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ディナータイムの大騒ぎ

私は老人ホームのレストランで働いている。
レストランといっても、住民は、食費込みで毎月4千ドルを施設に払っているので、オーダーをして、食事をしたら、お会計はなしでお部屋に戻る。

朝食は、好きなものをオーダーする。とはいえ、朝食でオーダーするメニューはほぼ決まっている。
目玉焼きは3種類。オーヴァー・ハード、オーヴァー・ミディアム、オーヴァー・イージー。ハードは固焼き、ミディアムはやや固焼き、イージーは半生だ。
この他、スクランブルエッグ、オムレツ、ゆで卵、ソーセージ、ベーコンがある。
主食は、パンケーキ、ワッフル、イングリッシュマフィン、トースト、フレンチトースト、オートミール、クリーム・オヴ・ウィートなど。クリーム・オヴ・ウィートは小麦のお粥だ。

昼食と夕食は、その日のスペシャルメニューが決まっている。そのメニューが嫌いな人は、ハンバーガーやホットドッグ、チキンやサーモンに変更するけれど、スペシャルを注文する人が多い。
「本日のスープ」もある。昼食も夕食も同じものなので、どちらか一方の食事で注文する人がほとんどだ。

昨日の夕食は新メニューで、カシューナッツチキンのレタスラップと、プチトマトのサラダだった。スープはトマトのクリームスープだ。
チキンはこんがりグリルされて美味しそうだし、プチトマトのサラダは春らしくて可愛い。トマト嫌いの人はうんざりするラインナップだけれど、彩も美しいし、いいメニューだと思った。

ディナーが始まった。
この夜のクックはマネージャーのベルナルド、ウェイトレスはヴィーと私の二人だ。
ヴィーはドリンクサーヴィスとデザートサーヴィスを終えると、皿洗いのためにキッチンへ行く。とはいえ、ヴィーの皿洗いは天才的だ。山積みになった調理器具と皿やカップを、魔法のようにやっつける。
皿洗いはヴィーに任せ、私はオーダーを取り、料理を運ぶことにフォーカスする。

最初の客は住民のセカンドボスのノーマと、95歳のジューンだ。彼女たちのオーダーを取っていると、他の住民も次々とやってきた。新メニューを楽しみにしていたのかもしれない。ほとんどの人がスペシャルをオーダーした。

出来上がった料理を取りに行った。皿の上にはレタスの上に角切りになったチキンがコロリン、その横にプチトマトのサラダがある。
カシューナッツはどこだ?レタスは、私がイメージしていた玉レタスではなく、細長いロメインレタスなので、チキンもたくさん乗せられない。

少ないぞ・・・

そう思ったけれど、料理は次々と出てくるし、住民も次々とやってくる。次のオーダーを取り、料理を運ばなければならないので、モタモタしている暇はない。
とりあえず、ノーマとジューンに料理を出す。

ジューン(大笑いしながら)「なにこれ~!!!」
ノーマ(あきれながら)「これがディナー?これだけ?これはディナーとは言わないでしょ!?」
「やっぱり、そうよね~・・・」
ノーマ「普通はこれにパスタとかつくんじゃないの?こんなチキンとトマトだけのディナーなんて考えられない!クックは誰?」
「ベルナルド」
ノーマ「ベルナルドに言いなさい!こんなディナーは受け入れられない!」
「はーい。言うてくるわ」
ジューン「見て見て~!これがディナーやって!」
ジューンは楽しそうに、他の住民に自分のディナーの皿を見せている。

裏に戻り、ベルナルドに伝える。けれども彼は頑なだ。
ベルナルド「メニューに書いてある!これがディナーや!」
「パンとかサイドに付けてあげられへんの?」
ベルナルド「とりあえず、これを持って行け!!!」
話にならないので、再びダイニングルームに戻る。

「ごめん、これしかムリらしい。パンでもイングリッシュマフィンでも、オーダーするから言うて」
ノーマ「ハニー、あなたが謝ることはないのよ。そもそもこのメニューがおかしいでしょ!それにレタスラップは2つなのに、1つしか乗ってないじゃない!」
「ほんまや!2個って書いてあったわ!言うてくるわ!」
ノーマ「このメニューについて説明をしなさい!彼に出て来るように言いなさい!」

再びキッチンへ逆戻り。
私「ベルナルド、これじゃ少なすぎるよ。レタスラップも2個やのに1個しかのってないし。なんでパスタとかないのか説明してって言うてるで」
ベルナルド「メニューはメニューや!レタスラップもとりあえず1個や!」
「なんでー?メニューに2個って書いてあるやん」
ベルナルド「食べずに残したらもったいない!経費の無駄や!足りない人は、もう1個あげるけど、俺は1個しかやらん!」
「・・・・・はぁ???2個は2個やん!少食の人はハーフオーダーでええけど、普通にオーダーしてる人には、2個あげたらええやん!」
ベルナルド「俺は1個しかやらん!」
ベルナルドの理由に納得ができないので、ベルナルドを庇う気が失せた。
「じゃぁ、出て行って説明してくださいよ!」
ベルナルド「俺は出て行かない!」
子供みたいなやり取りだ。馬鹿馬鹿しくなって、再びダイニングルームへ戻る。

