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キングダム考察 44巻 信・羌瘣それぞれの尾平との確執シーンが二人の武人としての課題を顕在化した

【考察その27】

今回は、黒羊戦の中で「飛信隊の歪さ」が具体的に顕在化した
「信と羌瘣の桓騎本陣での尾平との確執シーン」の深堀記事になります。

このシーンはその後、
信と尾平の天幕の話を結果的に飛信隊の全員が共有し、
それが「飛信隊」としての結束を固めた、
黒羊戦で一番の感動シーン導入として重要なところです。

このシーンを信と羌瘣に切り口を変えて深く掘っていきます。


本当は、45巻おまけ漫画「お守り」も含めて
このテーマの最終的な目標「信と羌瘣の武人としての絆」
まで持っていきたかったのですが、
文字数があまりにも多くなってしまったため、断念。

今回は本当に「確執シーン」に特化した記事になります。

それでもなお格別な長さですので、目次で切り替えながら
のんびりお読みいただければと思います。



前提:尾平への信&羌瘣それぞれの確執シーン(最初の解釈)


まず一般的と言いますか、
少なくとも「私は」どのようにこのシーンを解釈していたか
と言うことを今回は先に書いておきます。

例の如く、ここの深堀は、
当初読んだ時の解釈とは異なるものになりました。


この「最初の解釈」は、
ここを読んだら誤差はありつつも大方そのように解釈するよね、
と思えるものだと思っています。

と言うかこの解釈をするから感情移入できるんだと私は思っています。

ただその解釈では、疑問が解消しなかった綻びがありました。
それも合わせて記載しています。

リアルに読んでいる最中は
感情が揺さぶられているので気がつかないんですけど
私のように穿った見方で何度も読み返すヤツが
例の如く気になってほじくり返してしまいました(笑)。


では早速、尾平が混乱を止めようと入ってきたところから。


信:村を「武器庫」と説明する尾平に対し、
 自分の見た状況との違いから違和感を覚え、
 それを「桓騎軍に染まりやがって」として一方的に責める

尾平:腕飾りを落とす
羌瘣:混バァの形見のものだと気が付く

信:固まる、
 尾平が死体から金品を剥ぎ取るようなやつになってしまったのかと
 疑い始める
羌瘣:(後ろ姿)尾平の言い訳の間、混バァを憂いる

信:尾平に失望して悲しみ涙を浮かべるが、
 同時に頭に血が上り、尾平を殴って追い出す

羌瘣:混バァの腕飾りを拾い上げる

羌瘣:混バァのことを憂いるも、尾平にすがられうざくなり突き放す

羌瘣:尾平に、お前は私と同じ長い飛信隊のメンバーのくせに、
 信、いやいや、飛信隊のことを分かってないと責める

【引っかかりポイントその1】
羌瘣の言い間違え、です。

そして今冷静に考えると、羌瘣はここで結構な興奮状態であり、
なんで「羌瘣が」尾平に対してなんであんなに怒っていたのかな、
と言う意味でも不思議なシーンではありました。

羌瘣はそもそも正論を盾に感情をぶつけるようなキャラで
描かれていないと思っていたからです。

ただここは強引な解釈で流せました。
直前、信とのハグシーンに引っ張られてたのだと思います。

羌瘣は「信のことを自分は理解している」立ち位置で、
「尾平に対して怒った」のも信に同調したから、
その流れで興奮状態の口からつい間違えて出てしまったのかな、と。
言い換えたのは、信のことを理解しているのは自分は当然だけど、
他の隊員、古参の尾平と言えども、諭すとするならば
「個人」よりも「飛信隊」の方が適しているのかな、
と思い直しての言い換えと解釈してました。

続きの解釈に戻ります。


信:(後ろ姿:セリフなし)

【引っかかりポイントその2】
こっちの引っ掛かりの方が大きかったです。

最後までこっちは理解できないまま流してました。
大きく描かれているので重要な描写なんだろうと言うのは
察せられますが。

羌瘣の言葉を俯瞰した、の解釈は正しいとは思うのですが。
やっぱりハグに引っ張られて、羌瘣への同調方向に思考が向かってました。
例えば、古参の尾平が飛信隊を理解していないなんて
実は理解してくれる人は羌瘣以外はいなかったのかと絶望した、とか?。

