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嘘だらけの読書感想文 ~「本の読み方がわからない」小6Sさんとの出会い 言語技術講師の日々 黒木里美

「本の読み方がわからないんです。」

Sさんは、中学受験を経て、4月から中学1年生になります。

進学先の学校は、作文の授業に力を入れているということで、今後のためにも書き方を学んでおきたいと、1日だけの読書感想文講座にやってきてくれました。

リテラの作文指導は、講師と子どもたちの会話から始まります。
自分の文章や考えが添削の対象になるということは、とても緊張するものですし、安心できる環境や信頼関係がなければ、表現が閉じてしまいます。
そこで、ある程度お互いを知った上で、発想の段階に入ります。

Sさんとも、春休みの過ごし方や、受験の苦労話をして気持ちがほぐれたところで、本の気に入ったところや心に残ったこと、好き、嫌いだと思ったことなど、細かな質問からアイデアを広げていくことにしました。

「主人公と幼馴染が再会する場面が好き。」
「バイオリンを弾く場面が好き。」
「家族が演奏を聞きに来るところが好き。」
好きな場面をいくつも答えてくれるSさん。
ところが、その様子には何か違和感を感じさせるものがありました。

緊張しているのかな?
なぜ、こんなに早口なのだろう?

そんな疑問を抱きながら
「なぜ、Sさんがその場面を好きなのか理由を教えてもらえるかな?」
と、質問をしました。

すると、Sさんは慌てて本を開き、必死にページをめくっては、何かを探し始めました。

でも、何も見つからなかったようで、本を開いたまま、黙ってしまいました。

「どうしたの?」

「私、本の読み方がわからないんです。もう一度読んだけれど、先生からの宿題できませんでした。」

読書感想文の講座を受講する生徒さんには宿題を出しています。

それは、感想文を書く前に本をもう一度読んでくること。
再読するときは、物語を楽しむだけでなく「自分のこれまでの体験を意味づけてくれるような場面や出来事、セリフはないか探してながら読んでほしいと」と伝えています。

読書感想文の定義はさまざまですが、リテラでは、
「読書体験を通して成長した、自分の人生の物語を文章にしたもの」としています。

そういった作品を書くためには、作文のテーマと関連の深い体験を見つけていくことが大切です。

『自分と物語を重ね合わせて読む』

それができない理由が、Sさんから語られました。

「小学校4年生ごろからずっと悩んでいました。
本を読んでも『ここ試験に出そうだな』とか、『記述問題になったら難しそうだな』とか、そんなことばかり考えて読んでいます。
こんな読み方じゃない読み方があるって、わかっているけれど、もうどうやって読んでいいわかりません。
この本も、本当は塾のクラス分けテストで出て、本番の試験に出そうだから読みました。感想なんて思い浮かびませんでした。
本を読むのも好きじゃありません。」

そして、「読書感想文は、周りの子も嘘ばっかり書いていたし、自分も嘘を書いていました。だけど、原稿用紙が埋まらなくて……。」
Sさんからは、ためらいと苛立ち、自信のなさが伝わってきました。

中学受験は、体験や思考の範囲を超えたところでの理解が求められる「先取り課題」をこなすのに精いっぱいになってしまう子が大勢います。

学びと言えば「コツ」や「テクニック」を教えてもらうことだと勘違いしている子もいるほどです。

そのような生活のなかで、『考える時間』『感じる時間』を置き去りにしてきた子どもたち。

Sさんもその一人だったのでしょう。

彼女がもっと小さい頃に、せめて10歳の頃に出会っていたら……。

講師として、こんなことを考えてはいけない、でも、悔しい思いを抱かずにはいられない、苦しい瞬間でした。

それでも、リテラにきて、このままではいけないと打ち明けてくれことに大きな意味があると、原稿用紙を前に硬くなってしまった彼女を励まし続けました。

Sさんは、原稿用紙1枚だけですが、感想文を書きました。
それは、Sさんもご家族も、期待していた原稿用紙3枚の作品とは違っていたはずです。

でも、Sさんのいう「嘘」の文章ではありません。
わからなかったことを、「わからなかった」と、本当に書いていいのかと、迷いながらようやく書き上げた最初の作品です。

「これからも、考え続けていきたいです。」
作品の締めくくりに書き添えた言葉を忘れずにいて欲しい。
そう願いながらSさんを見送りました。

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