『ブレーブ・サンズー小さな勇者ー』第14話

「解呪の魔法使いの子どもだと……」

 解呪の魔法使いの子ども。

 ネツキの口から出た、たった一つの言葉。

 ただその一言でも、ユウを驚愕させるのには十分な衝撃を孕んだ言葉だった。

 解呪の魔法使いの子どもは、全員ではないが、まれに莫大なマナを持ち生まれてくるケースがある。

 生まれつき扱えるマナの量は決まっており、どうしても使用できる魔法には制限ができてしまうが、莫大なマナを有する解呪の魔法使いの子どもはその制限を受けない。ほぼ無制限に、強力な魔法を扱えるとされている。

 それだけでも末恐ろしい話だが、話はそれだけに留まらない。

 解呪の魔法使いの子どもは、通常の魔法使いでは扱うことができない解呪の魔法も使うことができると言われている。

 むしろ魔物たちはこの力を一番恐れていた。

 解呪の魔法とは、世界中の魔物たちの持つ瘴気の力を完全に浄化させてしまう魔法のことだ。かつて、この力を使用し、一度この世から魔物たちは消し去られたという伝説が語り継がれている。

 まさに、解呪の魔法使いの子どもは、人類にとっての希望であり、魔物にとっての絶望と呼べる存在だろう。

 だが、これらの話は、伝承として残っている話であり、ほとんどの人たちは、真に受けてはいない。あまりに、常軌を逸した話だからだ。

 ユウ自身も、伝承程度にしか考えていなかったが、魔物の口から直接、解呪の魔法使いの子どもという言葉を聞いたことで一気に現実味を帯び始めた。

 ネツキの予期せぬ言葉にユウは一瞬、思考を奪われ周囲に対する警戒に僅かな緩みが生じてしまう。ネツキはその僅かな緩みを見逃さず、ここぞとばかりに鋭く尖った爪をユウの顔面に向かって振った。

「しねぇえええええええ!」

 禍々しい殺意の込もった叫び声とともに、命を根こそぎ刈り取らんとネツキの爪が迫る。

「なっ!?」

 ネツキの渾身の爪による不意打ちに、ユウは自ずと後ずさり、咄嗟に頭を後ろに落下させる。鋭く尖ったネツキの爪が、ユウの眉間の上をしゅっと掠める。

 致命傷は回避したものの、ネツキはユウの回避している間に四足を使い脱兎の如く逃げ出していた。

 鋭い爪をがっと建物の壁に食い込ませ、あっという間によじ登っていく。

 ネツキの見た目は老婆のままだ。四足で逃げる老婆の様子は、かなりシュールな光景だった。村人が夜中にこんな恐ろしい光景を急に目撃してしまえば、心臓が止まってしまうかもしれない。

「おい!逃げるのか!」

 ユウは、建物をよじ登り逃げていくネツキに向かって叫んだ。すると、ネツキは細く鋭い目でユウの方をギロリと睨み、苛立った声を吐く。

「今回は、こちらの分が悪い。次会った時は、必ず貴様らを倒す!」

 そう言って、ネツキはするっと建物の屋根の上まで行くと、軽やかに、屋根の上を飛び移る。

「そう易々と逃がすかよ」

 ユウは、片手を地面にペタリと付けると、心の中で呪文を唱える。

 身体に宿りしマナよ。

 我が身体に、跳躍の力を与えよ。

 呪文を唱えた後、マナがユウの足元に集まっていき輝きを放つ。

 ユウは膝を曲げ、足底で地面を思いっきり蹴ると、星々がきらきらと輝く夜空に向かってバネのように軽く飛び跳ねた。

「さっきの魔物はどこだ……見つけた」

 建物の屋根より少し高い所まで飛ぶと、瞬時にネツキを視界にとらえる。腰に備え付けた鞘から剣を引き抜くと、刃の部分にマナを集中させる。

 我が剣の刃に、雷の力を与えよ。

 そして、敵を撃て。

 再び呪文を唱えた直後、剣の刃はビリビリと音を立てながら神々しく輝く稲妻を纏う。ユウは、数十メートル先に見えるネツキに狙いを定めると、剣を構えさっと横に振った。

 すると、横に振った剣先から、纏っていた稲妻が天を真横に分断するかのように放たれる。真っ白な閃光と化した稲妻は、ネツキの方に1ミリの軌道の歪みもなく無慈悲に直進する。

