められています。日本は細かな地形の卓越する国土でもあり、また、線状降水帯などの個々の積乱雲が作り出す現象が防災上重要な役割を果たすことなどから、欧州よりもさらに高分解能ニーズは高いと考えられます。日本地域での詳細な気象再解析の取り組みは欧州と比較して遅れているのが実情ですが、費用対効果の観点で現実的な5km程度のメッシュでの実施を目指しているところです。

メッシュが40kmとか5kmと言ってもイメージが湧きにくいかもしれませんね。下図は気象庁の全球モデル(20kmメッシュ)とメソモデル(5kmメッシュ)で表現される地形を示しますが、山脈等の表現がこれくらい異なります。全球再解析のメッシュはさらに粗いので、左図よりもぼんやりした地形となります。5kmメッシュでやっと基本的な山脈の構造が解像できるというレベルです。風や気温などの気象要素はこれらの地形の影響を受けて計算されますので、粗いメッシュでは、細かな地形に伴う現象が表現できません。

画像1

左 気象庁全球モデル(20kmメッシュ)の地形 右 気象庁メソモデル(5kmメッシュ)の地形 いずれも元図は気象庁より

再解析は何の役に立つのか

地球温暖化により猛暑の状況は今後どうなるのか、豪雨はどう変わるのか、台風の数や強度はどうなるのか、将来へのリスクをどう評価するのか、これが国民、社会の大きな関心事です。過去に起きたことと別次元の現象が起きるのではないか、という不安もあるかと思います。地球温暖化に伴うこのような将来リスクの評価について、気候シミュレーション予測が世界各国で実施されており、定期的にIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)で評価報告書という形で取りまとめられています。

気候シミュレーションでは、海の循環や北極海の海氷の変動など地球規模で変動する現象をとらえるため、大気、海洋、陸面、海氷を一体的に地球全体で予測する地球システムモデルを使って予測を行います。地球システムモデルは地球全体について大気の他にも多くの要素の計算をすることもあり、計算資源もかなり必要とされることから、相対的に粗いメッシュで計算するのが普通です。

そこで地域の気候変動の詳細そして様々な分野への影響を評価するため、地域気候モデルと呼ばれる日本付近に領域を限定したモデルを使います。現在、活発に行われている研究として、d4PDFとよばれる巨大アンサンブル実験があります。詳しくは下記実験デザインの説明を参照いただきたいと思いますが、シミュレーション技術を駆使して、100年間のシミュレーションを様々な条件を変えながら100回計算するなどで、1万年分の仮想的なシミュレーションデータが得られます。これにより、100年に1回といった低頻度の現象が、温暖化によりどの程度発生しやすくなるのか、あるいは2018年の猛暑への温暖化の影響はどの程度あったのか、といった研究が進行中です。さらに気候変動に大きな影響を受ける分野における将来予測の利活用研究も進んでいます。

http://www.miroc-gcm.jp/~pub/d4PDF/design.html

これらはあくまでシミュレーションの結果であり、今までの観測に基づく現実大気で検証することが重要ですし、その過程を経てシミュレーションの信頼性を高めることになります。この現実大気のデータとして再解析の活用が考えられます。また、近年の大雨の頻度増加傾向について、海面水温の上昇→大気中の水蒸気量の増加→大雨頻度の増加、という流れは大きくは間違っていないとは思いますが、もっと実証的な分析で近年の大雨頻度の変化傾向を説明したいところです。以上は、再解析の非常に重要な応用分野ですが、気候シミュレーションという主役を盛り立てるような役回りかなと思います。

一方、過去から現在までの観測に基づく気象データ自体が大きな価値を持つ利用も様々あります。観測データには例えばアメダスがありますが、これはあくまでの点のデータです。これを面のデータにして、日本の国土の任意の地点での気象データが得られるようになれば、工場や風力発電の立地、農業への活用ができます。もちろん、そのようなニーズは前からありますので、アメダスデータ等から統計的な手法により面的なデータは作成されてきています。これら従前のデータより高い品質のデータ、これを目指すことになります。航空分野などをのぞきほとんどの社会ニーズでは地表面近くの気象要素が求められるので、5kmメッシュの再解析データからさらに1kmメッシュ以下の高分解能の地表面の面的データにどう落とし込んでいくのか、この辺は技術者の腕の見せ所のように思います。

気象データなので、時間方向の変動も重要です。変動がどの程度あるのか、それがどの程度予測可能なのか、これにより様々な分野での気象データ利活用の方針から運用にまで影響します。こうした調査も再解析があって初めて可能となります。再解析があるとそれを初期値として時間積分することで予測も可能であり、それを再予報、英語ではhindcast(ハインドキャスト)と呼ばれています。人工知能(AI)の活用という観点からも、過去の大量の再予報のデータについて観測結果や解析結果等を教師データとして機械学習することで、より正解に近い予測が得られるはずです。業界によっては、教師データとして売り上げデータを採用し、再予報データだけでなく、業界の持つ様々なデータを合わせて処理することで、売り上げデータの予測の精度向上が図られるのではないでしょうか。

気象に影響されやすい分野では、過去に気象リスクで痛い目にあったことがあるかもしれません。そのような気象リスク事例を予測を含めて再現して、リスク事例に予測を用いてどう対処すべきか、という判断ツールの策定も重要です。気をつけるべきことは、リスク事例だけでうまくいくことを確認して、それでその運用が最適かというと必ずしもそうではない場合もあります。リスク事例でうまく対応できたとしても、そうではない事例でもリスクアラートが頻発するようでは、空振りの増加により対策コストが非現実的に大きくなる可能性もあります。このため、リスク事例だけに限定せず、ある程度の期間を通じて手法の有効性を確認できるようにすることが必要と考えられます。

このことは防災についても線状降水帯に対する避難の判断など、災害が発生した事例だけで調査することが、一見それで良さそうに思えますが、実はそう簡単ではありません。空振りをどこまで許容するのか、という観点を持たないと持続的な対策になりにくいので、災害が発生しなかった事例も含めてやはりある程度の期間を通じての調査が必要だと考えます。

一方、気象は、海洋や陸面にも大きな影響を与えていて、例えば、風の吹き方で海の流れ方が変わります。日本近海の過去の海洋状況の再現は実はすでに取り組まれているのですが、その精度向上に大気側から寄与することができれば、水産関係からプラゴミの拡散シミュレーションまで応用範囲が広がります。また、大気中のPM2.5や火山灰や火山ガスの拡散予測、拡散シミュレーション、といった大気中の移流拡散予測分野でも高精度の気象再解析結果の応用が広がります。

最後に

SDGsの構造もそうなのですが、気象データは様々な分野の情報の基盤になるもので、時間変化する国土基盤データとして位置付けられるものと考えています。一方、気象庁は、昨今の自然災害の状況もあり、線状降水帯や台風などの予測精度の向上を実現することが強く求められており、数値予報モデルの改良や水蒸気データなど観測技術の導入などが最優先課題となっています。

気象庁の中で実施されてきていた数値予報の技術開発を欧米のように大学等も巻き込んでオールジャパンで取り組めないか、というのも実は狙いの一つなのですが、それはともかく、国土基盤データとしての気象データの充実をどう展開していくのが現実的なのか、色々と探りながら模索中のところもあります。過去から現在までの気象を識ることにより、日々の気象データをより効果的に使えるようになったり、さらには2030年、2040年に向けてどんな気象リスクの展開を覚悟すべきなのか、という分析が深めること、こんなことができるように考えています。

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