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キングダム考察 44巻 羌瘣の深堀 黒羊戦は刺客的生き方からの決別&武将として生きる決意の転換点だった

【考察その25】


今回は、武人としての羌瘣の深堀がテーマです。

黒羊戦近辺の信と羌瘣の武人としての絆掘り下げをする中で、
「二人の」掘り下げの前に、羌瘣自身の掘り下げが
必要だと思い、書いてみました。


以前、羌瘣の「恋愛感」掘り下げは行ったことがあったのですが、
すごく難しくて全然筆が進まず(上リンク記事も実は中途半端)、
今回も例外ではなかったです。

今回は特に、羌瘣の失敗を深く掘らなくてはならないのもあり、
黒羊戦関連記事の同時進行作成の中、一番辛く難しく、
一番進みが遅くて大変でした(苦笑)。

そんな苦労の作、辛い失敗部分も、
ちゃんと読める記事にはなったと思うので、
お付き合いいただければ嬉しいです。
相変わらず長いですがご了承ください。



考察:最初の転換点・羌瘣の仇討ちからの復帰


まずは羌瘣が自分の意思で武将になると決めた時期から考察してみます。
それは間違いなくこの「仇討ちからの復帰」からでしょう。


羌瘣が飛信隊を去った時点の規模は、急造状態の臨時千人隊。
ただし実際の隊員の構成がほぼ元百姓だった純粋?な飛信隊は三百人で、
羌瘣の馴染みの深い飛信隊のイメージはこちらの編成の時でしょう。

そこから1年近くの仇討ち空白期間を経て戻った先は
三千人隊と言う、その頃とは桁がちがう規模に膨れ上がった組織でした。


帰還後、初めて信と再会したシーンでは、
2回、信を見つめる羌瘣の顔アップが描写されました。

1回目(34巻68ページ)、心で何か呟きながらまっすぐ見つめています。

自分のいない間に信は、三千人将への昇格に加え、
合従軍戦・蕞の攻防を経てかなり人間としても成長していたはずで、
大きくなった信の気を実感していたのかもしれません。

2回目(69ページ)、
信からの「やっとここ(飛信隊)で一緒に進めるな」の言葉に
まっすぐな視線のままながら、懐かしい声に少しだけ表情が緩み、
かつて自分が居た場所と言う実感が少し沸き、
目を伏せたのかもしれません。


迎えられた歓声では、
自分が去った時よりもはるかに大勢だったことに加え、
その中には以前、自分が「チビ助」(10巻142ページ)と
揶揄して軍師学校に送り込んだ河了貂が
「自分が居たはずの飛信隊」に加わっていました。

河了貂と会った後、羌瘣は突如遠目になり、たなびく飛信隊の旗を
憂いているように眺めていたのがとても印象的でした。
時間の流れを実感したのかもしれません。

自分の帰ってきた場所は、かつて「自分が居た飛信隊」とは
別のものである
とこの時察したのでしょう。


この後、羌瘣は「2つの目標を立てた」(34巻72ページ)
と宣言しますが、これらの目標はおそらく、
飛信隊に合流した後に立てたものだったのだと思われます。

その直前の
「ここに戻る前に誓ったんだ、象姉の分も精一杯生きるって」
とはまさに仇討ちが終わった直後の

「あなたが夢見たこの世界であなたの分も、私は精一杯生きるよ、象姉」
(60・61ページ)

と言ったことを指しているのは間違い無いですが、
具体的な目標も一緒にここで立てた、とは述べられてはいません。


信も、飛信隊も、成長を遂げていましたが、
羌瘣も蚩尤を討ち取り「仇討ち」を乗り越え、
「自分を繋ぎ止めるもの」との繋がりの強さを得て成長していたはずです。

自分が帰ってきた飛信隊が、
自分の思い描いていた通りの場所ではなかったにしても
「精一杯生きる」ため、自分と「繋がっていられる」ように
できる限りのことをやろうと思ったのではないでしょうか。


まず一つ目、「私も将軍を目指すぞ」について。

表向き(建前)は原作でも述べている通り
「戦いの道に身を置くならそこの頂上を目指すべき」なのでしょうが
それだけだと弱いような気がしてました。


山陽戦までのような信の参謀としての役割には、
すでに河了貂が収まっていました。

河了貂がどんなに信と一緒に戦場に行きたかったかを
羌瘣はよく知っている立場でもあり、
彼女が自分の力でその座を射止めているのに、
追い出すように彼女のお株を奪うのも躊躇われるでしょう。
(そもそも、もしかして奪えないかもしれません。)

