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『いますぐサラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』が勉強になる!

 著者の三戸政和氏が『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい 人生100年時代の個人M&A入門 (講談社+α新書 789-1C)』を書かれたのは2018年。2023年発行の本書までの5年間で、だいぶ世の中は変化したそうだ。例えば、会社の借金をオーナー経営者が個人的に保証する経営者保証は必須ではなくなってきた、むしろ「外すのが当たり前になります」と言った県の経営支援課担当者の言葉も紹介されている。

第1章 資本家の仲間入りをする近道

 資産家の多くは「資本家」である。すなわち、資産をただ資産として置いておくのでなく、資本としてお金を生む元手にしている。もともと資産家でない人が資産家になるためには資本家になるしか方法がない。
 起業は成功確率が低く、ましてや上場して大成功というのは0.3%ほどである。よって、もともとある会社を買って経営することを勧めている。上手に会社を買い、5年から10年経営し、売却まで見据えれば、1億や5億の資産を築くのは全く難しいことではない。

第2章 なぜ、「いますぐ」なのか

5年前と比べて、今のほうがはるかに企業買収のための条件が整ったから。
・スモールM&Aは変わらず買い手市場
・スモールM&Aの市場が整い、売りに出ている会社の情報が手に入りやすくなった
・それに気づいた人たちは、この買い時を逃さぬよう動き出している
 (参:「全国企業『後継者不在率』動向調査」(帝国データバンク)
・2013年に全国銀行協会により「経営者保証に関するガイドライン」がつくられ、「資産の所有やお金のやりとりに関して、法人と経営者が明確に区分・分離されている」「財務基盤が強化されており、法人のみの資産や収益力で返済が可能である」「金融機関に対し、適時適切に財務情報が開示されている」という三つの条件を満たす際には経営者保証をつけなくてもよいとされている。
・2022年12月には、金融庁が経産省、財務省と連携し「経営者保証改革プログラム」を策定。経営者保証を完全に禁止したわけではないが、金融機関が経営者保証を求める場合にはかなり厳しい条件が課されることになった。
・2023年4月には金融庁に経営者保証専用相談窓口が新設された
・買収および会社の立て直しに必要な資金調達がしやすくなった。(2021年8月「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律)

会社の値段を決めるときの目安

株式価格(買収価格)=純資産+営業利益3~5年分

本書p.54

M&Aマッチングサービス
・TRANBI(前著で紹介。国内最大級に成長)
・relry(売り案件のオーナー社長インタビューずらり)
・都道府県の「事業承継・引継ぎ支援センター」(手数料基本かからない)

第3章 自信を失ったサラリーマンたちへ

 買い手市場なのは今だけ。前章までの情報にある通り、経営者保証の変化や事業承継への税制や融資の優遇制度ができていること、売り企業の情報量が格段に増えていること、仲介費用にも補助金制度があることなど、条件が整ってきているから。しかしこの状態により、買いたい人が増えて売り手市場になることが予想される。著者はそれが2030年ぐらいと予想。
 サラリーマンが持つスキルは大きい。大手や中堅企業に勤め、係長以上のマネジャーを経験したことがあれば、数人から数十人規模の会社までは経営できる。
 若手よりベテランが有利。著者が開いているサロンに参加し、実際に企業を買っていく人は20-30代前半が多いが、本当は大手のジョブローテーションなどで複数の経験を積み、経営スキルを持つのは30代後半以上の人たち。
 キャリアプラトー(キャリアの停滞期)や役職定年制により自信を失い元気がなくなる人が多いが、モチベーションの下がった従業員が多くいるのは企業にとっても生産性が下がりマイナスである。打開策として早期退職制度を実施する企業も多いが、そこでやめるのは社内の重要な人。キャリアプラトーの話で身につまされる人ほど会社を買うことを勧める。腐ったままそこで一生を終えるのでなく。中核人材への道が開かれない理由は自分にあるとは限らない。会社のポジション自体が減っている。ポジションが少ない状態では、社内政治が始まり、立ち回りのうまい人だけが昇格し、そうでない人はキャリアプラトーに陥ることになる。
 三つの選択肢。そうならぬよう飛び出すなら三つの選択肢がある。一つ目は転職。二つ目は起業(ただしかなりリスクが高い)。三つめが会社を買うこと。

