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レストランの戦い ウェイトレスVS.アラーナ

 私は、シアトルにある、老人ホームのレストランでウェイトレスをしている。先週は、住民のノーマとジューンが、
「ディナーの量が少ない!」
 文句を言い始め、ダイニングルームはやんややんやの大騒ぎになった。

 この日、クックのベルナルドは不機嫌になっただけで、住民に寄り添った対応は一切しなかった。数日後、再びベルナルドと一緒に仕事をした。
「住民がオーダーしたものは、なんでも作る」
 何があったのかは知らないけれど、この日彼は、住民のリクエストに、すべて応えた。

 ベルナルドは1日で変わったけれど、頑なに変わらず、住民の食事をコントロールし続けるクックがいる。ウィークデイの、朝食と昼食を担当するアラーナ、クックのリーダーだ。
 彼女は、常に機嫌が悪く、住民のオーダーに文句を言い、ウェイトレスに文句を言い、足を引きずりながらダラダラと仕事をする。25歳らしい部分といえば、腰まで伸ばした髪を黄色に染めていることと、動物のキャラクターが描かれた、バスの形をしたバッグを持っていることくらい。

 ウェイトレスは6時半、クックの彼女は6時出勤だ。
「おはよう」
 返事はもちろん、顔をあげることもほとんどない。そういう人だと思っているので、特に腹が立つこともない。挨拶をしないことも、不機嫌なことも、どうでもいいけれど、住民のオーダーに応えない点は問題だ。

 例えば、少食のボブは、毎朝”小さいパンケーキ”を所望する。
スモール・パンケーキと書いてオーダーするけれど、なかなか立派なサイズのパンケーキが出てくる。
「ボブは小さいパンケーキが欲しいねんけど」
「私は小さいパンケーキは作らない!」
 いつも食材の無駄を訴えて怒っているのに、彼女は、大きなパンケーキを作り続ける。
 オムレツも同じだ。
「スモールオムレツは作らない!」
 オムレツを作る上で、ある程度の卵は必要だ。それにしても、かなりのビッグサイズだ。何度言っても変わらないので、同僚のヴィッキーは、こっそり半分に切り、残りの半分を自分で食べるようになった。
 ランチのスペシャルメニューのサイドが。マッシュポテトの日があった。
「リンダはマッシュポテトが嫌いやから、ベイクドポテトに変えてくれる?」
「NO!スペシャルでポテトがあるときは、それ以外のスタイルのポテトは出さない!」
「・・・へー・・・」
 冷蔵庫には、調理済のベイクドポテトが準備されている。15分ほどオーヴンに入れれば完成だ。あのポテトはなんのためにあるのか?
 シュリンプパスタの日があった。海老があまり好きではないロイスは、サーモンを注文した。皿にのったサーモンを見て、ロイスが言った。
「サーモンが小さい!これじゃ、タンパク質が足りない!少しだけシュリンプパスタを持ってきて」
 ロイスは、普段から「ブルーベリーを頂戴!」「スライスしたレッドペッパーを入れて!」「サイドに生の人参を添えて!」と偉そうに注文するので、ウェイトレスからも、クックからも嫌われている。彼女が嫌われる理由もわかるけれど、野菜好きの私には、ロイスの気持ちも理解できる。
 そもそも、ここは彼らの住居だ。外食も買物も困難な彼らは、この”家”で出された物を、食べるしかない。自分の食べたい物が、毎日出てくるわけでもない。少しくらいのわがまま(リクエスト)は叶えてもいいはずだ。我々は、ロイスに怒るよりも、黙って出された物を食べてくれる住民に感謝するべきだ。
「ロイスにシュリンプパスタを少し入れてくれる?」
「NO!!!彼女にこれ以上タンパク質はあげない!」
「・・・えぇーっ!?なんでー?」
 タンパク質をあげない?自分の健康を守るためにリクエストしたのに?
しかも、ロイスはないものを注文したわけではない。すでにあるパスタを少しだけ欲しいと言ったのだ。けれどもアラーナは、シュリンプなしのパスタを皿に盛った。
 鍋をのぞくと、シュリンプだらけのパスタが大量に残っていた。文句を言ったところで、彼女が折れることはない。アラーナが見ていない隙に、シュリンプを3個盗んでサーヴィスした。
 脳梗塞によって左半分が不自由になったキムは、毎朝イングリッシュマフィンにベーコンと目玉焼きを挟んで食べる。
 休日明けで出勤した朝、キムが言った。
「昨日ね、アラーナは私のイングリッシュマフィンを焦がしたの。新しいのが欲しいってお願いしたけど、作ってくれなかってん」
「えー!そうなん!?ごめんねー」
 1日だけのアクシデントかと思ったら、その日の朝のイングリッシュマフィンも焦げていた。
「キム、これは焦げすぎよね?」
「うん」
 一度キムに確認してからキッチンに戻った。
「これ、焦げてるから新しいのと変えてくれる?」
「NO!いつものイングリッシュマフィンと違うから、焦げるねん」
「タイマーを短くしても焦げるの?」
「タイマーを短くしても、このイングリッシュマフィンは焦げる!」
「へー・・・」
 一度は退散しかけたけれど、これじゃ、キムがかわいそうだ。
「私がやってみる」
 私を睨むアラーナを無視して、いつもの設定より短くして焼いてみた。焦げ目が付かない。もう少し長くしてみた。真っ黒だ。アラーナの言っていることは嘘ではない。
 とはいえ、キムは焦げているくらいなら、焦げてない方が嬉しいはずだ。焦げ目はないけれど、ほんわか温かいイングリッシュマフィンを持って行った。
 翌日、よほど腹が立っていたのだろう。出勤早々、アラーナが私に言った。
「ユミ!グレープを洗って!4袋は必要やねん」
「OK」
 アラーナは、私の目の前に4袋のグレープをどーんと置いた。けれども、私にはウェイトレスの仕事がある。4袋のグレープを冷蔵庫に戻して、仕事を始める。残っていたグレープで、フルーツボウルを作る。
「ユミ!グレープが足りない!フルーツボウルには、すべての種類のフルーツが十分に入ってなきゃあかんねん!」
「OK」
 いつもと同じ量のグレープを入れている。どうしてもグレープを洗わせたいようだ。あと少し残っていたグレープを使い、グレープ盛り盛りのフルーツボウルを作った。どう思ったのかは、わからない。けれども、無視されたことを怒ったり、私が勝手に作業をすることに対して、文句を言い続けることは、ないようだ。

