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ヴィーの退職と職場のバタバタ色々♬

 職場の一番の古株、ヴィーが退職した。
 ”ダウンタウンへ行くこともなくなったから、家賃の安い田舎暮らしを始めよう!”というご主人のアイデアに、ヴィーも同意し、彼らはずっとアパートを探していた。
 退職のニュースを聞いたとき、ようやくアパートが見つかり、ハッピームーヴィングだ!と私は喜んだ。
 ところが、話を聞いてみると、そうでもないらしい。
「家賃ってかなり安いのー?」
「100ドル安いだけ」
「部屋は大きくなるの?」
「同じくらい。今のところはポーチがあるけど、新しいアパートにはポーチがないの」
 ポーチにセッティングしたグリルで、肉や魚を調理するヴィーにとっては、悲しい現実だ。
「仕事、探すの?」
「もう探し始めてるけど、あっちは時給が安いねん」
 家賃が100ドル安くなっても、それほどプラスにはならないようだ。
 当初の予定では、ヴィーもリタイアして、すでにリタイアしているご主人と共に、自然の多い田舎暮らしを楽しむはずだった。けれども思うようにはいかない。
 ヴィーは仕事と引越しの準備、新しい仕事探しで毎日大忙しだった。 
「ユミ、筋肉痛で腕が上がらないから、今日は助けてもらうよ」
「ユミ、夫は本を箱に詰める前に、本を読み始めるの」
「ユミ、箱に詰めた本は重いのよ」
「夫の仕事は、書類にサインをすること」
 この話を聞く限り、肉体労働はヴィーの担当だ。とはいえ、夫婦のこと、家庭のことは、我々にはわからない。私たちインターナショナルチームは、ヴィーに毎日感謝の気持ちを伝え、ランチにヴィーの好きな食べ物を持参し、最後の2週間を楽しんだ。

 ヴィーの退職により、私たちは人手不足に陥った。求人をしても、チップのないウェイトレスの仕事をしたいと思う人は少ないようだ。だーれも入ってこない。授業のある学生たちに頼るわけにはいかないので、インターナショナル主婦チームは、クルクルクルクル目まぐるしい勢いで働いている。

 こういう忙しいときに限って、なぜかアクシデントやトラブルは頻発する。
 まず、マネージャーのベルナルドのオーダーミスが続き、冷蔵庫や倉庫の中がガラガラになった。
 朝食と昼食にサーヴィスするフルーツボウルは、住民の楽しみのひとつだ。フルーツボウルには、ひと口大にカットした、カンタロープメロン、ハニーデュウメロン、スイカ、グレープ、パイナップルが入っている。普段なら、オレンジやバナナを代わりに差し出し「ごめんね~」と言う。ところが、そのオレンジやバナナも底を尽きた。
「ごめん~、なんもないねん」
「なんでや!」
「そうやろー!空っぽやで。ジューンの小さい冷蔵庫の方が色々入ってるわ」
「ひゃっひゃっひゃ」
 ウェイトレスの責任ではないことを、ほとんどの住民は理解してくれているけれど、3日も続けば笑えなくなる。

 フルーツボウルはともかく、食事の材料がなくなるのは致命的だ。
 ある日、翌日のランチで使う予定のポテトがなくなった。
「ユミ~、明日のランチのポテトがないから、下ごしらえできへんねん。明日、どうするんやろ~?」
 そう言いながら、クックのヤスミンは仕事を終えて帰って行った。
 翌朝、出勤すると、アラーナが帰る準備をしていた。
「私の車がそこの角でブロウアップしたから、今日は帰る」
 ブロウアップ?爆発?怪我はないの?どうやって、ここまで来たのだろう?色々な疑問が浮かんだ。とはいえ、帰るという人を引き留めることはできない。
 後に、アラーナの車の故障は嘘だとわかった。ランチの材料がないことに腹を立てたアラーナのボイコットだったようだ。

 人手不足、食料不足に続き、アラーナのボイコットだ。この日は急遽、アンと私でキッチンとダイニングを回すことになった。
 アンはパンケーキミックスの箱に書かれた作り方を見ながら、生地を作る。
「ユミ~!作り方どおりしたのに、生地がゆるゆるや~。もっと粉入れる?」
「うわー、ホンマや。入れても大丈夫ちゃう?」
 どんなパンケーキになるのか、できてからのお楽しみだ。
 私は携帯を取り出し、フレンチトーストの生地の材料をグーグルする。ヴァージョンが多過ぎるので、一番シンプルなものを選ぶ。
「アラーナのフレンチトーストより砂糖が足りへんかも。シロップ付けて出すわー」
「それでええやん!」
 その間にアンは、ベーコンをオーヴンに入れ、ソーセージを焼き、オートミールを作る。私はドリンクの準備をする。
 朝からバタバタだ。とはいえ、難しい料理はひとつもないし、どうにかなることもわかっている。二人でワイワイ言いながら楽しく準備をする。

 7時半、サーヴィスを開始する。
 ここ数日、材料が足りないことは住民も承知済だ。
「おはようユミ。今日は何がないの?」
「今日はクックがいないねん」
「・・・えーーーーーーーっ!?あんたたち、どうなってるのーーー!?」
 住民のリアクションがおもしろい。
 オートミールが足りなくなったり、オムレツ用の液体卵がなくなったり、ちょっとしたアクシデントはあったけれど、パンケーキやフレンチトーストに対する苦情もなく、無事に朝食サーヴィスが終了した。
 昼食はどうしようか?フィリピン人のアンと、日本人の私が作る昼食だ。パスタとキャベツで焼きそばでも作ればいいか・・・と考えていると、材料不足の張本人のベルナルドがやって来た。
 この日、彼が何を作ったのかは忘れたけれど、我々は、ランチも無事に乗り越えた。

 午後から出勤してきたヴィッキーは、アラーナのボイコットについて別の意見を述べた。
「私たちウェイトレスを困らせようと思ったんちゃう?」
 なるほど。ウェイトレスとアラーナの戦いは相変わらず続いている。アラーナの仕返しだったのか?

