『ブレーブ・サンズー小さな勇者ー』第23話
コナタは、クラネの話に困惑していた。母親の読んでもらった絵本のタイトルは『小さな勇者』。異世界に行った二人の子供が世界を救う話だった。
だが、コナタは話の結末を覚えていなかった。就寝時に、母親に読んでもらっていたから、物語を聞き終わる前に、いつも寝落ちしてしまっていた。いや、もしかしたらその悲しい結末から自ずと目を背けたかったのかもしれない。
母親が絵本を聞かせてくれた時、妙に絵本の世界に没頭できた。まるで、絵本の中の勇者そのものになれたような感覚にさえなった。
コナタ、石碑の剣と杖のオブジェにそっと視線を向けた。
そうだ。僕の前世の名前はコタ。兄とともに魔法使いとして、魔王を倒すために奔走していた。
クラネの話を聞いて、コタの頭の奥底にあった記憶が一気に呼び起こされる。
「どうやら、前世の記憶を思い出してきたみたいだな。さて、それはさておき、解呪の魔法使いの子どもなだけあって素晴らしいマナの量だ。この力がどれほどのものか試してみよう」
クラネは、光の輪っかでコナタを拘束し、吸い上げたマナの量に、興奮しているようだった。
クラネは、さっと辺りを見渡し標的になりそうなものを探した。人々がドラゴンから逃げようと、集まっている塔を見てニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべる。
「決めた。あの塔だ。力を試すには丁度いい」
クラネは、片手を広げ塔の方に向けた。コナタは、クラネの今から何をしようとしているのか予想できた。だけど、どうしてそんな狂気に満ちた野蛮な行動ができるのか到底理解できなかった。
「やめろ!あそこには、たくさんの人がいるんだぞ!」
クラネは、その言葉を聞いても当然、やめようとは一切考えなかった。
「だからじゃないか。たくさんの悲鳴を聞ける」
「何言ってるんだ!そんなの狂ってる。やめろ!」
コナタは、止めようとするも光の輪っかの拘束が続いており身動きが取れなかった。やはり、ワンランク上の拘束魔法のためか、コナタの力でも破壊できそうにない。
神の雷よ。曇天を切り裂き、対象物を撃て。
コナタの叫びをものともせず、クラネは呪文を唱えた。
すると、曇天を切り裂き塔に向かって勢いよく極太の雷が凄まじい轟音を立てながら落ちた。雷が落ちた瞬間、視界は真っ白い閃光に包まれた。
眩い雷の輝きに思わず閉じていた瞳をコナタはそっと開ける。
なんだ、何が起こった。塔が……破壊されていない。失敗したのか。いや、違う。塔の上に誰かいる!?
「確実に、魔法はあの塔に当たっていた。誰だ、まさかユウの奴か。しかし、奴は始末したはず」
クラネも、魔法が命中したはずの塔が何事もなく立っているのを見て驚いている様子だった。
塔の上をよく目を凝らして見てみると、やはり誰かが立っている。コナタは、目にマナを集中させ、遠くの光景も鮮明に見えるようにする。
「お、お母さん!?」
コナタの視界にとらえたのは、ユウでなく、なんと異世界に向かっていた母親のカナだった。カナが、クラネの魔法から、塔とそこにいる人々を守ったのだ。
「解呪の魔法使い、眠りから覚めて、早速姿を現したか!」
クラネは、あまりに早いカナの登場に動揺する。
カナは、木の杖を掲げグルグルと回しながら、彼女の真上にある膨大なエネルギーを丸く濃縮させている。それはまさにマナの塊。先程、クラネが落とした極太の雷を受け止め、より濃縮させたものだ。
球体となったマナの塊は、次第に縮んでいきより高密度の物体へと姿を変える。
カナは、数メートル先にいるクラネの気配を感じ取り、視界に捉えると微笑んだ。彼女の不気味な笑いに、クラネは思わず全身に戦慄が走り抜けた。
このままだと、殺される。
クラネは、彼女の言いようのない殺意に触れ、そう予感せざるを得なかった。すかさず彼女に全力の注意を向ける。その数秒後だった。カナは、クラネに狙いを定め呟いた。
「向きと角度的に、こんなものかな」
彼女はそう呟いた後、持っている杖を両手で構えると、マナの塊に向かってバットを振るかのようにブンと勢いよく振った。