第4章 サラリーマンだけが持つ「社長の能力」

・大手や中堅企業ならば、知らないうちに教育されている
・仕事をこなす能力も、マネジメントモデルのアップデートにより高い
・中小企業にはないマネジメント力を自ずと持っている
対して、マネジメントがずさんで非効率がまかりとおる現場もある
・得意客ばかり頻繁に訪問し苦手な顧客にはアプローチしない
・利益率の低い商品を一生懸命営業。売るほど赤字が膨らむ
・別の営業マンが同じ企業にアプローチ。顧客情報非共有。
・営業マンによってやり方がみんな違う
・自らの産業の動向には詳しいが、他の産業の動向には疎い
・客先で受注しても、社に戻らないと受注手配できない
・部下に仕事を教えない、教えられない。見て覚えろスタイル
業務管理システムやコミュニケーションツール導入、教育には費用がかかるため、中小は非効率になっている場合も往々に。
典型的な中小企業の実体
 大企業からの下請けが数多く、営業戦略はない。言われたものを言われた通り言われた数作る。原価を割らない限り値下げ要請には応じる。営業をしていないので既存顧客以外のニーズを知らず、金額の妥当性も分かっていないため。
 仕事の多くは俗人化しており、高齢化した職人の引退後に懸念。社長は会計が分かっていない。BS,PLの見方さえも。
➡会計は一つの数字だけ見ても分からない。意味するところが分からないから。例)今期売上だけ見ても経営状態はわからない。意味するところが分からないから。売り上げに対し、粗利率は?販管費は?前年比は?と、他の数字も見なければ。「財務諸表を読む」とは、そこに並んだ数字を見て、企業の健康状態を理解することだ。投資ファンドのファンドマネジャーは、3期分の財務諸表を見れば、その数字が経営上意味するところをほぼ把握することができる。財務諸表が読めるという自信のない人は少し会計を勉強する。大企業で管理職をしていた人なら少し勉強すれば理解できるはずである。

中小企業の若手(2代目社長など)の経営者が集まる日本青年会議所(JCI)は安い価格で研修しているが、内容は一般企業の新人研修さながら。そういう中小企業は多く、「それでも会社は回っている」。だからそういう前近代的にな会社を、買って経営しませんか?というのが著者の提案である。
こうした会社では、「普通のこと」で業績が大幅改善する可能性がある。たとえば、
・在庫を洗い出し整理する
・製品ごとに営業利益率を計算する
・赤字の顧客との取引をやめるか、値上げ交渉をする
・不良在庫を処分する
・不採算部門をやめる
・生産ラインの効率化を考える
・帳票をシステム化する
等々(ぜひ本書p.101~を確認!)
これらにより、「V字回復」も難しくはない。
であれば、会社の欠点は逆張りで考えることができる。
いまだに?という要素があればそれだけ、「簡単に経営改善できるな」と考えるのである。

老後の「資産形成」という観点から会社を買う意味を考える
・役員報酬。60-70歳までの10年間会社を経営し、手取り1000蔓延の役員報酬をもらえば、総額1億円。税金を払っても余生に必要な「月々20万円×30年分」以上のお金が得られる。経費を裁量で使うことも可能。
・逆に、61-65歳の再雇用期間で得られる報酬はいくらか
 一般的に継続雇用の給料はは定年前の50-60%。課長職の800万円で定年になったとすると、その後の5年間の総収入は2000万円。

第5章 どんな会社を買えばいいのか(選定フェーズ)