・・・ただ、この後尾平を責めることなく許す流れになるわけで、
ここで尾平に対してマイナスの感情だとちょっと繋がらないよなー、
とかとモヤモヤしておりました。


この2つの「モヤモヤ」解消も、以降の深掘りで行っていきます。


考察:尾平が腕飾りを落とした後の信と羌瘣それぞれの反応


ここで注目したのは、それぞれが尾平と揉めている時、
それぞれの相手の「後ろ姿」でした。


気に掛かった「信の後ろ姿」のほか、
そう言えば、信が揉めている時「羌瘣の後ろ姿」もあったんです。

片方が揉めている時、片方の後ろ姿を描いている。
これはきっと、絶対この「後ろ姿」に意味があると仮定し、
そうして読み込み直してみました。


その結果、このシーンは、

信は
「自分の個が、隊の信念も行動も自分よがりに位置付けていたこと」

(隊の内面の課題)

羌瘣は
「自分の個がもたらした行動が、”隊”と言う集合体には歪であったこと」

(隊の表辺の課題)

と、それぞれ「飛信隊」に対しての課題を自覚したシーンと読めました。

以下、別々に深掘っていきます。


■信サイド:自分の信念から外れる尾平を責める


尾平は今回、ぶっちゃけ桓騎(那貴)からの誘惑で桓騎軍に合流しました。

そこに行く動機の「女目当て」は、
「飛信隊の中では悪いこと」と十分自覚しており、
「信に怒られる」こともわかっていたから
「信には絶対言うな」(41巻101ページ)と昂に口止めしたのでしょう。


一方、実はそんな尾平のことを信は当初から理解していたはずで、
黙って桓騎軍に行ったことを黙認していたのはその現れだと思います。

飛信隊のことを考えるなら、
武人としては仲間に守られないなら死んでしまいかねなく(ひどい)、
諜報者としても全く役に立たない(爆)尾平ではなく、
信が認識した時点で代替者に入れ替えることも出来たはずでしょう。

最初飛信隊本陣で、那貴から入れ替え要員を説明された際、
飛信隊側からの要員候補として
信が「渕さんかな」(41巻104ページ)と冗談ぽく言ったのは、
後の渡河シーンで描かれる
「飛信隊の戦力としてあまり重要ではないポジションの副長」
の伏線でもありますが、
渕さんの持ち合わせる「責任感」をすでに信は感覚的に分かっており、
「よそに出しても恥ずかしくない」将と信じていたから
・・・だとも思いたいです(笑)。


話を確執シーンに移します。


混乱を止めに入った尾平に信は最初、
「自分で何言っているか分かっているのか」(44巻151ページ)と、
虐殺した村について信が桓騎を責めることを
「そんなこと」扱いしたことを責めました。

これは信が、自分の律が「間違っていない」ことを
信じている証の描写です。

ですがここで尾平から聞いた瞬間

「そんな、こと・・・?」

と一瞬考えを留めている描写があったのは、
もしかすると布石だったのかもしれません。


腕飾りを尾平が落とした(152ページ)のを目にし、
信の言葉が止まりました。

尾平の腕飾りを落とした時の反射的な「あ」の戸惑いや、
詰め寄る信に対する「ち、違う」の呟きは、
その腕飾りが「尾平が自分で悪いと思うことをやった証」
なのは間違いないことを信は察し、無言で詰め寄ったのでしょう。

この時の信の思考は「そんなわけない」と言う感情が
大部分を占めていたかもしれません。

信は「(腕飾りを)まさか死体から剥ぎ取ったのか?」(153ページ)と、
一番「そんなわけない」と思いたいことを、尾平に問いました。


ここで尾平は矢継ぎばやにそんなわけないと言い訳しますが
言い訳が嘘か真実かはさて置き、少なくとも尾平のこの態度は
「自分の行動の正当化」でした。

ですがこの態度は同時に
「自分が信にとって望まないことをしていた証(腕飾り)の存在は、
信に絶対バレたくない」もの
だったと言うことであり、バレなければ、
「腕飾りを貰うことも含めてこの事実をやり過ごしたかった」
と尾平が思っていたことも察せられたでしょう。