杖は見事に球体と化したマナの塊に当たり、クラネのもとへと弾け飛ぶ。凄まじいマナを宿した塊は、大気を貫き、目にも止まらぬ速度でクラネのもとへ直進する。
「はやい……」
クラネは、一瞬、焦ったものの冷静に直進するマナの塊の軌道を常人離れした観察眼で推測し、顔を少し傾ける。
すると、紙一重のところで高速で大気を穿ちながら直進してきたマナの塊がクラネの顔の真横を通り過ぎた。
「所詮、解呪の魔法使いもこの程度か」
ふと塔の上にいるはずのカナの方を見た。すると、先程、回避したはずのマナの塊が突然、塔の上に現れ曇天に向かって突き進んでいる。その光景にクラネは瞬時に理解する。
「先程かわしたマナの塊が塔の上に移動した……なら、解呪の魔法使いは」
クラネは、後ろを咄嗟に振り向くと、カナがすぐ後ろから杖を持ち迫ってきた。
やはり、入れ替わりか。
カナは、塔の上から放ったマナの塊と自分の位置を魔法で瞬時にぱっと入れ替えていた。先程のマナの塊の攻撃は、クラネに避けられることを想定し、瞬時に移動するためのものだった。
まずい、この近距離。少々面倒だ。だが、問題ない。
カナは、間髪入れずにクラネのもとへ駆け出し、持っている杖を両手で構えると襲いかかるが、プログラムされた光の拘束魔法が発動しカナの動きを止める。
「残念だな、解呪の魔法使い、お前の攻撃は私には届かない!!」
クラネは、顔を歪ませそう叫ぶが、カナは動揺するどころか、余裕の微笑みを浮かべている。
「バカね……私ばかり見ちゃ、怪我するわよ」
そんな冷たい彼女の囁きに、クラネの中ではっとなり、不安が踊り狂う。
だが、その時には手遅れだった。
クラネの背中に、何かが激突し凄まじい突風とともに爆発を起こす。周りは地面から砂埃が一斉にぶわっと舞った。カナは、自身と近くにいるカナタとコナタに魔法で結界を作り爆破に巻き込まれないようにする。
「解呪の魔法使い、やってくれたな!!!」
クラネの怒りに満ちた叫び声が、轟き周りの砂埃をさっと払い除ける。クラネは身体から血を流しかなりのダメージを受けているように見える。
「お母さん、すごい!?」
コナタは、カナに視線を向け目をキラキラと輝かせる。クラネに何が起こったのか一部始終を目撃していた。
クラネは、マナの塊と位置を入れ代わり背後に移動したカナに視線を奪われていた時、塔の上に移動し、天に向かってマナの塊が急に、クラネの方に向かって直進し始めた。それが、クラネの背中に見事に直撃し爆発を引き起こしたのだった。
クラネの方に向かってというのは、厳密に言えば違う。マナの塊は、クラネではなく、カナに引き寄せられる形で直進していた。カナは、入れ替わりと同時に、マナの塊に数秒後にプラスのエネルギーを強化する魔法をかけた。
カナが杖を持ち、クラネに襲いかかると思わせている間、自分の身体のマイナスエネルギーを強める。プラスとマイナスのエネルギーを持つものは、磁石のように引き合う。そして、よりエネルギーの強いものの方に片一方が寄っていく性質があった。
マナの塊とカナを結ぶ直線上に、クラネはいた。いや、カナは、あえて直線上にクラネが来るように意図的に動いていた。カナのマイナスエネルギーに引き寄せられたマナの塊は彼女の狙い通り、クラネの背中に直撃したのだ。さすがのクラネも、そこまでの彼女の攻撃は予想できてはいなかった。
「どうやら、私は解呪の魔法使いのことをあまく見ていたようだ」
クラネは、指でパチッと鳴らす。すると、光の輪っかで拘束したコナタを近くに寄せると、コナタのお腹に手を急に突っ込む。
「うっ!?」
思わず、コナタは声が出る。
変な感覚だ。痛みがない。クラネの手が、透き通るように僕のお腹に入っている。
今まで感じたことのない奇妙な感覚に、首についた光の輪っかで浮遊させられているコナタは、地面から浮いた足をバタつかせる。
クラネは、コナタのお腹の中に手を入れ何かが手の先に触れてほくそ笑むと、狂ったように叫び声を上げる。
「見つけたぁああああ!!!ボックスだ。あったぞ、ついに私は、魔王の力を手にすることができる!!!」
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