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キングダム考察 801話 番吾戦で信と羌瘣のドラマが描かれなかったのは韓滅亡戦でのドラマの布石だった

【考察その34】

※盛大な史実ネタバレと妄想を含んでます!!※


念願の羌瘣の将軍昇格!!🎉🎉🎉


形的に武功論功による昇格でないのは寂しいけど、
まぁ定期昇格のようなものだし素直に飲み込もうじゃないですか。

なんにしろ忘れられない回になった今話でした。☺️🙌🙌🙌



で。

今までの考察では
信と羌瘣の結婚は番吾の戦いの後、と私は書いてました。

ただそのためには必要なドラマがあることを前提としており、
結婚どころかそれらに関しても全く現時点で触れられていないのが
現実です。


自分、あまりにも意気揚々と番吾の後に結婚確定を語っていたので(爆)
上などの記事で、大人としてこれらの修正やことわり?の追記をした方が
いいのかもしれないとも考えました。

ですけどあえてしないことにしました。

記事を書いたときのライブ感がそれはそれで面白いしね。


ですがそれらの収集と展望は繋げておいた方がいいか、
と言うことでこの記事作成に至りました。

私としては超珍しい、史実との辻褄予測の考察になります。


こちらは自分が以前からモヤモヤ考えていたことでした。

ただ史実を重要視すると想像の幅が狭まってしまうのが嫌で
頑なに口を閉ざしてました。

ですが信と羌瘣がこの先結婚すること自体は間違いないはずだし、
そろそろ書いてもいいかと思って書いた次第です。


「後出しじゃんけんじゃねーか!」、と言うのもごもっともです。

ですが私は当てる考察を書きたいわけではなく、
面白くキングダムを読みたいだけなんです。

だからそのためには本音を隠し、
妄想を立てて物事を考えてたことについては
作品ファンに免じて許してください。

外れたら後出しじゃんけんのくせに負けたってことにもなりますしね(爆)。

そんなわけで今回も斜め下目線でお付き合いいただければ幸いです。



考察:史実的な信と羌瘣の理想の結婚時期


自分的には信と羌瘣については
正直どんなに突発だったとしてもいつでも結婚ウエルカムなのですが(笑)

数々投げられている賽を回収するドラマと言う観点では、
自分で散々「番吾の後で結婚」と今まで書いておきながら
「それだとちょっと早いかなー」とは薄々勘付いてました(爆)。


以前の記事で実はしれっと、
今後の楚戦で李信が大敗するのは羌瘣が産休のため
と妄想を垂れ流したことがありました。
(上の記事の、最後の「考察まとめ」項に書いてます)


楚の大敗が紀元前226年(以後紀元前を省略して記載します)で、
番吾戦が232年なので、それは6年後

二人が番吾戦直後に結婚したとしたなら、
一般的にはちと遅い出産とも思えるかもしれません。


この件に関する自分の意見は、そう、
羌瘣はすでにこの時初めての出産ではなかったということです。


私が想像する羌瘣の最初の出産時期は、228年です。

この年には趙滅亡後、羌瘣は中山に駐屯することが史実に残っています。

それはキングダムでは
羌瘣が中山で出産すると言うことだと私は捉えています。


なお、羌瘣が史実で書かれるのはここまでになっています。
なので羌瘣の死亡説も多く飛び交っているわけですが、
私の解釈はそんなわけで全く別と言うことです。

羌瘣はキングダムではちゃんと生存フラグが立っており、
最終回どころかエピローグで語られる物語(笑)もあると見込んでいます。

禁術で寿命が縮んだから、と言う考察もあるようですが、
私の中での妄想ではこの件は実は解決済みだったりします(笑)。

と言うかそもそも公式に、
「他の人間の寿命と同じくらい」と62巻40ページで、
早死はしないことは種明かしされてますしね笑。


話を戻します。

ちなみにこの228年は番吾戦から4年後です。

でもやっぱり、もし番吾戦直後に結婚したと考えたら、
現代ならともかく、一般的には遅いと思われる出産と見られても
おかしくはない期間ではありました(苦笑)。

だから、今となって考えたら、番吾戦から3年後
史実の229年、羌瘣が王翦や楊端和と趙を攻める直前に結婚する
と言うのが、一番「年表的には」理にかなっていることではあったのです。


以前はこれを書いてしまうと、その事実を自分が認めてしまうことになる
(もっと早く結ばれてほしい)ので
あえて自分の中でスルーしてしまってました。

で、番吾戦そのものも、飛信隊的にドラマたっぷりな描写で
敗れるとも妄想してたのもありました。


ただ、番吾戦後のおおよそ2年、
韓滅亡戦で信も羌瘣も多くの戦線を潜り抜けて、

「弱さ」を克服する戦歴も経験も(ドラマも笑)得て、

実際の階級もしっかり積み上げてからの結婚、もいいんでない?、
と、今では完全に頭が切り替わってしまいました(笑)。


「結婚」は延びるかもしれないけど
それに至るまでのラブラブなドラマが見られるならば
それはそれで眼福だし(爆)。

そう、「結婚前に結ばれる」がいいですよ。
そうしましょうよ。
むしろ結婚は出来婚でいいよ(爆)。
(↑しないと思うけどね、作者様は。。。)


最後に


何度も書いていますが、
上の考察はあくまでも史実を都合よく解釈しているだけの私の妄想です。

物語やドラマの都合は全く考えていないことは承知しています。

だって本当に、趙滅亡戦の直前に結婚したら、
羌瘣、妊娠状態で戦っているの?、と言う矛盾?も出るわけでして。

その辺も実は自分としては
全部筋道を立てている妄想は完成しているのですが(爆)
何分根拠となるものが今は何もありません。

だから黙って今回は収めたいと思います。


で。
ここまで来てさらにガイドブックからのネタバレすみません。



作者様がいつぞやのガイドブックの中で、羌瘣について
「史実の中で女性的な役割が似合う逸話がある」と語られてたことがあり、
そこで私は「中山での駐屯」がその逸話じゃないか?、と
思考がロックオンされたのが今回の考察の骨子でした。


ともすると「なんで駐屯が女性的?」と言う思考になるのですが
(作者様がこう書かなかったら絶対に私もこんな考えしなかったと思うし)

他の将軍に関しては、猪突猛進の攻めが史実として刻まれている中で
一応羌瘣も幽繆王討伐は記されるものの、
最後は「攻めた」ではなく「留まった」ことが残っている人物
であると言うことが、「戦国的」な「有り場を守る」意味合い
に取れるところを、
作者様は「女性的(城を守る奥方・現代では家庭を守る主婦)」
と見ているのかもなぁ、とか捉えております。


・・・と言いつつも私も史実をWikipedia程度しか知らんからね(爆)。
全然外れる可能性はありうるので、外れても怒らないでね(苦笑)。


そもそも現時点、信が想定してるのは
「中華統一後の結婚」、だからな(爆)。

結婚早まる保証は今のところ何もないからな(苦笑)!!。


…そう言うわけで今回の考察は以上になります。
お付き合いくださいましてありがとうございました。



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