尾平は「主体的に奪ったわけではない」ことで
「正当化」しようとしましたが、
信としては主体的かどうかは大した問題ではなかったのでしょう。
「焼かれた村の人間のものとは考えなかったのか?」と追撃しましたが、
「そ、それは・・・(そう思っていた)」(154ページ)の尾平の返事は、
信の更なる問いが、もはや水掛け論であることを現しただけでした。

いけないことだと分かっていてもやってしまった、
このことを信に知られることなくやり過ごしたかった、

その事実の掘り起こしをしただけで、もはや問答にはなってませんでした。


信はここで、
これ以上尾平を責める意味がないと察したのでしょう。

掴んでいた尾平の首根っこから手を離した瞬間、

自分の持っていた「信念」を隊員に浸透させられてなかった・
特にそれが尾平という自分に近い仲間だった無念さ
それでも自分の律を守りたい欲が抑えられない自分のわがままさ、
傲慢さへの呆れと共に、

尾平が自分にずっと負い目を負っていたかもしれない
ことに対する申し訳なさ
こんな状況になるまでそのことに気がつけなかった
自分の不甲斐なさも加わった、

さまざまなどうしようもない感情がいっぺんに溢れ出て
涙を抑えられなかったのでしょう。


尾平は、什長クラスと権限的にはほぼ兵卒に近いレベルであり、
桓騎軍という荒くれ者ばかりの軍隊に、大した武力も持たず、
凡庸な数名の味方だけで放り込まれた状態でした。

略奪・陵辱が繰り広げられる中で行動を起こさない場合、
命令違反で直属の隊で理不尽な懲罰を受ける可能性もなくはなく、
もしかすると「誘惑に乗る」事が身を守る手段となる状況も
起こりうるかもしれません。

そもそも信自身も尾平が「女という誘惑」に乗って
桓騎軍に行ったことを黙認したことは外目には
「尾平=誘惑に乗っても仕方ない」と認めている状況です。

現在の信は、「以前自分が見逃した」ことを、
自分の今の都合で勝手に蒸し返して責めていたに過ぎません。


信が尾平を追い出したのは、
自分の律を守らなかった尾平への怒りと制裁である一方で、
もはや自分のエゴである飛信隊の律について、
守らないといけないと頭では理解してくれているものの、
その欲を抑えられない尾平を、窮屈な思いまでさせて
これ以上自分に従わすことをためらわれた
からかもしれません。


ここから、羌瘣と尾平の確執シーンの最後、
信の背中の描写(161ページ)に移ります。


わざわざ「信のことが」から言い換えた、
羌瘣の「飛信隊のことが分かっていない」と言う言葉は、
信に「飛信隊の律を理解できず守れなかったお前(尾平)が悪い」、
だから除隊もやむを得ない
、と言う、
他人の目に映った信の行動の俯瞰をさせてくれるものでした。

この後ろ姿の時、信は
「そうじゃない、”飛信隊”のことを分かっていなかったのは、
 尾平じゃない、自分だ」

と自覚したのかもしれません。


今回はたまたま
「尾平」と言う信に身近な存在だったから顕在化してしまったけど、
「飛信隊」の隊員たちは、尾平が「そんなこと」と思ったような感情を
おそらく大なり小なり持っており、

実は自分の見えないところで、
このようなことはきっと日常茶飯事だったのではないか、と
信は察した
のではないでしょうか。


そして、ボロボロな尾平を信が見舞うところまでシーンを飛ばします。


天幕で信が昔戦いの最中民家で盗み食いをしたことを語った話で
信が言った

「クソみてぇな味がした」(184ページ)

の意味は、こんなことなんでしょう。


意識が朦朧とするくらい死にかけている時の行動では、
「生きるために仕方ない」という屁理屈がフィルターになっているので
善悪に気がつけなかったけど、

盗み食いという自分の行動もクソのような行動そのものだったが、
結局はその時も次の時も、自分らの行った戦争は
「一般人を食事中にもかかわらず家を捨てないと
いけない状況に追いやった」ことは同じ
であり、
どちらもクソみたいな自分(軍隊)たちの行動の結果にすぎなかった。