 先日は、オムレツの中身のことで、私とアラーナが口論をした。
「ユミ、ほうれん草がなければズッキーニ、ズッキーニがなければキャベツを入れて」
 住民のロウは、野菜入りのオムレツを所望する。ズッキーニもキャベツもオムレツの材料には使わないけれど、使えないわけではない。
「ロウがリストした野菜を書いといたから、ある野菜を入れてあげて」
 こう言って、アラーナにオーダーシートを渡した。キャベツが冷蔵庫にあ ることは私も知っていた。
 ところがアラーナは、ロウのために野菜をまったく入れなかった。
「オムレツにリクエストした材料がひとつも入ってないってロウが怒ってるで」
「ほうれん草はない!ズッキーニもキャベツも入れない」
「でもヤスミンもベルナルドも入れてくれたで」
「彼女たちは住民のリクエストに応える必要ない!」
「そうなん?じゃあ、ウェイトレスはどっちのやり方に従えばええの?ベルナルド?それともアラーナ?」
「私や!私がこのキッチンのすべてのことを知ってる!私の言うことを聞け!」
「じゃ、クックたちでミーティングして統一してよ」
「そんな時間はない!」
 真っ赤な顔で、アラーナが私を睨んだ。

 ロイスに頼まれて、油の種類を聞いたときも口論になった。
 ロイスからこの質問をされたのは、これで二度目だ。
「この前アラーナに聞いたときは、ヴェジタブルオイルって言うてたよ」
「ヴェジタブルにもキャノーラとかソイとか色々あるでしょ!私の肌はずっと荒れてるのよ!ボトルを持ってきなさい!」
 ヴィッキーがロイスの背後で写真を撮るサインを出した。
 キッチンに入り、アラーナにロイスの質問を伝えた。
「これまでに何度も同じ質問に答えてる!これ以上答える必要はない!」
「ヴェジタブルやろ。私が伝えたから知ってるよ。彼女はボトルが見たいねんて。持って行ってもいい?」
「No!見せても彼女は同じ質問をする!」
「見せてないから質問するんちゃうの?写真撮ってもいい?」
「Nooooooooooooooooo!!!!!ヴェジタブルオイルといえばヴェジタブルオイルや!教える必要はない!」
「見たら納得するかもしれんやん」
「彼女は納得しない!」
「写真撮ってもええ?」
「・・・・・」
 写真を撮ることに成功した。
 アラーナが使っていたのは、スプレー式のオイルだった。ロイスに写真を見せたけれど、彼女は納得しない。
「実物を持ってきなさい!」
 ロイスは言い続ける。アラーナが不在のときに取って来ると約束して、その場を収める。

 その日の昼食はクラブケーキ(蟹のコロッケ)だった。ロイスがクラブケーキの材料を聞いてきた。
「アラーナ、クラブケーキの中身って何?」
「知らんわ!」
「???野菜とか入ってないの?」
「おそらく入ってるでしょうね!」
「ここで作ったやつじゃないの?冷凍なん?」
 質問した瞬間から、両手を腰にあてて戦闘態勢だ。冷凍コロッケという事実をロイスに伝えると、ロイスも怒った。
 ロイスの存在は、ウェイトレスとアラーナとのトラブルを引き起こす。しかも、ロイスは鬱なので、何をしても満足することはない。ロイスひとりのために、食事の内容を変えることはできない。それでもロイスには自分の健康を守るために、何を食べているか知る権利がある。そしてアラーナは、正直に答える義務がある。
 ロイスのせいとは言わないけれど、私ひとりでもこれだけの口論があったのだ。アラーナはほぼ毎日、ウェイトレスと戦っているに違いない。自分の言うことを聞かないウェイトレスに腹が立ち、ランチ用の材料がないことに腹が立ち、彼女はボイコットに踏み切ったのだろう。

 アラーナのことは知らないけれど、不毛な口論をするたびに、彼女の年齢を思う。”住民やウェイトレス、キッチンの支配”より楽しいことは山ほどある。旅行、コンサート、食べ歩き、なんでもいい。ジムへ行き、ダイエットをして綺麗になるのもいい。お料理が好きなら、自分でレストランを開く夢を持ってもいい。25歳の彼女の可能性は果てしない。こんな風な生き方しかできない理由はわからないけれど、もったいないなぁといつも思う。
 とはいえ、彼女にとっては大きなお世話だ。1日ボイコットをしたアラーナは、見事に復活し、相変わらず、小さな世界の支配に全力投球だ。

 一方、変わらないアラーナにうんざりしたヴィッキーとアンは、アクティヴィティ部への移動を希望した。この部署のマネージャーのトレーシーが、二人を引き抜こうとしたらしい。
 アクティヴィティ部では、パーティを開いたり、住民とゲームをしたり、体操をする。私ではなく、ヴィッキーとアンだけに声をかけたトレーシーは見る目がある。特に、パフォーマーのヴィッキーにはピッタリの部署だ。
 インターナショナルチームの解散は残念だけれど、ウェイトレスよりキャリアにつながるし、毎日働く職場は楽しいほうがいい。今のところ、人手不足で実現していないけれど、それぞれ希望の職場で働けたら言うことはない。

 ヴィーの退職、人手不足、食料不足、クックのボイコットに続き、ヴィッキーとアンの移動(の可能性)だ。
 職場のバタバタはまだまだ続く。
 To be continueですな♬

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