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インド小夜曲

ハシビロコウ

初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。


詳しいことはあとにして、まずは旅行記から。

『インド小夜曲』

家で作るチキンは、ぜんぶダールくらいに見えるもの

インドのことわざ

これ食べたあと指はどう?
こうやってしゃぶるだけ。ガビルがやってみせる。
自分の指のかたちは、こんなだったろうか。口の中で関節の太さとマトンカレーの風味が混ざる。

友人が病院に行く間、ガビルの家でしばらく待つことになった。12月のオールドデリー、昼すぎのこの時間も、まだまだ暑い。家ではガビルの母、サンティアがカレーを用意して待っていてくれた。顔面くらいの大きさの銀のプレートの半分に、ご飯、4種類のカレーとヨーグルト。普段はこんなにたくさんは無いんだ。ガビルが教えてくれる。

マトンは好き?サンティアがほほえみながら皿によそう。日本だとインドカレーのお店でたまに食べるくらい。
今日は好きなように食べていいからね。スプーンもあるから無理しなくていいし、難しかったら左手も使っていいから。
ガビルのをじっくり観察して、見よう見まねでやってみる。 ご飯にカレーをかけたあとで、万遍なく手で混ぜる。かたまりになったお米を崩しながら、マトンと絡めていく。薬指と中指をうまく重ねて、第二関節のあたりにまでうまくご飯をのっけてそのまま口へ放り込む。

左がサンティア、右がガビル
左からベジタリアン、マトン、ダール、エッグプラント

隣で一緒に食べ始めたサンティアは、目の色が変わったのを見逃さない。おいしいでしょ、よかった。
サンティア、インドで食べたカレーで、ううん、日本で食べてたのも含めて、このマトンがずっとおいしい。でもスパイスが強くなくてすごく食べやすい。
実はちょっと調整してみたの。気に入ってくれたようでよかった。全部おかわりあるから、気兼ねなく言ってね。

エッグプラントとヨーグルトのカレーも、ベジタリアンカレーも、ダールカレーも、それぞれでご飯一杯ずつほど、少しずつ上手になっていく右手で全部食べてしまった。
ガビルを真似しながら手をしゃぶっていると、今度はヨーグルトが。辛いかもしれないと思って、これも家で作ってるの。サンティアが楽しそうにして持ってくる。

ほんとに美味しかったよ。サンティアもガビルもありがとう。ほんとに、ほかのより、これがずっと美味しかった。
お世辞でないことをどうやって伝えられるだろう。習ったばかりのおいしい、ありがとうを使って、英語や身振りを混ぜながら、どうにか2人に伝える。
そう言ってくれてよかった。部屋を案内するから来て。

夜からは長い旅になるんでしょ。シャワー浴びていいし、そのあとはここで少し眠っていいから。シーツを新しくしたばかりだから。これがシャンプーで、これがコンディショナー。お湯はこっち。水と上手に混ぜてね。
お湯。

タオルを持っていないことを伝える前に、サンティアがタオルを渡してくれる。気にせず部屋を閉めて、好きにしてていいから。

シャワーを浴びるとシャドウがボールを持ってくる。投げて、投げてとくるくる回る。ボールを持って、お座りと言うと、さっき会ったばかりなのにお行儀よく座ってしっぽを振る。吸い込まれそうな黒毛のシャドウの、今日の遊び相手に選ばれた。

部屋に戻ると、シャワーで温まった体が、夕方のデリーの気温と一緒にゆっくりと下がってくる。シーツにくるまってベットでじっとしていると、もしよければ電気、お消してもいいかしら?サンティアが丁寧にたずねる。
ありがとう。少しだけ休むよ。

夕方のオールドデリーは、ちょうど日の沈んでいく分だけ、気温が下がってくる。窓からの光が弱くなって、ゆっくりと部屋が暗くなる。タージマハルで子どもたちに話しかけられたこと、青い博物館で写真を撮ってと声をかけられたこと、全部がはるか昔のように、シーツに包まれた体がそのままゆっくりとけていく。
遠くでサンティアの声が聞こえる。シャドウ、散歩に行くよ。
友人はまだ病院から帰らない。