 住民のリクエストを伝える度に、ため息をつき、高い声でぎゃんぎゃん文句を言うアラーナは、確かに鬱陶しい。私は、まだ期間も短いので、そこまで感じていないけれど、ウェイトレスは全員、アラーナにうんざりしている。中でも、彼女のネガティヴエナジーに影響を受けているのが、ヴィッキーだ。アラーナがリクエストに応えないとき、これまでウェイトレスは、住民に「ごめんね」と謝罪をしていた。けれども、我慢の限界に達したヴィッキーは、希望が叶わない理由は、アラーナにあることを住民に伝えることにした。
 私は、ヴィッキーとチームだ。ヴィッキーをサポートして、住民に謝罪するとともに、現状を伝えることにした。どんな会社なのか、私には、まだわからない。けれども、お金を払っている住民から声が上がれば、会社も耳を傾ける可能性はある。

ところが!

 ヴィッキーは、改善を前にこの戦いから降りた。
「これ以上、彼女とは働けない!私は辞める!ハウスキーピングの仕事に変わる!」
 上司に退職、もしくはポジションの変更を願い出た。ヴィッキーは、仕事もできるし、住民の人気者だ。そんな彼女を、上司は失いたくない。対策を練るという約束をして、退職は一旦保留となった。
 ヴィッキー退職事件を知ったアンは、翌朝、アラーナと大喧嘩をした。
フィリピン人のアンは小さくて、一番若いけれど、さすがは、ウェイトレスのリーダーだ。
 アンとウェイトレスの攻撃に対し、アラーナは「いつも以上にダラダラして、なかなか料理を出さない」という反撃をした。

 ウェイトレスVS.アラーナ。まだまだ続きそうだ。





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