【シリーズ第33回:36歳でアメリカへ移住した女の話】
このストーリーは、
「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」
と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
前回の話はこちら↓
私は、運命の彼と共に暮らしていたけれど、相変わらずコネクションは感じなかった。
まぁ、こんなもんだろう、という気持ちもあった。
二人の関係に悩む暇もなかった。
その頃の私は、シカゴの音楽シーンに夢中だったし、
「ヴァニララテください」
と言うだけでも、ひとつのストーリーができるような、エキサイティングな毎日だったからだ。
ジャネットの出現で、ミュージシャンの多くが、アパートを借りたり、家を買う実力がないこともわかった。
住居確保のためにジャネットといたのか、ジャネットだから一緒にいたのかはわからない。
私の場合は・・・嫌われてはいないと思うけれど、ジャネットの家を出たかったことも事実だろう。
さて、秋が近付いた頃だ。
普段は、どちらかと言えば機嫌が悪く、無口な彼が、妙にウキウキしている。
数日後、大きなスーツケースを買って帰って来た。
「ジミーのバンドで、ヨーロッパツアーに行ってくる。5週間!」
ということだ。
飛行機は大嫌い!という彼が、積極的に準備をしている。
ニコニコしているし、まるで別人だ。
「ヨーロッパ、特にフランスでは、俺ら黒人ミュージシャンは、すごい歓迎されるねん。
俺らの来仏を、心から喜んでくれてるって感じられるでー。
自分の国で、歓迎されてるって感じたことなんか一度もない。
人が全然違うねん!
フランスから帰ってきて、アメリカの空港を降りた途端に、あー・・・またこの国で生きていかなあかん・・・って、鬱になるねん」
と説明してくれた。
ヨーロッパ人はブルース好き、ということは知っていたけれど、アメリカとヨーロッパの人々の、黒人に対する考え方、対応の違いは知らなかった。
黒人になったことがないので、その違いを感じることは、私にはできない。
けれども、過去に、これほど嬉しそうな彼の姿を見たことはない。
私の想像を超える喜びなんだろうなぁ。
後に、映画「キャディラック・レコード」を観たときに、彼の言葉がよみがえった。
ラストシーンで、マディー・ウォーターズが、はじめてヨーロッパの地へ足を踏み入れる。
飛行機から降りた瞬間、人々が歓迎する様子に、心から驚いているマディーの姿が映し出される。
”自分が他人から歓迎されている”、”自分の存在が喜ばれている”と感じることは、母国ではない。
マディーはこの時、生まれてはじめて、それを感じたのかもしれない。
*映像も音声も悪いけれど、マディーがヨーロッパに降り立つシーン⇩
彼ら黒人にとって、ヨーロッパは別世界。
ツアー中は、他人の存在により、黒人であることを誇りに思える瞬間なのだ。
さて、出発当日、私の車でオヘア空港まで送って行った。
空港に着くまで、
「誰かが訪ねてきても、絶対にドアは開けるな」
「夜遅く出歩くな」
「俺が留守してることは、誰にも言うな」
と、まるで小学生の子供に、留守番を任せるかのように、彼は何度も繰り返した。
私がひとりになることを心配してくれている💛
「着いたら電話するからな」
と言うと、彼は元気いっぱい、空港の中に消えて行った。
アパートに帰ると、すぐに掃除に取りかかった。
やっと、自分の部屋をスッキリ片付けることができる。
彼と暮らし始めてずーっとできなかったことだ。
もちろん、彼の心配は嬉しいし、ありがたい。
けれども、スッキリ、美しく片付いた大好きな部屋で、ゆっくり過ごせることも、すっごく嬉しい。
夜は体を伸ばして眠ることができる。
しかも5週間🎉
*体を伸ばして眠れない理由がわかる⇩
綺麗に片付いた部屋で、ひとり暮らしの幸せに浸っていると、彼から電話がかかってきた。
ヨーロッパは近いといっても、別れてから数時間しか経っていない。
いくらなんでも早すぎる。
「ニューヨークの乗り換え便に乗り遅れて、翌朝の便でフランスに行くことになってん。
誰かが来ても、ドアは開けるなよ!
夜遅くに出かけたらあかんぞ!」
と同じことを繰り返し、
「明日の朝、電話するわ」
と言った彼は、翌朝もきっちり電話をかけてきた。
「今から飛行機に乗るねん。フランスに着いたら電話するわ」
なんだか恋人同士みたいだぞーーーー🌸
翌日・・・連絡なし。
翌々日・・・連絡なし。
翌々々日・・・連絡なし。
どうやらフランスに着いた時点で、私のことなど見事に忘れたらしい。
5日ほど経つと、電話はかかってこないもんだと諦めもつく。
途中、一度だけ、思い出したように電話があった。
内容は覚えていないけれど、普段、聞くことがないほど明るく、楽しそうな声音だった。
次に電話があったのは、帰国前日だ。
「明日の夜10時にオヘア空港に着くから、11時頃に迎えに来て」
「はーい」
どう考えても、恋人ではないな。
最後まで読んでくださってありがとうございます!頂いたサポートで、本を読みまくり、新たな情報を発信していきまーす!