だったら自分は、飛信隊に「新しい居場所」としての役割を
新たに作ったほうがいい
と思ったのではないでしょうか。


羌瘣は、羌族の里で羌象とともに蚩尤を目指していた時、
蚩尤争いの「祭」で勝ち残るのは羌象と認識していたものの、
二人が日常の修行の中で成功体験を積み重ねていくにあたり、
おそらくですが羌瘣も常日頃から
「自分が蚩尤になる」と口に出していた
と想像しています。

現にこの二人が当時の蚩尤最有力候補だったわけで、
二人が同じ目標を持つことで、二人が相乗して力をつけていけることを、
羌瘣が経験則として身に染みつかせていてもおかしくありません。

自分だったら戦力として信とタメをはれる
(と言うか剣の腕だけだったら余裕で勝てる笑)し、
自分がかつて一緒に象姉と蚩尤を目指していた時と同じように、
飛信隊の成長のためには、信と同じ目標を持つことが望ましいだろう
と思ったのではないでしょうか。


そしてもう一つの目標、「お前(信)の子を産む」(73ページ)。
(笑)


これは仇討ちをアテンドしてくれた、
2人の子を産んだと言う羌明に影響されたのが大きいでしょう。
こっちはもしかするとぼんやりとは、
羌明から話を聞いた直後(33巻146ページ)には
すでに思い始めていたかもしれません。

もちろん信と肉体関係を持ちたかったわけではないのは
その後すぐ証明されているわけでして(笑)、
これも一つ目と同様、飛信隊の中では少数派
(少なくとも自分が出る前は自分しかいなかった)であった
「女」として「子供が産める」と言う役割をもって、
自分の居場所を作ろうとした
にすぎなかったのではないでしょうか。


上記リンク先記事でも書きましたが、
羌族の里では生活は家族単位ではないため、
血縁のある家族の概念を羌瘣は持ち合わせていない
可能性が高い
と思います。

仇討ちの前の羌明の会話で描かれた、
羌象が生まれた時の回想画(33巻150ページ)では
生まれた子供を集団で面倒を見ているようですし、
羌瘣はむしろそれが普通と思っていそうです。


「子を産む」ことをこの時自分の「目標」として宣言したのは、
羌瘣的に、きっと河了貂も同じことを思っている(笑)と想像していて、
だから先に自分もそのつもりだと言っておこうと思っての
ことだったのかもしれません(笑)。


考察:「羌瘣隊」が飛信隊から完全独立している理由


これは原作でその理由を描かれる時がくるんでしょうかね?。
なんとなく皆流して受け入れちゃってますよね。

史実から引っ張り
「羌瘣が飛信隊から将来分離して王翦軍に入る布石」
捉えている人も多いようで
私としてはそれが嫌すぎて目を瞑っていた事項でしたが
今回勇気を振り絞って考えてみました。


でもこれも、
「これからの飛信隊での、羌瘣の新しい居場所づくり」の一環
だったことが表向きの理由だと私は思います。


あと、前項考察にも少し書いた通り、
河了貂に遠慮があったのも一つの理由でしょう。

自分が入ったことで、河了貂が想定している隊の
パワーバランスに合わない事態もあったことも、
復帰後多かったのかもしれません。


隊の下っ端連中は

「元々の娘軍師の戦術がある上に現場で柔軟に対応」(34巻71ページ)

と肯定的に捉えてるようですが、その前ページ(70ページ)で
羌瘣が去亥に「このまま本陣を貫く」と指示した際、
去亥は「オッ、オオ」と返事を一瞬ためらっていましたが、
これは結果的に討ち取ることが出来たものの
全く作戦外の行動だった可能性が高いです。


いずれにしても河了貂の作戦にピッタリはまった作戦の隊では、
いずれは羌瘣の行動が歪として顕在化する可能性があることを
羌瘣は察したのかもしれません。


「大将軍になる」という目標は、
そのプロセスで「将としての階級をあげていく」ことを暗に意味しており、
よってそれが「羌瘣が自分の隊を持つにあたって都合の良い状況になる」
ことも言えるでしょう。

ひょっとすると羌瘣は復帰後、
「河了貂から独自した自分の隊が欲しい」希望が先に発生し、
そのために「(大将軍になるまで)隊を率いる将としての位をあげていく」必要があると言う、すなわち「大将軍」はその結果の最終的な形で
あるという後付けの目標に過ぎないのかもしれません。


