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秘密のカヲきゅん

2589文字あります。気まぐれに書きたくなってしまいました。続きものになりますが、よかったら読んでください。


中田トモヤ28才は、つい先月ブラックだった会社を辞めて現在はフリーター。趣味が読書で人見知りの彼はどことなく影が薄い。友達はいるが、家で本を読んだりネットをしているほうが落ち着く。
そんなトモヤの両親は仕事の都合で海外に滞在しており、幼稚園の頃から祖母と2人暮らし。祖母の名前はカヲル。現在御年76才だが、いくらか若く見えるのが自慢だ。
「このネズミかわいいねぇ」
ケージに入っている小さい白いネズミにカヲルは指を触れている。
「カヲちゃん、それはゆかり子が持ってきたマウスじゃないの?」
トモヤは眉をひそめた。カヲルは若くして祖母になったこともあり、孫や親類の子供たちにはカヲルちゃんとか、カヲちゃんと呼ばせていた。
「そうだよ。ゆうべ、置くところがないからちょっと預かっててくれって夜中に持ってきたんだよ」
ゆかり子はカヲルの次女。今年34才になる仕事大好き人間だ。
「さわらないほうがいいよ。もしも実験に使ってたら…」
「そしたら持って帰ってなんかこないよ。大丈夫大丈夫」
カヲルがしつこかったのかもしれない。ネズミはふいにカヲルの指をかんだ。
「いてて…かまれちゃったよ…」
「カヲちゃん…大丈夫?」
「大丈夫…それよりも、今日はINAのアイス買いに行くから後で一緒に食べよう」
カヲルはアイスクリームが大好物でとくにINAという店のアイスにはこだわりがあった。
「わかったよ。バイト行ってきます」
トモヤはリュックを背負うと玄関を出て行った。

仕事が終わってトモヤはいつもどおり帰宅した。
「ただいまあ」
玄関は開いている。いつもなら「おかえりい」とカヲルの声がするのだが、どうしたのかなと思い、トモヤが台所に行くと誰かが椅子に座っていた。黒い長い髪に痩せた体。見慣れないシルエットだ。
「…誰?」
「トモヤ…」
振り返ると、どう見ても十代くらいの女の子だった。しかもかわいい。
「え?誰?」
「トモちゃん…あたし…カヲちゃんだよ…」
「え?カヲちゃん??」
「お昼にゴキブリが出て、追いかけてたらいつの間にこんなになっちゃったんだよ…」
どう見ても十代の女の子が朝見たカヲルと同じ服装で、泣きそうな顔をしている。
「え?…??」
女の子もトモヤもパニックになってうまくしゃべれなかった。

朝までおばあちゃんだったのに、仕事から帰宅したら若い女の子に変身しているなんてこんなマンガみたいな話…信じられないとトモヤは思った。
「ホントにカヲちゃんなの?なりすまししてない?」
「じゃあ、これ見てみな…」
女の子は押し入れから茶色く変色した古い写真を出してきてトモヤに差し出した。そこには目の前の女の子と同じ顔の人が映っていた。
「これ私だよ。カヲちゃんだよ」
他にも何枚か同じように映っている写真を見せてくれた。
「ホントに…カヲちゃんなんだ…」
びっくりしすぎてそれ以上の言葉がすぐには出なかった。
「な…なんで若返ったの?」
「そんなの、あたしが知りたいよ」
言葉の返し方がカヲルと全く同じだった。確かにカヲルに間違いないのだろう。
その時、トモヤの脳裏には朝の出来事がよぎった。原因はゆかり子の持ってきたネズミかもしれない。朝、カヲルは噛まれたのだ。
トモヤは衝動的にスマホを取り出すとゆかり子に電話した。

「あれ、トモちゃん?めずらしいね。どしたの?」
あっけらかんとしたゆかり子の声が響いた。
「ゆかり子って会社でなんの研究してるんだっけ?」
「何って…テロメラーゼ…酵素の研究よ。治療薬作るための研究。なんで急に?」
質問に答えずトモヤは続けた。
「テロメアって…長生きするかどうかきまる遺伝子だっけ?」
「そうそう。それそれ。だからなんで急に?」
トモヤは急に怒った声で静かに言った。
「昨日持ってきたマウス…実験に使っていたのか?」
「使ってはいない…はずだけどなんで?」
「来ればわかるよ。とにかく帰りにうちに寄って」

トモヤが電話を切ったあと放心していると、申し訳なさそうにカヲルがやってきた。
「あのさ服買いに行きたいよ。サイズが合わないの」
丈が短くてブカブカな服をカヲルは気にしていた。なんというか、見た目は変わってしまったけれど口調や雰囲気はかわらないままで、トモヤは次第に落ち着きを取り戻していった。今は合う服を用意しなければ。カヲルの持っている服は見た目に合わないので、トモヤはパーカーとジーンズをカヲルに貸すとふたりで近くのショッピングモールに行った。やはり親族だからなのか、どことなく顔立ちがふたりとも似ている。もしかしたらパッと見は兄妹に見えるかもしれない。
途中、バイト先の同僚にすれ違ってしまった。軽く挨拶をしただけだがわりとジロジロ観察されたので明日仕事中に何か聞かれるかもしれない…気になるけど今は服が先だ。トモヤはココロを引き締めた。

下着から上着からスカートなどのボトムまでひととおり、現代の若者が着るような服を購入した。この頃になるとカヲルがウキウキし始めた。
「トモちゃん、これかわいいよねぇ…これもいいし、こういう感じでもいいねぇ…」
すっかりそのへんにいそうな普通の女の子の姿になっていた。
「トモちゃん…美容院にも行きたいよ。ぼさぼさ頭の子って最近じゃ見ないからねぇ」
そう言って、予約なしで近くの美容院へ入って出てきたら…
「ツインテールっていうの?やってくれたよ」
少しだけメイクもしてもらったようで、目元が赤っぽくなっている。女子高生によく見られる「触覚」と呼ばれる前髪の変形もしっかり施術されていた。
これは…完全に…地雷系というやつではないか。トモヤはかなりドン引きした。さきほど購入して、そのまま着用しているブラウスがよく映える。
「おばあちゃんが地雷系…」
トモヤはクラクラしそうになったが、なんとか意識を保った。
「いやいや…カヲちゃんだって好きでこんな姿になったわけじゃないんだし…」
しかし横を歩くカヲルは楽しそうにしている。足腰の痛みが無いらしく、軽く手足を動かし、筋肉が蘇ったのか荷物も難なく手に持ち、杖すら使っていない。以前とは大違いだ。これはこれで、苦しくなさそうだからいいのか…と複雑な気持ちになった。
「若いころはねぇお金持ちじゃなかったから、ぜんぜんおしゃれできなくてねぇ。なんだか楽しいわぁ…」
カヲルはツインテールを揺らしてトモヤを見上げた。すごく楽しそうな顔をしていてトモヤもなんとなく楽しくなってきたのだった。











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