自分のプレゼン資料を準備する
 買い手である自分の紹介資料である。M&Aは急展開もあり得るので、事前に作っておく。「あなただから売りたい」と思ってもらえるよう、自分のことを話せるようにしておく。自分自身の振り返りは、自分はどんな会社のオーナーになりたいのか、その会社をどうしたいのか、という買収プラン、買収後の経営プランにもつながる。
・「会社を買いたい」というフラグを立てる
 宣言するということ。周囲にどう思われるかより、宣言して情報を拡散してもらう。そうしながら自分でも会社を探す。
・売りたい社長の心理を読む
 マッチングサイトに載っていなくても、社長が売りたいと思っている会社はたくさんある。日本には400万の会社があり、帝国データバンクの調査によれば約6割が後継者不在、約3割は後継者不在を理由に廃業を検討している。少なくとも100万社を超える会社が、後継者不在に悩んでいる。うち、マッチングサイト等に登録している社長はほんのひと握り。日本では「身売り」と恥ずべきことのようにとらえる文化がまだ残っている。よって、会社を売りたがっていることを知られたくない社長は一定数いる。また、一生懸命経営してきた会社は、売れさえすればいいのではない。必ず強い思い入れがある。従業員や取引先のためにも、見ず知らずの人よりは、誰かの伝手で、少しでも知っている人に買ってもらいたいのだ。だから、宣言しておくことが重要だ。
・買収計画の立て方を学ぶ
【ソーシング】・・・M&A案件を探すこと
 買収計画の策定~適性判断
  アプローチは2つ
 ①定性判断・・・「好きな人と好きなことを好きなようにやる」「得意な業界」「得意な地域」の3つの円の重なる会社を探す。この時、好きを最優先する。でないとピボットに心がくじける。また、得意でないと自分のスキルでテコ入れして売上アップすることが見込めない。
  ➡この逆を行き、失敗すべくして失敗した例がp.122~。参考になる。
 ②定量判断・・・資金投下と回収可能性を数字で考えるもの
  会社の経営数字でなく、自己資金の投資とそのリターンを見る。
  縦軸がお金、横軸が時間の折れ線グラフを使う(本書p.127)
  ゼロより下が投資費用、上に行けば投資利益。
  先にリスクの最大値を決めておく。投資し、キャッシュフローが生まれて右肩上がりとなり、ある時点で費用と収益がイーブンに。そこから回収時期。利益を積み重ねて売却までを想定すれば最大となるポイントが見えてくる。IRR(内部収益率)を知っておくべき。スモールM&AではIRR10%くらいで十分いい投資と言える。300万円で買った会社をIRR10%で5年経営したら483万円。IRRは手計算では難しいが、エクセルで簡単にできる。

買いやすいビジネスモデル
1.「ストック収入」があるビジネス
 待っていれば何もせずに入ってくる収入。家賃収入など。但し入退去が激しくないなど安定していることが条件。安定性見極めるためには過去からの継続取引やポートフォリオ分散を詳しく見る。
2.利益率が高いビジネスモデル
 荒利率でも営業利益率でもよい。これらが高ければ、その会社の商品に競争力があるということ。
 権利ビジネスは利益率が高く手間もかからない。例えば2~3店舗の繁盛店を買って、フランチャイズ展開するというのも権利ビジネスを生む手法。
 特許や著作権、老舗というのれんも権利ビジネスになり得る。
3.ROEが高いビジネスも狙い目。「たいしてお金出してないのに偉く儲かってるな」の状態である。低い例は酒蔵。
4.資金繰りの良い会社
 最たる例はAppleのような受注生産モデル。先にお金をもらってから製造して発送。

実際の会社探しの手順

1.ノンネームシート(会社名や所在地が不詳)を見る
2.NDA(Non-Disclosure Agreement=秘密保持契約)を結び、詳しい情報であるインフォメーションメモランダム(IM)をもらう。IMにはオーナー氏名、所在地、事業内容、財務状況(BS,PL)など載っている。ただしスモールM&Aではこのような情報を取りまとめていないケースのほうが多いため、先方とのやり取りの中で確認していく。そこから売上高、粗利率、販管費、EBITDA(営業利益と減価償却費を足したもの。ここから税金を引けば、年間にどのくらいのキャッシュが残るかがわかる。業種によるが、EBITDAの2-7倍くらいが買収価格の目安となる)などを見て分析していく。
3.マネジメントインタビュー:オーナーに会って話を聞く
 自分も見極められる場である。
4.基本合意契約(MOU:Memorandum of Understanding)を結ぶ
 結婚を前提にお付き愛をする約束のようなもの。絶対に買うという契約ではない。だいたいの買収予定金額も記入するが、ぢゅーでりジェンスをしていない段階のため300-500万円程度、のように幅を持たせることができる。
5.(デューデリの前に)購入から売却までイメージし、事業計画を作る。会社を買った翌日からきちんと動ける体制という具体イメージをもって作る方がよい。買収後の経営(PMI:Post merger Integration)を具体的にイメージすると、その前作業であるデューデリジェンス、条件交渉なども変わってくる。

第6章 ここを見れば会社の実力がわかる

 お金を掛けずに会社を調査➡具体的な買い方は著者の『サラリーマンがオーナー社長になるための企業買収完全ガイド』(ダイヤモンド社)を参照

スモールM&AではMOU(基本合意契約)を結ばずいきなり株式譲渡契約を結ぶことが多いが、後で揉めないよう大筋の合意内容は残しておいた方がいい。メールを使ってメモを残すのでも構わない。