羌瘣に都合の良い組織として隊が拡大するにつれ、
今後において「羌瘣をサポートする」兵士も増えていったのでしょう。

一つ前に公開した↓こちらの考察でも羌瘣隊について少し触れてます。


考察:羌瘣の目標「大将軍になる」に込めた真の意味


2つの目標で「大将軍になる」と宣言して以降、
その後の2人の手合わせでの

羌瘣「私が3人分の大将軍になる」
信「お前は将軍までにしとけ」
(34巻79ページ)

や、
著雍戦2日目の夜

羌瘣「天下の大将軍までの本格的な第一歩」「私の第一歩」
信「俺の(大将軍までの第一歩)だ!」
(36巻188ページ)

と、いかにも羌瘣は自分が大将軍になりたいが如く
語ることもあったかと思いきや、


著雍戦が終わり防衛戦と築城の任の最中に

羌瘣「独立はない、私は最後まで飛信隊だ」(38巻69ページ)

と独自の軍を持っていてもあくまでも自分は飛信隊だと宣言したりと、
信とはあくまでも「仲間」の形を崩さないような立ち位置でいること、
しかも「最後まで」と、この先ずっと飛信隊に従属することを
信にも宣言しています。


この宣言は、最初項の考察で
「信と同じ大将軍を目的とすることで、2人で高見に登っていく」
「大将軍は、あくまでも羌瘣の居場所のための後付けの目標」
と考察していたことの裏付けでもあるでしょう。


なお、この宣言直後の信の「・・・」の表情は嬉しさを噛み殺しており、
可愛いですよね(笑)。

「・・・」には嬉しさのほかにも含んでいる意味がある考察は
以下記事の前半で書いてみました。余裕あれば読んでみてください。


黒羊戦後の2人の崖上での語りは、この作品にはもうお馴染み、
著雍戦2日目夜のオマージュになっています。

【著雍戦】
・信から寄る
・信の反省
「天下の大将軍までの本格的な第一歩」
  羌瘣「私の第一歩」「俺のだ!」(36巻188ページ)

著雍では各々が各々で「大将軍」を目指していたテイになってました。


【黒羊戦】
・羌瘣から寄る
・2人の反省
・信「桓騎よりも先に大将軍になる」
 羌瘣「お前は尾平に言ったように、
    "お前のやり方”で天下の大将軍になればいいんだ」

   (45巻53〜54ページ)

羌瘣のこのセリフ、
羌瘣が自分も大将軍になりたい場合は
「私たちは私たちのやり方で」と言う方がしっくりきます。

これは羌瘣自身も「信のやり方」で
「大将軍の組織(飛信隊)」を作っていきたい
と言う意味に捉えることができます。


禁術の中で羌象に言われた2つ目のいいことの内容を
「信と羌瘣二人とも大将軍になれる資質がある」
予測したことがありました。

これはこの記事の中でも書いたのですが、
羌瘣自身が大将軍という地位に収まりたいと言うよりは、
「信が大将軍になる」ことのプロセスとして
羌瘣が一緒に大将軍になることを重要視してるが故の
「羌瘣にとってのいいこと」であると思っています。


象姉と一緒に目指した「蚩尤」は、
一人しか生き残れないと言う悲しい「制度」でした。

「大将軍」は、たとえ同じ隊であったとしても、
条件を満たせばどちらもなれるはずの「役職」であるはずです。

蚩尤の時とは異なり、きっと羌瘣も
本気で「信の夢のために」「自分も武将として生きる」ことが望みであり、
そして「自分も一緒に大将軍になりたい」と考えていると
私は信じています。


考察:羌瘣の武将としての歪さの顕在化


いよいよ核心である考察に入ります。
ここを乗り越えることが羌瘣の大きなターニングポイントであるはずです。


■著雍戦3日目の呉鳳明本陣特攻作戦


まず、大好きなシーンの一つ、
著雍戦3日目飛信隊の呉鳳明本陣への特攻について。

結果的には羌瘣一人で本陣に斬り入り、
呉鳳明・・・の影武者の首を一刀両断、
その後本陣を焼き払っての魏軍制圧をやってのけました。


羌瘣の武功が描かれることは本当に珍しいので、
大好きで何度も見返すシーンの一つではあるのですが
このシーンの違和感はなかなか大きく、
主なところはやっぱり以下の描写でしょう。

本陣を目の前にして最後と思わしき敵の防御陣を

羌瘣「岳雷・我呂、後を頼む」(37巻117ページ)
我呂「あ、おい、バカ、一人じゃ無理だ、戻れ!」(117〜118ページ)

