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【シリーズ第45回:36歳でアメリカへ移住した女の話】

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 前回の話はこちら↓

 オークパークのアパートで暮らし始めて、1年が過ぎた頃だった。

 ランドリールームへ行くために部屋を出た。
 その瞬間、

「鍵ーーーーーーーーー!!!!!!!」

 ・・・時すでに遅し。

 パタン・・・

 扉が閉まった。

 このアパートは古いけれど、すべてオートロック。
 自分の部屋、ビルディングの入り口、ランドリーの入り口、扉という扉は、すべてオートロック。
 そして、閉まる速度は異様に早い。
 治安が悪いからかもしれない。

 オートロックに慣れていない私は、鍵だけは常に携帯するよう心がけていた。
 けれども、1年も経つと、気が緩んだのだろう。
 しかも、真夜中の1時に・・・。

 この時、私は携帯電話を手にしていたけれど、この時間に電話ができる相手は限られている。

 とりあえず、メインテナンスのチャールズだ。

 「24時間、毎日営業!」

 入居するとき、彼は言っていた。

 彼の部屋は2棟西のビルディングだ。
 24時間営業なら、すぐに駆け付けてくれるはず。

 予想通り・・・留守番電話につながった。

 「チャールズ!鍋に火をかけたまま、インロックしてもた!夜中で申し訳ないけど、鍵開けて~!」

 と悲壮なメッセージだけ残しておいた。

 同居人なら確実に鍵を持っている。
 けれども、キングストン・マインズで仕事中だ。 
 帰って来るまで、待てないわけではない。
 この時私が、鍋で米を炊いていなければ・・・。

 弱火にしているけれど、このまま放置はできない。

 試しに同居人に電話をしたけれど、留守番電話だ。
 朝まで待っていたら、アパートは全焼だ。

 とりあえず、10分待った。
 誰からも電話はかかってこない。

 よしっ!
 確実に鍵を持っている、マネージャーの部屋へ行こう!
 彼の部屋はランドリールームと同じ棟だ。
 ビルディングの入り口にたどり着き、部屋のベルを鳴らすことさえ出来れば、どうにかなる!

 とはいえ、これは勝負だ。
 もし、マネージャーが留守だったら、私は真夜中に屋外に締め出される。
 
 それは違う意味で、非常に危険だ。

 *アパートの位置がわかる⇩ 

 1階のエントランスまで降りて考えた。
 扉の下にマットを挟み、閉まらない状態にして、マネージャーの棟へ行く案を検討した。

 たまたま夜遅くに帰ってくる人がいたら、間違えなく扉を閉める。
 たまたま通りがかった悪党が、ビルディングの中に入ることも考えられる。

 どう考えても、ビルディングの扉を開けっ放しにするわけにはいかない。

 もう一度、部屋のある4階に戻った。
 
 向かいの部屋のお兄さんに助けを求めようか?
 扉に耳を当てて、中の様子をうかがった。

 もの音ひとつしない。

 たたき起こすことも考えたけれど、鍵を持っていないのだから、起こしても意味がない。

 仕方がない。
 嫌がらせのようにチャールズに何度も電話をした。

 30分経過。

 これ以上、鍋を放置するわけにはいかない!

 警察だーーー!!!

 「なんかあったら警察。彼らは全然関係ないことでも、とりあえずなんかしてくれる」

 アメリカに来たとき、友人のご主人から教えられたことだ。

 さすがにエマージェンシー(緊急)は気が引けたので、ノンエマージェンシーに電話をした。
 
 オペレーターに、チャールズに残したメッセージと同じ内容を伝えた。
 住所や電話番号を聞かれるのは予想できた。
 きっちり答え、実にスムーズに事は進んだ。

 ところが、最後の質問が聞き取れない。
 何度聞いてもわからない。

 このままじゃ、火事で手遅れになる!!

 「質問の意味はわからないけど、とりあえず来てください!!」

 「そぉ?じゃ、オーケーにしておくから、今すぐ手配するわね」

 「サンキュー!!」

 お礼は言ったものの、私は何にオーケーしたのだろう?

 一抹の不安を感じながら、1階のエントランスの扉に張り付いて警察の到着を待った。

 数分後、1台のパトカーが到着。
 誰も降りてこない。

 「早く~!!!」

 数分後、消防車が到着。
 そして救急車も到着した。

 ・・・そうだった。
 パトカー、消防車、救急車はワンセットだった。

 サイレンこそ鳴らしていないけれど、アパートの周辺は、エマージェンシー・セットで、昼間のように明るくなった。

 警察官と防火服を着た2人の消防士が、ビルディングに向って歩いてきた。
 映画「バックドラフト」みたいに、斧のようなものを持っている。

 3人を、大急ぎで私の部屋まで案内した。
 私の部屋の扉を見た消防士が言った。 

 「なーんや、この扉やったら壊さんでもええやん」

 壊す???

 わかったーーー!!!

 オペレーターの質問は、

 「万がいち扉を壊す羽目になったら、おたくがその修理代を負担することになります。同意しますか?」

 だったんだ!

三点セットが到着した

 消防士は、扉とその枠の間の隙間に細い棒を差し込んで、いとも簡単に鍵を開けた。
 
 ふむ・・・オートロックだけど、鍵としての本来の役割は果たせているのだろうか?

 とりあえず、この部屋が安全ではないことはわかった。
 そして、安全じゃないおかげで、扉を斧で切り刻まれずにすんだこともわかった。

 ダッシュでキッチンへ行くと、鍋の底がちょこっと焦げただけでセーフ。
 
 ホッとして、振り向くと、出動した消防士全員が狭い部屋の中にいた。
 ぎゅうぎゅう詰めだ。

 警察官に言われるがまま、差し出された書類にサインをした。

 「君はよっぽど警察が好きなんやなぁ」

 実は、1週間前にも、アパートの近くで当て逃げをされて、パトカーを呼んでいた。
 1年前の交通事故の記録も残っていたに違いない。

*交通事故に遭う話⇩

 狼少女に思われないように気を付けよう。


最後まで読んでくださってありがとうございます!頂いたサポートは、社会に還元する形で使わせていただきたいと思いまーす!