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【小説】強盗に花束を 第2話【創作大賞2023応募作品】

第2話

強盗少年はなにやら他のお客さんと揉めている様だった。

「おい、兄ちゃん。先並んでたん、俺やろ?せやったら俺の方が先行くんが普通なんちゃうんか?」

大きな声に驚いて見ると、さっきの強盗少年が絡まれていた。

強盗少年に何やら罵声を浴びせているのは黒い野球帽にサングラス、そしてマスクをしている男だ。年齢はちょっと分かりづらいが、40代、といったところか。

少年よりよっぽどこっちの人の方が強盗っぽい。

強盗少年も負けじと言い返す。

「俺は間違って並んだんだ。本来だったら俺の方が先だった」

「知るかボケェ。間違った兄ちゃんが悪いんやろがい」おじさんも言う。

男性二人の言い争いに、銀行の整理券等の発行をする佐川さんというおばさんは完全に萎縮してしまっていた。

同じ建物のグループ会社だ。一度だけ合同飲み会に参加して挨拶をしたことがある。

丁寧に話かけてくれて記憶がある、良い人だった。

本来だったら厳密には別の会社だから干渉するべきではないと思ったが、居た堪れなくなって僕は話しかけた。

「どうされましたか」僕はなるべく笑顔でそう言った。こういう時は下手に出るのが吉だ。

「おう。この兄ちゃんが順番抜かそうとしてくんねや。あかんよな?」おじさんが言った。関西弁だからちょっとだけ意味が分かりにくい。

「いやいやいや。お兄さん。証言してよ。本来は俺に権利があったよね?間違って郵便局行っちゃっただけだから」強盗少年が言う。

「自分どんだけマヌケやねん。こっちが銀行って上に大きく書いてるやん。文字読まれへんの?」おじさんが嘲笑う。

「うるさい」強盗少年が今にも殴りかかりそうになりながら言う。

「落ち着いてください」僕は必死になって言う。

「待っていたら必ず順番は来ますから、今は並んでください」僕が強盗少年に言った。強盗を並ばせるのはよくないけどこのタイミングではこういう方がいいだろう、という判断だった。

並んでる間に警察に通報すればいい。

「こないよ、順番」強盗少年が言った。

「さっきその人が落とした紙を見た。金庫の金を全て持ってこいって書いてあった。その人も強盗だよ」

「え?」僕が言った。

「おう。今からちょっと銀行にお金貸して貰おうとおもてんねん。力づくでな」おじさんは悪びれもせずにそう言った。

「おっさんが強盗しちゃうと俺が強盗できなくなるじゃん」強盗少年が言った。

僕は大いに混乱した。

今、目の前に銀行強盗が二人いる。

チームじゃなくて別件の。

そんな事あるのか?

しかもイメージと違って二人とも堂々と強盗を自称している。

僕はちょっとしたパニックになった。

どうしたらいいか分からない。

「せやから兄ちゃん。何事にも順番っちゅうものがあんねん。今日は俺が先に銀行強盗するさかい、兄ちゃんは諦めて帰り。全国に銀行は腐るほどあんねんやから好きなところ行けばいいやん」おじさん強盗が言った。

「大体なんで素顔やねん。そんなん成功してもすぐ捕まるで?」おじさん強盗は尚も言う。

「あ」少年強盗が言った。ゴソゴソとポケットから目出し帽を出す。

「忘れてた」少年強盗は焦ったように言ってそれを被る。

教科書通りの強盗が完成した。

これで最初から来られてたら即通報だな。

僕はそう思った。

目出し帽を被っただけなのに少し威圧感と恐怖がある。

「いやいやいや。今更遅いて」おじさん強盗が笑いながら言う。

「もうその辺の監視カメラとかに、兄ちゃんの顔バッチリ写ってるで?」

「くそっ」少年強盗は悔しそうに言った。

「えらいちゃちな強盗やな。兄ちゃんみたいなんがおるから強盗が舐められんねんで?ほんま迷惑な話やで。兄ちゃん、仮に強盗成功してもすぐ捕まるんやし、止めとけよ?今ならまだ引き返せるからな」おじさん強盗はさも気持ちよさそうに説教を始めた。

「うるせーな。お前は強盗したことあるのかよ」少年強盗が言った。

「いや。今日が初や」おじさん強盗が言った。

そうだよなと僕は思う。

口ぶり的に何度も強盗を成功したスペシャリストみたいに言ってるけど、確か強盗ってめちゃくちゃ検挙率高かったイメージがある。

こんな普通のおじさんが成功している様には見えなかった。

「せやけど俺はノウハウがあるからな。ツレがちょっと詳しくてな。今日も念入りに計画立ててるから大丈夫や」おじさん強盗が自信満々に言った。

「え、どんな計画?」少年強盗が言った。

「言う訳ないやろ。企業秘密や。兄ちゃんも強盗なんやったら自分のやり方に誇りを持てや。すぐ人に頼ろうとしたら碌な大人にならへんで」おじさん強盗が言った。この人も友達に教わったとか言ってなかったか?

チラリと窓口とその奥に目をやる。

稲葉係長と田代支店長が困ったようにこちらを見ている。

強盗達は大きな声で話しているから状況は伝わっているだろう。

しかしまだ未遂だ。

向こうから何らかのアクションをしてきたら警察に通報もできるかもしれないが、現状ではただ冗談を言い合っているだけともとれる。

厳密には少年強盗は既に強盗を行ってるんだけどな。

銀行強盗ならぬ、郵便局強盗を。

そんな事を考えていると、今度は建物の入り口が騒がしくなってきた。

二つある出入り口の両方から奇妙なジャンパーを着た人たちがゾロゾロと入って来る。

昔、社会科見学で見に行ったテレビ局のクルーに似ていた。

僕はそんな印象を持った。

その奇妙な集団達は堂々と自動ドアを閉め始めた。慣れた手つきでドアの鍵をかけると、大きなスクリーンの様なカーテンで自動ドアを覆う。

「ちょ、ちょっとあんた達なにものだ」田代支店長が困った様に言った。

「え?」先頭を歩いていた女性が言った。

「今日、映画の撮影日ですよね?ロケで使うって。ちゃんと了承もらいましたよ」女の人は何やら書類を出すと田代支店長にそれを見せる。

「そんなの全く聞いてないぞ」そうは言いながらも、老眼鏡をかけた支店長がその書類に目を通す。

どうやらうちの職場が何かの映画の撮影地になるらしい。

じゃあ本当にテレビのクルーなのか。

僕も全然聞いていなかったけどあまりに堂々と店を閉めるので、そうだったんだなと納得する。

その間にもクルー達はテキパキと動き撮影の準備をしている様だった。道路に面した窓のブラインドを全て下げる。本日の営業は終了しましたという立て看板を自動ドアの内側に置く。

「準備できました」クルーの一人が言う。

少年強盗もおじさん強盗も、口論を中断してその様子を伺っていた。

あれ?いいのか?

僕たち職員もお客さんも全員残ってるぞ?

出ていってくださいとか言われないまま流れ作業で店を閉められたからどうすることもできなかった。

普通のお客さんをエキストラとかで使うのか?

いいのかな。

自称強盗が二名ほど紛れてるけど。

クルーの声に頷いた女性はジャンパーの内ポケットから何か黒いものを出した。

それを上に向けて。

何かをした。

ガチャっガチャっと大きな音が鳴った。

煙が出て、天井に穴が開く。

「強盗よ。死にたくなかったら全員動かないで、私たちの指示に従いなさい」女性が言った。

三人目の強盗が現れた。 


第3話に続く


第3話



第1話


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