と、他の隊員に場を任せて自分一人で突っ込んで行ったところです。

おそらく羌瘣と我呂が一緒にちゃんと戦ったのは
これが初めてだったかもしれず、この時は我呂が羌瘣の刺客としての腕を
まだきちんと理解していなかったこともあったかもですが、
麃公兵として実績を積んでいた我呂から見ると羌瘣の単騎特攻は
よっぽと突拍子もなかったものだったのでしょう。


このように武将となっても、
どこかまだ「刺客」的な戦い方を根本に置いている戦い方
羌瘣の戦い方になっていました。
飛信隊から独立し、自分の隊を持つことになってからは
尚それが顕著になっていたのかもしれません。

結果的にこの時、呉鳳明本人を羌瘣は取り逃します。(127ページ)
今となってみればこれが、羌瘣の攻め方が
「武将としてはふさわしくないもの」であった布石
であったと
見ることも出来るかもしれません。


■羌瘣が持っていた倫理感


核心を遂に突かれてしまった
黒羊戦での桓騎との確執シーンの考察の前に、
触れておくべき前提について羌瘣へのフォローのために書いておきます。


羌瘣は羌族の村で
「悪人ならば斬っても構わない」倫理感で育ってきました。

自身の蚩尤としての修行は「悪人男共の集落」の男共を
斬りに行くことでした。(39巻おまけ漫画215ページより)

礼も識と「外の世界に出たら何をするか」の会話の中で
「もし外に出たら威張っている悪者を斬りまくりたい」
と言っているので(56巻おまけ漫画225ページ)、
同じ倫理感で育てられたのだと思われます。


それは彼女らの「刺客として生きていく」行動倫理を守るため、
すなわち「人を惨殺することを正当化する」ためには仕方ない、
むしろ持ってて然るべき価値観でしょう。


そう言えば、山陽戦で信が千人将の乱銅を斬りつけ投獄された時、
羌瘣に至っては陵辱をはたらいている味方兵を斬殺しまくっていました。
(18巻165ページ)

このシーンはこの後の、
投獄された信と語らうシーンの前振りであったのですが、
考えてみればとんでもないことを羌瘣はこの時やっており、
この時も密かに
「信は殺さずとも軍の制裁を受ける・羌瘣は殺していたのに受けてない」
結果を軽く流されてしまっていることにモヤモヤしていたのですが、
これはきっと黒羊戦の「例の出来事」の布石だったんでしょうね。


その「出来事」とは、黒羊丘近隣の村住民の虐殺を目にし、
羌瘣が怒りに任せて味方兵(桓騎軍)を斬殺したことです。
(44巻116ページ〜)

もしかするとたまたま今回が、信や河了貂がいる前だっただけで、
これは羌瘣にしてみれば「いつもの」ことだったのかもしれません。


■桓騎によって顕在化された「将としての歪さ」


村への虐殺の怒りに任せて信と桓騎本陣に乗り込み、
信が起こしている騒ぎに乗じて桓騎の首に刃を向ける(132ページ)のは
「刺客」の彼女としては難ないことだったでしょう。


羌瘣が持っていた「相応の覚悟」(145ページ)は本人にしてみると
「”自分達"が犠牲になっても桓騎軍を皆殺しにする」
覚悟のつもりだったのかもしれません。


ここでは桓騎に、羌瘣の歪さを見抜かれてしまいました。


桓騎はこの件で、信が怒鳴り込んでくることは想定していたとは思います。

実際には、初日に信が「参謀」(41巻121ページ)と言って
連れていた女の一人と一緒に現れ、そしてその女が「刺客」だったことも
もしかするとその風貌や気配から当初から想定していたかもしれませんが、
確信を持ったのは羌瘣が桓騎の喉元に刀を突きつけたこの時でしょう。

しかも具体的に今回のように大将の首をすぐに取れるくらいに迫れるほど、
鋭利な「刺客の手腕」が確かなようでした。

刺客にも関わらず、青臭い矜持を掲げている飛信隊で
「参謀」であると言うことは、
この女が信の矜持を後押しするような実績を作ってきている証であり、
信と同じ「突き抜けて信じる正義感に抗う行動を絶対に許さない」
価値観
を持っていると桓騎は想像したと思います。

そして今のように、軍には歪な刺客的行動を行う一方で、
信(大将)を言葉で制することが出来たり、
この時のように敵?の桓騎兵たちが皆納得するような
「戦況の今後の展望と提案」(44巻144ページ)が出来る、
武将としての俯瞰性も併せ持っているようです。