結局、軍隊自体が一般人にとってはクソみたいな集まりであって、
戦争する軍隊に参加する自分を含めた奴らの中で、
是非や優劣をつけること自体実は意味がないと理解したつもりだ。

だからお前(尾平)が飛信隊の中での律を保てない行動をしたこと自体を、
俺が責められる資格があるとは思っていない、

・・・と。


間接的に、腕飾りの件は自分的にもう許している、と言うかむしろ
「理不尽に掴み掛かったことについては自分が悪かった」
と伝えたかったのだと思います。

もしかして、桓騎の愚行を攻める資格が自分にはなかったことだったと
今は自覚している、
・・・とも言いたかったのかもしれません。


自分の目指す姿は、正しいとか間違いじゃないからと言う問題ではない。
そう言う意味ではむしろ戦争の実態を反映していない「誤っている」もので
「一般人にとってはクソ」のようなものなんだろう。

それでも自分は、
「漂と一緒にいた時の自分の綺麗事」な夢のままの大将軍になりたい、
と信は語り、

その後「そして」と目を伏せて溜め、
自分のエゴを通す代償として、

軍隊としてそもそも持たれている一般人からのクソを見るのような目線
味方軍から浴びる隊員への中傷と併せ、
隊員たちが窮屈だと思う恨みもやっかみも
全部自分が一人で負う覚悟を、信はしていたのでしょう。


「飛信隊もそのような隊でありたい」(188ページ)

の言葉は、信自身の孤独への覚悟宣言であったのではないでしょうか。


「悪いな、俺のわがままに皆付き合わせちまって」(190ページ)

は、自分にこの先ついてきてくれることを選んでも
「引き続き自分のエゴによる律を強いることになる」ことが
悪いと思っているし、

隊からこのまま抜けることを選んでも
「皆の欲を受け入れる度量がない」ことに悪いと思っている、
ということなのでしょう。


信にしては珍しく弱気に、
どちらに転んでも自分はそれをどうこう言うつもりはないような
言葉を尾平にかけたのは、
そんな孤独から派生した「寂しさ」の片鱗だったのかもしれません。


尾平の「バカヤロゥ!」(191ページ)は、
信のそんな弱気な自分への声がけを聞くのを
躊躇われたからかもしれないですね。

そして隊員たちも、そんな信の孤独の覚悟を感じていたのでしょう。

本当はちゃんと、他の隊員たちの気持ちの動きも
ここで言語化したほうがいいのかもしれませんが
ここら辺はもう読んだ方全てが感動しているわけですし
今更野暮は書かないでおきます。
(単に長くなると言うのが一番の理由ですすみません(汗)。)


■羌瘣サイド:尾平の自業自得を自分の失態と重ねて責める


尾平が「焼かれた村は趙の武器庫だった」(149ページ)
と言っていた時点では、
羌瘣は、自分が見た襲われた村
(=混バァに自分自身が介抱で世話になった村)
とは違う村の話をしていると思っていたかもしれません。


ですが尾平は混バァの形見であるはずの紫水晶の腕飾りを持っており
(152ページ)、羌瘣は見た瞬間「!?」と、
尾平が話した「武器庫」の集落は、自分たちが見た「一般集落」だった
ことをいち早く察したのでしょう。

混バァのいた集落が「武器庫ではない」ことは、
その村に滞在していた羌瘣は身をもって分かっていることでした。

彼女の「俯瞰して物事を眺める」性質的にも、このタイミングで
状況を察することが出来ると考える方が自然だと思います。


羌瘣が村で混バァの遺体を目にした時にはすでに山積みされている状態
(115ページ)であり、そしてあの場に尾平はいませんでした。
なので羌瘣の中では、尾平が混バァから腕飾りを剥ぎ取った訳ではない
ことはすでに明確になっていたはずでした。

羌瘣の後ろ姿の描写(153ページ)の時に聞こえた、
尾平の「死人から(腕飾りを)剥ぎ取った」ことの否定の言い訳は、
腕飾りを死体から剥ぎ取るか、偶然落ちたものを拾ったかで
入手したのは桓騎兵と言う意味を現しており、