さて、前章からの買収の流れの続き。
6.デューデリジェンス(DD:Due Diligence)
 買収監査と訳される。各方面から会社をチェックする。大きく分けると、ビジネスDD、財務DD,法務DD、税務DDなど。これらを専門家に依頼すると、それぞれ最低でも50万円ほど取られる。上記4種類で200万円・・・。数百万円の会社買収であればコスト倒れになる。この対応としては、最大400万円出る補助金の活用、もう一つは、買う前にその会社に入って手伝うこと。役員やコンサルなど何かしらの肩書で関与し、中に入って会社を見ることが最も費用が掛からない。
 DDを行う中でリスクが見えてきた場合、リスクヘッジのコストを計算、その分、MOUで提示していた買収価格を調整する。口頭での数字と実際の数字が違う場合も当然変更してもらう必要がある。
 「年買法(年倍法)」・・・中小企業の株価算定方法としてよく用いられる
 財務諸表のB/Sにある資産と負債の差額である「純資産」に、P/Lにある「営業利益」の3~5年分を足し合わせるという計算式。
 例)総資産:5000万円、負債:3000万円、純資産:2000万円
   過去3年の営業利益が安定して年500万円前後⇒3年1500万円
   ➡2000万円+1500万円=3500万円を買収価格
 ※ただしこの計算方式は慣習のようなものでファイナンシャル理論からすれば読み間違いが生まれる可能性のあるもの。あくまで参考に。営業利益の3年分というのも、未来を考えることが重要。KPIを設定し、事業計画を立てよう。DDで営業の弱さが見えてくれば、営業の強化、効率化でどの程度売り上げを上乗せできそうか試算する。原価の交渉を長年していないことが分かれば、交渉でどの程度費用削減が見込めるか検討する。支払期限や売上金回収の条件に交渉の余地があれば、資金繰り改善ができそうかも考える。在庫管理や仕入れの発注単位を見直すこともポイント。資金繰り改善につながることは多い。

事前に調べるポイントはここ!

1.市場動向と競合関係
・ビジネスの将来性

 ただし、市場の需要が逓減する業界でも、参入障壁がある建築業者などは残存者利益が発生していたりする。残存利益の総和が作れそうならば経営環境は悪くないと考えることもできる。
・規制や許認可関係の動向
 例えば介護会社なら公的介護サービスの点数変化が売り上げに直結する。介護業界は参入障壁も低い。
ポジショニングも勘案。地元でニッチトップを目指す経営ができるかもしれないし、大きな業界の流れで淘汰されるかもしれない。一つ言えるのは、あらゆる業界を横ぐしに刺す大廃業時代というマクロ環境の大波が見えていること。上昇業界で承継受け皿になれたらどうなるか?

2.ビジネスフロー
・ビジネスのデューデリジェンス
 実際のビジネスフローに沿ってチェックすることで抜け漏れを防ぎ体系立てて検証する。フローは業種で異なるが、製造を例に説明。
 ①研究・開発
 新しい技術が出てこないか、開発が特定の人に依存しすぎていないかなどリスクを確認。必要に応じ、買収価格の交渉や対策を講じる。
 ②仕入れ
 リスクチェックは、特定の仕入れ先への依存度が高くないか。
 支払い条件の交渉可能か。信用がないと支払期限がタイト。
 ③生産
 製造能力の確認が一番大事。現在の設備や人員などの稼働率を確認。
 目いっぱいなら伸ばすのが難しい。設備投資の履歴と耐用年数を確認し、今後の設備投資計画を立てる。ただし、自前の設備である必然性も検討。外注生産体制をDXで支援する「キャディ」という会社もある。
 外注先から「関係の深いオーナーだったから安く受注していた、オーナーチェンジなら適正価格に」と要望されることもよく見られる。外注品の相場を確認し、それを事業計画に反映しておく必要がある。
④新規営業
 社長交代で改善できる一番のポイント。
 新たな顧客獲得の可能性や潜在顧客がどのくらいいるかを確認する。
⑤既存営業
 社長が交代しても取引を継続してもらえるのかを確認。価格も含め。
 リベートを払っていないか、適正なリベートかもチェック。
 主要な既存取引先については、倒産リスクや回収リスクも確認。
 帝国データバンクなど情報機関の与信も確認する。