桓騎は羌瘣が持っているこれらのような
「刺客としての性質」「絶対的な正義感」そして「武将に見合う視点」が
信以上にアンバランスすぎだとすぐに見抜いた
のでしょう。

先ほどまで信と言い合っていた「正義」に関する話は
水掛け論になりつつあったし、
羌瘣相手にこの場の話を進める方が簡単だと判断したのかもしれません。

桓騎が「黒羊の村焼きを続行」と嘘をついたのは、
信への挑発にもなってますが、
目的は明らかに「羌瘣」への挑発だったのでしょう。


田有の首を斬るように指示した後、
慌てた羌瘣が「桓騎の首をはねるぞ」と反論した後に、
田有に手をかけつつある桓騎兵が躊躇うところを
羌瘣から刃をまさに突きつけられている桓騎が余裕の表情で

「心配すんな、この女は絶対(自分を)殺れねぇ」(146ページ)

と言ったことが決定的に、
羌瘣の刺客としてのプライドを粉々にしたのでしょう。


羌瘣には、桓騎が先に指摘していた
「桓騎を殺して"飛信隊"が桓騎軍によって皆殺しにされる」覚悟
(145ページ)が必要だったはずでした。

田有が斬られそうになった直前の、
羌瘣の絶望にも見える表情(147ページ)は
どんな場面でも絶対に見られなかった、ものすごくレアな表情でした。


桓騎軍本陣でのこの出来事は、羌瘣が自分の戦場での戦い方の歪さを、
しみじみ自覚させられたのには間違いなかったでしょう。

羌瘣はここで
「戦場では刺客の才能があっても意味がない、
 それならば倫理観も合わせて”自分の刺客”は封印すべきである」

と決心したのではないでしょうか。


そもそも黒羊戦では初日に
「刺客として劉冬を殺害する」ことについても失敗していました。

5日目に中央丘から趙兵、と言うよりも離眼の軍が離れていくことを
悔しい目で羌瘣は見送っており(45巻27ページ)、劉冬を討った時
「お前(劉冬)が恐れるようなことは離眼で起こさせない」
(44巻50ページ)と言ったことを守れなかったことが
自分を変えねば、と言う決心を後押ししたのかもしれません。


桓騎との確執の後のシーン、
羌瘣と尾平の確執に関しては別記事で深堀りしました。


そして、この一連の出来事で、羌瘣が飛信隊と信に
どのような絆ができたかをまとめの記事として公開しました。


ちなみに、桓騎がどうしてこんな茶番を繰り広げたのかも
別記事で書いてみました。
余力あれば読んでみてください。


まとめ:黒羊戦以降の羌瘣の戦い方と展望


「信の大将軍の夢のために武将として生きる決意」
「刺客としての自分の封印」

この2つの大きな決心を行った、羌瘣の黒羊戦終結でした。


黒羊戦以降、特に「刺客を封じる」決心が作用したせいか、
羌瘣は信(飛信隊本体)からは少し離れた立ち位置に移っていきました。

出番自体も少なくなっており(寂)、直接戦いに加わると言うよりも
「引いた場所で仲間を俯瞰する」ところを描いているシーンが
目立ちました。


列尾の戦いで、初陣で緊張する新人隊員たちへ
緊張を和らげる声がけで
「まだしばらくはこの城壁は落ちはしない」
と助言していたことから始まります。(47巻56ページ)

鄴までの道すがらある城を獲るも難民を追い出しまくっている
王翦の作戦をいち早く「イナゴ」作戦であると見抜きました。
(48巻21ページ)

朱海平原3日目、飛信隊としての最初に対峙した
趙軍の大将・尭雲が、信と同じ本能型であるとも見抜き
(50巻162ページ)
結果的に河了貂から信に指揮を移す羌瘣の提案が、
この日を功を奏した結果に導くことができました。


たまに、信と一緒に見せる格好いい戦いシーンも
ピンポイント的にあるのはファンとして嬉しくはありますが、

当時は、羌瘣の戦い方が地味(?)になり、
本編から出番が少なくなっていくことが
正直、ファンとしてとても寂しいものでした。

私が一旦キングダムから距離をとった時期は
丁度これくらいの時期だったように思います。


これから羌瘣が将軍になるにあたり、
どのような戦い方をする武将になっていくのか、
きっとこれから描かれるんだと思っています。
格好良く描いていただければ、ファン冥利に尽きると言ったものです。
期待して待ちたいと思います!


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