尾平が「桓騎兵に(腕飾りを)もらった」(154ページ)
と言ったことで、腕飾りを尾平が手にするよう仕向けるのと併せて
「桓騎軍が自軍に都合の良い情報を尾平に吹き込んだ」ことを
羌瘣はここで確信した
のでしょう。


そしてこの場についても、
この少し前桓騎が自分の欠点をつき自分に全く太刀打ちをさせて
もらえなかったことも全て含めて、「自分達が桓騎に踊らされている場」
であると自覚した可能性が高いと思います。

その確証は、信の尾平突き放しの後、
羌瘣が持ち場(桓騎に刃を向けられる距離)を離れたことです。
自分が剣を突きつけても桓騎には脅しとして通用してないと
分かったこともありますが、むしろこの場は、
自分が桓騎に剣を突きつけているから仲間にも剣が向けられている茶番の場
だと察せられたからこそ、それに付き合う立ち位置から降り、
仲間の命をこれ以上危険に晒すことをやめようと判断できたのでしょう。


今回の襲撃は、自分が信じている正義のために
桓騎を制裁するための行動だったはずでした。
そこで奮った剣のせいで、内輪のメンバーを人質に逆に危機に追い込まれ、
仲間の命が助かったと思えば、そのせいで自分達の隊が
内輪揉めのような形で現在壊滅しかかっている。

桓騎に事前に仕込まれたこともあったとはいえ、
自分らの「桓騎を制裁しようとした行動」さえなければ
この出来事は発動していないはず
だったのも確かでした。


腕飾りを拾い上げた時(159ページ)、持っていた尾平に対しては、
持たされていたことが仕込みの一つとしてすでに察しており、
尾平に対する直接的な怒りの理由はなかったと思います。

むしろ、自分の失態で死にそうになった田有を救ってくれた
(147ページ)恩もあるはずでした。

立場的にも心象的にも
羌瘣は尾平を信にとりなす立ち位置にあったでしょう。


ですがこの時の羌瘣の表情は、故人を憂いている悲しみというよりも、
眉を顰めた厳しい表情をしていました。

桓騎本陣に乗り込んだ時から混バァの集落を全滅させてしまった
悔しさや負い目は元よりあった上で、
混バァの形見を桓騎兵ではなく尾平が持っててくれたことにより
自分の手に収めることができたのは感謝すべき状況のはずなのでしょうが、
そのことも偶然にも桓騎が仕込んでいたからと言う皮肉が、
この時の羌瘣には歯痒く悔しい思いに感じていたのかもしれません。


↑上記の記事で、42巻のおまけ漫画で「羌瘣が尾平の上の立場にある」
ことを明確化したことが、ここのシーンの伏線になりました。

羌瘣は尾平に縋られた際、「飛信隊の副長」として縋られる価値、すなわち
部下たちを危険に晒してしまった「自分」に、
部下を今後も従える資格があるのだろうか?
と言う自問自答をしていたのかもしれません。


自分のことで精一杯な羌瘣はすがる尾平に「放せ」と言い、
そこで放さず「え?」と聞き返した尾平を
「ビシッ」(160ページ)と突き放したのは、

「尾平が誘惑に乗ったのも桓騎の茶番が成功した原因の一つだった」
と言う八つ当たりもあったかもしれませんが(苦笑)、
羌瘣自身、隊の上に立つ立場として頼られることの罪悪感で
いたたまれなくなった
のも理由だったのではないでしょうか。

尾平自身がやったことについて「自業自得だろうが」と言った後、
「"今までやってきたこと"は何だったんだ」
「何年飛信隊をやってるんだ」

と言う羌瘣の叫びは、
まるで自分自身に向けての叫びであるかのようにも聞こえます。

この言葉を言っている羌瘣の目(160ページ)は厳しいですが、
桓騎に対する殺意もある怒りの目(145ページ)と比べて
全然違っています。

表層意識のすぐ下にあった言葉をそのまま叫びに変換していたのでしょう。


「全く信のことが・・・」(160ページ)の後すぐ、
「全く飛信隊のことが分かってないじゃないか」(161ページ)
との、「信」から「飛信隊」への言い換え、

これはこの直前
「お前は(信と)同郷で古参で一番(自分と同じ、飛信隊が)
 長い人間のくせに」
と言った流れで、興奮状態のまま思考を巡らせない状態で
「信のことが(分かってない)」と口に突いて出てしまったのでしょう。

