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樹堂骨董店へようこそ⑰

タヌキが応接室から出て行くとイツキは店番に声をかけた。
「りんさん、この後ちょっと出てくるからあとよろしくね」
「わかりました!いってらっしゃい」
明るくちゃきちゃきした返事をしたのは、イツキの部屋に飾られている絵の女性と同じ顔の女性だった。えんじ色の作務衣に身を包んでいた。

イツキはそのまま店の最も奥の部屋に向かった。ベストの胸ポケットから鍵を取り出し開錠する。
扉の向こうは明るかった。もうすぐ夕方になる時間とは思えない明るさだ。そのうえ、そこは室内ではなく屋外だった。
イツキの目の前には満開の桜をたたえた森が広がっていた。生ぬるい風に薄紅色のはなびらが舞いあがる。地面には雪のように花びらが積もり、ほとんど地面が見えない。
イツキは後ろ手で扉を閉めると、自動的にカチリと鍵が閉まる音がした。
イツキの視線の先はどこまでも咲きほこる桜の森が広がっていて、終わりが見えない。明るいのに、どこにも太陽はなかった。

イツキは歩きながら頭の中で流を呼んだ。
(流くーん、どこにいる?)
数秒後、頭の中に流の声がした。
(ひさしぶりです、イツキさん。今は阿寺渓谷にいます)
(それ、どこ?)
(長野県です)
(タヌキが探してる。修復してほしいところが発生してるんだ)
(わかりました)

頭の中の会話はここで途切れた。
(水がキレイだろうなぁ…)
と思いながらイツキはどんどん森の奥へと進んでいった。



現金を二回数えなおしたところで、七緒は今日の会計に五百円ほどの不足があることを確信した。
「ちっ、マミちゃん間違えたか…」
今日窓口で販売を担当していたのはバイトのマミちゃんだった。マミちゃんは真面目で働き者だったが、どうしても現金出納が苦手のようだった。昨日が五百円の余剰だったから今日の不足でプラマイゼロなのだが…
「毎日間違えてることに変わりない」
明日、彼女が来たら伝えなければならない。

七緒はふいに窓の外が気になった。日が傾きかけて空がオレンジ色に染まっていた。今日は周辺の空気がザワザワしている気がして一日落ち着かなかった。
(那胡ちゃんが近くにいる気がする…)
そんなことを考えながら窓口の扉とガラス戸を閉めた。








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