 魔法の方向も、火力も申し分なかった。

 確実にネツキに稲妻は命中する。
 
 そう思われた時だった。

 突然、放たれた稲妻がネツキに到達する前に凄まじい轟音を響かせて爆発した。大気を引き裂くような衝撃が、数メートルに離れたユウにまで届いた。

 ユウは、自らが放った稲妻が爆発した瞬間をしっかりと見ていた。稲妻は、順調にネツキの方に向かっていたが、横から闇を纏った矢のようなものが衝突し、爆発していた。

 それは何者かが魔法を使ってネツキへの攻撃を妨害したことを意味する。

 ここは結界内。先程の魔法攻撃は瘴気によるものではないはず。だとしたら、マナによるもの。マナは人間にしか扱えない。

 ネツキと協力関係にある人間が存在する……。

 その結論に至った直後、ユウは奇妙な物体が自分の近くに接近していることに気がつく。

 謎の物体に視線を向け、視界に入った途端に、ユウにはそれがとても危険なものであると即座に直感した。

 顔面のサイズほどの闇を纏った黒い球体がぷかぷかと浮いているのだ。それだけでも奇妙だが、球体はさらに顔文字のようなニコニコとした薄気味悪い笑顔を浮かべていた。まるで黒い球体は、自らの意思を持っているふうだった。

「ころします。ころします。ころします」

 何度も何度も、不吉なことを気が狂ったように囁いてくる。その囁きは、ユウに対する警告音のように聞こえた。
 
 物体創造の類か。

 創造したこの球体に、術者の意思の一部が吹き込まれているようだ。

 意思を吹き込むことで、自律的に動く球体を生み出している。

 かなりの上級魔法だ。

 まずい。球体が周りのマナを吸い込んでる。体内のマナが膨張して……。

 ユウは、球体のマナの異変に咄嗟に気がついた。いち早く気がついたのはよいが、ユウの状況は最悪だった。

 飛び跳ねた身体は、重力に引っ張られて地面に落下しており、小回りが効かない上に、球体との距離が近い。

 球体は、いつの間にか赤黒く表面を変化させ、体内で膨張させたマナを一気に解き放つ。

 球体がマナを解き放った瞬間、ピカリと周囲を真っ白に染めると、空間を穿つほどの強烈な爆発を起こす。凄まじい爆音と衝撃が村を地震のように激しく揺らす。

「なんだ、さっきの爆発音は!?」

 家の中にいたタナは、音がしたほうに咄嗟に振り向いた。すると、先程の爆発音に、ベッドの上で安らかに眠っている強烈なコナタの指がピクリと動く。

「お母さん、お父さん、お兄ちゃん……」

 コナタは悲しげな表情を浮かべ、ベッドの布団を悲しみを紛らわせるようにぎゅっと抱きしめる。

「いなくなっちゃ嫌だ!!!」

 コナタは、目をまだ覚ましていなかったが、先程の爆発がトリガーとなって不安と悲しみの感情が堰を切ったかのようにぶわっと溢れ出た。その感情は膨大なマナとなってコナタの身体の外へと解き放たれる。

 その直後、周囲の大気が揺れ、不穏な風が吹き荒れた。村の人々は何かとてつもない何かに邂逅したかのような重圧感に襲われる。マナを感じることができない者でも、その違和感を鮮明に感じられた。

「凄まじいマナの量だ。こんなの初めて見た。夢でも見ているようだ」
 
 タナは、目の前の光景に目を疑った。コナタから凄まじい量のマナが放出され、光の柱のようになっていた。その神々しいマナの光は、村の夜空を貫くほどの高さにまで達している。

「素晴らしい!!!これが解呪の魔法使いの力」

 天を貫く巨大な光の柱を見て、フードを被った男は目を大きく見開き、ほくそ笑みながら湧き上がる興奮を声にした。


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