「ノーマ、ごめん。ベルナルドは出てこないってー」
ノーマ「彼が出てこれないなら、彼はチキン(腰抜け)よ!」
「ホンマやねぇ。ごめんね。ちょっと他のサーヴィスしてくるわ」
ノーマ「あなたが謝らなくてもいいのよ」
ジューン「こんなディナー、私は食べないよ」
「わかった。言うとくわ」

テーブルを離れると、ジーニーに呼び止められた。食事に遅れて、食べそびれることの多い彼女が、今日に限って席についている。
「なにの騒ぎなん?」
「ディナーの量が少ないっていう騒ぎ」
「そうなんやー!」
ジーニーはとっても楽しそうだ。

この後、とりあえず他の住民のオーダーを取りに行った。
ノーマとジューンが大騒ぎしていたので、後から来た人の中には、ハンバーガーやチーズバーガーをオーダーする人もいた。
おっぱい好きのボブは、嫌いなメニューのときは何も食べない。彼は昼食も食べなかった。
「ボブ、なにか食べた方がええよ」
「君に言っても仕方がないけど、ここには食べられるものはない!ここの食べ物は最悪や!」
「そうやねぇ。ごめんね。でも、なんか食べれるもんない?」
「ない!!!」
「ハンバーガーは?ホットドッグもあるよ」
「いらない!!!」
「じゃぁ、シリアルは?」
「・・・シリアルは好きや」
「じゃ、シリアルとミルク持ってきたら食べてくれる?」
「うん。食べる」

住民の中でも一番華奢で、小さいジョージアが、ディナーを食べながら言った。
「私のディナーはどこ?」
少なすぎて、ディナーだと思っていないのかもしれない。グリルチーズサンドウィッチを勝手にオーダーして持って行ったら、嬉しそうな顔をした。

少食で、いつもハーフオーダーしかしない二ータは、夕食を終えた後、再びダイニングルームに現れた。
二ータ「ディナーは終わっちゃった?私、来るのが遅かった?」
「二ータ、ディナー食べてたよ」
二ータ「あら?私、もう食べたの?」
「うん。食べてたけど、きっと量が少なかったから、お腹が空いたんやわ。なんか作ろうか?バナナもあるよ。朝まで我慢できる?」
二ータ「食べたならいいのよ」

一方、この日のメニューを気に入った人もいた。
少食のメリリンは、料理よりもその彩に感嘆の声をあげた。
「今日のトマトのサラダはものすごく美味しかった!」
こう言ったのはジェイムスだ。
「今日のメニューは全部美味しかったよ」
ミスター・クロスワードのデイヴィッドも気に入ったようだ。

ジェイムスやデイヴィッドの言葉をベルナルドに伝えると嬉しそうな顔をした。
実際、料理そのものは美味しそうだった。問題は、量とその理由だ。
「無駄になるから食事を与えない」という理由には納得できない。
住民は、毎月4千ドルものお金を支払っている。常勤のナースがいて、動けなくなったら特別介護のお部屋もある。お部屋の掃除をする人もいる。維持費にお金がかかるのは、よーくわかる。
けれども、住民の楽しみは、食べることだけだ。
オーガニックの食材を使っているわけでもないし、野菜の種類も限られている。果物もいつも同じだ。
パスタ、ライス、パンにかかるお金なんてしれている。せめて、美しさと量だけは、満足のできるものを出してあげてもいいはずだ。

ディナーが終わったとき、ノーマが握手を求めてきた。
「ハニー、ひとりでよくやってくれたわね。お疲れさん」
後ろの席にいた、キムとキャサリンも声をかけてくれた。
「どう?無事に終わった?」
「無事に終わった気はするけど、わからんわー」
「私たちから見たら、ちゃんとできてたと思うよ」
「ほんま?ありがとう!」

もう誰も怒っていなかった。
ノーマとジューンが文句を言い、ベルナルドが不機嫌になり、キッチンとダイニングを行ったり来たり。大忙しだったけれど、実はディナータイムの大騒ぎは、ちょっとおもしろかった。
食事は改善してあげたい。けれども、少食になった老人が、「食事の量が少ない!」と怒っているのは、なんだか微笑ましい。
静かでトラブルのない毎日を送っている老人ホームの暮らしの中で、こんな風に怒ったり、笑ったり、大騒ぎするのもたまにはいいような気がした。

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