尾平にしてみれば「信のことをお前はわかっていない」と
言われる方が話が通りますよね。
信の怒りを引き起こしてしまうほど信を理解していないならば、
羌瘣は自分がとりなしてもどうしようもないだろ、
と取ることができますので。


言い換えた理由は、この時の羌瘣には
「飛信隊」が分からないことが許せないことだったからなのでしょう。

劉冬と戦っている時、

「侵略者じゃない、私たちは、飛信隊だ」(44巻33ページ)

と叫んでいる羌瘣は、「飛信隊であること」自体が
彼女の「戦い」のモチベーションだったのだと思います。
「飛信隊」を羌瘣は何よりも聖域としたいはずでしょう。

それなのに、自分の行動で「飛信隊」を脅かすことをしてしまった。
「飛信隊」が「隊員たちの集合体」あることを
理解できていなかった行動が、今回のことを招いてしまった。

尾平も飛信隊の律である「信」の怒りを買うことが
理解できていなかったことが今回のことを招いてしまった。

そんな思いを込めて言い換えたのだと思います。

この言い換えた言葉をぶつけられた意味が、聞いた瞬間尾平は理解できず
混乱して「・・・へ?」と言う反応を示したのかもしれません。


シーンは飛信隊宿営地に移ります。


尾平との確執を受けて今回、隊員たちが信や羌瘣に対して、
言いたくても言えなかったモヤモヤみたいなものが顕在化した

形になっていました。


羌瘣の手当てを受けていた田有が尾平が戻ってきたことを知り、
羌瘣に「久々に・・・どっと疲れたな」(44巻180・181ページ)
と言ったのは、
尾平(隊員たちの信に対するモヤモヤの象徴)を
信が受け入れる覚悟を田有はなんとなく察したため、
羌瘣も田有(羌瘣へのモヤモヤのとばっちりを受けたもの)の
「疲れた」意見を受け止めて欲しかった
のかもしれません。

もちろんそれは「非難」の意味ではなく、共感を促す言い方であり、
自分たちの苦しさを羌瘣も苦しいと思って欲しい願いを込めたのでしょう。

それを聞いた羌瘣は、改めて元凶となった「腕飾り」を握って見つめ直し、
義務や気負いではなく、自分が皆の苦しさを
真から受け止めなければと言う気持ちを込めて
「うん、疲れた」と田有の言葉を受け入れたのではないでしょうか。


羌瘣が尾平を見舞う天幕の外で、
信の「飛信隊もそういう隊でありたいと思っている」(188ページ)と言う
言葉を聞いた時(189ページ)、羌瘣は信が大きな覚悟をしたことを察し、
自分も負けてはいられないと、刺客の位置付けの自分への決別と、
新しい自分の受け入れに対する決意を固めていたのかもしれません。


まとめ


以上のように、信・羌瘣それぞれが、自分の課題を自覚したと言う
重要な伏線が尾平との確執で顕在化しました。


このシーンが「飛信隊」には必要な
出来事であることは認識していましたが、

二人が「武将」として生きていくために
こんなに重要だとは正直想像もしていませんでした。


もうほとんどの考察は書いてしまいましたが、
最後のまとめを次回の記事で行いたいと思います。

この記事を書き始めた時は、
二人の武人としての方向性がひとつになる目的で掘り始めていたため、
二人の課題は同じものであることを前提に考えてました。

で、結果的に二人の課題は別々のものとなったのですが
それはちゃんと「二人が同じ方向を向いて歩んでいく」ことに繋げて
収束させる予定です。

そのまとめの中で、45巻おまけ漫画「お守り」が現している
重要な伏線に繋げていきたいとも思っています。


今回も長い記事にお付き合いくださり、ありがとうございました。
次の記事も読みにきていただけると、とても嬉しく思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

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