小休止


海外文学室、初めましての方へ、少し自己紹介を。数人の学生で始まり、ようやく温まりだしたこの場所は、こんなことを考えながら生まれました。

普段は、海外の文学作品を共に読み、持ち寄った創作について言葉を交わしています。

しかし、海外文芸室、せっかく海外とついているので、今回はいま滞在中の国、インドにちなんだ作品を紹介してみたいと思います。

前半は旅行記『インド小夜曲』をお届けしました。ある日の午後のことでした。

ここからはインドにちなんだ作品を、ガビルとサンティアに聞いたおすすめと一緒に紹介していきたいと思います。


インドの作品紹介

『インド夜想曲』 アントニオ・タブツキ 須賀敦子 訳

これはインドに行くことを話した友人にお薦めしてもらった作品です。道中の機内で読みました。イタリアの作家であるタブツキのインドを舞台にした作品です。そしてなんと言っても翻訳は須賀敦子!インドへ向かう機内で読んだこの作品から、旅行記のタイトルをつけました。
この世界での記憶や幻想には、切実な質量が存在している!そんな感じです。

あらすじはこんな感じ

失踪した友人を探してインド各地を旅する主人公、彼の前に現われる幻想と瞑想に充ちた世界。インドの深層をなす事物や人物にふれる内面の旅行記とも言うべきこのミステリー仕立ての小説を読み進むうちに読者はインドの夜の帳の中に誘い込まれてしまう。イタリア文学の鬼才が描く12の夜の物語。

白水社 https://www.hakusuisha.co.jp/book/b205546.html

ちなみに翻訳を担当されている須賀敦子さん、全集が総合図書館にもありますが特に2巻の『ヴェネツィアの宿』がおすすめです。

『深夜特急 3』 沢木耕太郎 

こちらは読んだことのある人が多いのではないでしょうか。言わずと知れたバックパッカーの聖書。3巻目がちょうどまるまるインド回にあたります。ここで出てくる「神の子たち」という表現、この数日はそれが腑に落ちるような旅をしているように思います。


さてここからの3つはガビルとサンティアのおすすめの作品。

『バガヴァッド・ギーター 』

700行の韻文詩からなるヒンドゥーの聖典であり、神話。バガヴァンの詩、すなわち神の詩。
実は最近新しい訳が出たようです。
あらすじを少しだけ紹介。

神と人間のあいだに生まれた主人公アルジュナは、大いなる武勇の持ち主であった。その才は神から弓を授かるほどのものであったが、アルジュナは戦士として生きる決心がつかない。
そんなアルジュナに、「戦いは戦士の宿命であり、全うしなければならない。≪無心で成すべきことをなし、その結果に執着しなければ心は平穏になる≫」と語りかけて諭す盟友クリシュナは、実はヴィシュヌ神(インドの最高神の一)の化身だった。

https://www.kadokawa.co.jp/product/322207000632/

なんて心の踊るあらすじ!
文芸室のメンバーから聞いたある文学者の言葉

すべての文学作品は神話の批評である

現代に生きる神話は、すべての小説に対する批評なのかも。

『Tomb of sand』 ギータンジャリ・シュリー

ニューデリーを拠点とするヒンディー語の女性作家ギータンジャリ・シュリーの代表作で、2022年には英訳が出版され、国際ブッカー賞を受賞。
ガビル曰く、文学にちょっとでも興味あるインド人はみんな読んでるよとのこと。
残念ながら日本語訳はまだありませんが、いつかここで読んでみたいです。

あらすじの紹介

舞台は北インド。夫を亡くして沈み込み、ずっとベッドから出てこなかった80歳の女性が主人公。壁と背中が一体化しそうなほど落ち込んでいた彼女は、徐々に変貌を遂げ、家族の心配をよそに、生まれ変わったかのようにパキスタンをめざす。語りは饒舌。自在な言葉遊びとユーモアは、多和田葉子作品を思わせる。

好書好日 https://book.asahi.com/article/14638383

あらすじと多和田葉子の文字だけで、やっぱり心踊ってしまいます。

ムンシー・プレームチャンド

サンティア「この人はマジでやばい、」
ガビル「それおすすめするのまじやばいよ大丈夫?」
二人が口を揃えてtragicな作風だと。
ヒンディー語で教育を受けた人は、もれなくこの人の作品を読んでいるらしく、ファンタジーや宗教作品が主であったヒンドゥー文学にリアリズムを持ち込んだ第一人者なのだとか。

残念ながら邦訳はこの『牛供養』のみ。
こちらから読めるようです。


休止符

ここまで読んでいただきありがとうございました。旅はもうすこし続きます。
それではまた!

遊びつかれたシャドウは、すずしい玄関でひとやすみ。

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