3.経営管理
・組織、人材・・・キーパーソンを見極める
 組織マネジメントの確認。ガバナンスが行き届いていなければリスク大。
 親会社や子会社があればその関係性、従業員もモチベーションに貢献しているのは何か、それが買収後も継続して利益を生み出すかを確認。
 子会社や関連会社があれば、その関係や取引を詳しく見る。循環取引の売り上げ水増しなど注意。
 承継で親会社だけを買う場合、子会社、関連会社との関係が切れても経営に影響はないか、追加コストがかからないかなど確認。親子会社両方の事務を一人の担当者が見ている場合、こちらに残らないなら雇用の追加コストとなるため、価格算定に織り込む必要が出てくる。
 組織・人材の調査で一番の懸念は人材の流出。DDでは主要幹部やキーパーソンとの関係を前オーナーが取り持ってくれるかを聞いたり、必要があれば彼らを面談したりして、辞める可能性について探った方がよい。取引先同様、オーナーチェンジするなら辞めるという人が一定数出てくる。特に定年を超えている従業員はやめる可能性が高い。→「サラ3サロン」メンバーの事業承継を見ていると、従業員の2~3割はやめている。新陳代謝でもあり必ずしも悪いことではない。
 給与水準を確認しておく。相場より低くないか。給与台帳を確認し、地域の採用エージェントやハローワークに話を聞き、妥当性をチェックするとよい。現状相当低い場合、上げるコストを買収価格に織り込んでおく。
・資格・許認可
 そのビジネスをするための許認可をきちんととっているか、必要な資格保持者はいるか。辞める可能性含め。
・未払い賃金はないか
 残業代や時間外、休日手当が適正に支払われているか、管理監督者の位置づけは正しいか(名ばかり管理職問題)
・簿外債務は怖がり過ぎない
 会社名義で連帯保証しているものや、販売先からのクレームが顕在化すれば損失補填をしなければならないなど。素人はこうした簿外債務を見極めることができないと言われている。しかし、著者は大きな問題にならないとしている。事業承継は、通常のM&Aで想像される騙し騙されというイメージでなく、心と心を通わせて行うもの。オーナーの多くは、自身が作り上げてきた事業、従業員や取引先との関係が末永く続いていくことを願っているのだから。信用が置けないと思うなら買収をやめればよい。「この人なら信頼できる」という感覚で進めるべきものであり、そうしたM&Aで、買収後に簿外債務がぼこぼこ出てくることはないだろう。

第7章 会社を買った人たちが語る

著者が主宰する「サラ3サロン」メンバーなど3例が紹介されている。
CASE1.サラリーマンの副業でパーソナルジムを買ったMさん(30代)
 大塚家具がヤマダホールディングスに買収され転籍。IRやESG関連施策を担当。一方副業として個人事業で、事業計画の策定や補助金・融資の申請書類作成のサポートなどをしていた。著者の前著で個人M&Aに興味を持ち、サロンに入会。最初は日本政策金融公庫、事業承継・引継ぎ支援センターなど幅広く会社探ししたが、仕事をしながらのため、次第にマッチングサイトを主に。気になった会社に何件かアプローチするも、競争入札に負けたり、基本合意まで行ったが事業性に不安があり断念するなど、一時は熱が冷め、会社探しをやめた時期も。
 以降、まさに物語である。小説を読むようにハラハラしながら読める。ぜひ本書を手に取っていただきたい。自分のためのメモとしては、素晴らしい話ならすぐに連絡を取り、会いに行ったり体験で入り込んだりすること、一方で、うますぎると感じる点は張り込んで実態を見るなど、しっかり裏どりする。そして何より、人と人の関係を築きながら、しっかり足元を固めること。関係が築けていれば、最大のピンチも・・・というお話だった。

CASE2.営業利益2000万円の水産加工会社を3000万円で買ったTさん(40代)
 大手証券会社勤務、前著で衝撃を受けサロンメンバーに。父親の伝手で海苔製造などの水産加工会社が後継者を探していることを知り、交渉スタート。会社は創業70年ほど、従業員20名弱。総資産1億数千万円、売上1億数千万円、営業利益2000万円と業績は堅調。当初想定より規模は大きいがチャンスかもと感じ、まずは承継に触れずお話を聞きたいと面談。オーナー夫婦の会社への愛情を感じ、いい会社との印象。工場に塵ひとつ落ちていない。オーナー夫婦と大学が同じ、会長(夫)とは高校も同じ。思わず「自分が買います」宣言。その後決算書などをもらい目を通す。キャッシュフローは黒字、過去最高の売上。さらに伸ばしたいと事業計画を練った。まず販売ルート拡大。創業以来の問屋に卸すルートと、ネットスーパーのOEMのみだったため、証券会社の営業マンだった自分が伸ばせるとイメージできた。
 ファーストコンタクトから約1か月後、値段交渉で再び面談。会社の借入金に経営者保証がついていることが判明。正直に、それが外せなければ断ろうと思う旨つたえたところ、現状通りオーナーが負ったままで2年間、会社を手伝うと言っていただく。驚き、「買います」と即答。値段についてもオーナーから「あなたの言い値でいい」と(!)。退職金や貯金を計算し、その場で「3000万円でどうでしょうか」と。営業利益の1年半分なのでかなりの割安。オーナーはショックを受けているようだったが、最終的には「一緒にやるんだからその値段でいい」と妥結。後でわかったのは、他に3社が手を挙げ、いずれもはるかに高い価格を提示していたこと。。
 正式にオーナーとなってからは、利益率を高めるテコ入れをした。問屋との値上げ交渉に成功、販売先の開拓、EC事業の拡大など。一方で従業員の労働環境改善に取り組むべく休日や休憩など改善。同時に全従業員と1対1の面談で不満の聞き取り、さらに改善していった。

CASE3.24歳で酒蔵を買収、本当にうまい酒造りを
 三菱UFJモルガン・スタンレー証券を辞め、24歳で佐渡島の酒蔵、天領盃酒造を買収。現在は社長兼杜氏として酒造りに全力を捧げている。
 学生時代にきっかけがあり(詳細は本書を)、日本酒業界は昭和末期をピークに右肩下がりだが、普通酒が下がっており、特定名称酒はほぼ横ばい。その中でも純米酒は微増で、マーケットの主流、といったことを調査。自分で日本酒を作りたいと志す。しかし新規に清酒製造免許を取ることは非常に難しいと知り、いったんは就職すると決め、証券会社に就職。その後もいろんな人に日本酒を作りたいと話していたところ、免許を持っている酒造会社を買えばいいと知らされた。日本には1400社ほど酒造会社があることから、可能性ありと考え、売上が大きすぎず利益が出ていない酒蔵を探し始めた。ところ、オーナーチェンジ後ほぼノータッチで従業員が好き勝手に経費を使っている天領盃酒造を発見。経営がひどすぎるだけに、立て直しが見えた。赤字続きだったため売買交渉はスムーズだったが、立て直しには資金調達が必要で、それが簡単ではなかった。
 最も苦労したのが事業計画の作成。10年分作って銀行に持っていったが、何度も突き返された。最初のころは融資担当者に会うことすらできず。転機は有人国境離島法を知ったこと、佐渡市役所に行き、市も巻き込むことにしたこと。事業承継・引継ぎ補助金も知り活用した事業計画を練り直し。天領盃酒造の土地、建物、資産をすべて担保にして、日本政策金融公庫と地元地銀の共同融資で必要資金を100%調達できた。
 買収完了後はすぐに改革に着手。作る酒はすべて吟醸造りに。買収翌年には新ブランドを2つリリース。酒造りの先頭に立つべく蔵元杜氏に就任。以降、毎年2000万円ほどの設備投資を行い、特定名称酒のラインナップを増やしている。経費は年1000万円超のコストカットを実現した。買収5年後には債務超過状態を解消。来期は創業以来最高の売上、利益を見込む。
➡中小企業はかなり多くの行政からヒト、モノ、カネ、チエすべての補助を受けられる。本件はうまく活用した事例。

ひと言書評

 本書は大手や中堅企業でサラリーマンをしている人に、中小企業を承継する形で買収するスモールM&Aを勧める本である。但し、第5章、6章を見れば、デューデリジェンスや事業計画づくりを中心にやるべきことは多く、買収は簡単なことでないと分かる(当たり前だが)。
 そうしたことから、第3章あたりで触れられていたように、教育も経験も能力もあるが事情により勤め先企業の中核メンバーとなれなかった人に、特におすすめということが感じられた。勤務先の経営計画や事業をどうしていくのかという難問に中核となって立ち向かっている人には、同時並行でこの内容ができるとは正直思えないからだ。
 しかしながら、人生は自分のものである。会社が自分をどう位置付けているかよりも、自分が人生で成し遂げたいことは何か?人生で一番味わいたいことはどんな経験か?が大事ではないか。それをよく考えるきっかけとして、本書を手に取ることも非常に有効であると感じた。
 個人的には、大手企業勤務で40歳になったら一読が必須、とお勧めしたい。

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