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【シリーズ第32回:36歳でアメリカへ移住した女の話】

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 前回の話はこちら↓

 ある日、彼から、

 「メルヴィン・テイラーのバンドを辞めてん」

 という報告があった。
 週に2回あった、メルヴィンの仕事がなくなったので、彼のレギュラーは、毎週水曜日のアンドレ・テイラーのバンドだけになった。
 ジミー・ジョンソンは不定期に月一度くらいあるだけだ。
 彼は、他のベーシストの代理、単発の仕事をこなして、生き抜いた。

 ある夏の暑い日のことだ。
 休日が増え、時間ができたからだろう。

 「ジャネットの家に、残りの荷物を取りに行く」

 と彼が言った。

 私の部屋へ引越してくる前、彼は、ジャネットという白人のおばさんの家で暮らしていた。

 「お前が友達の家に住んでたみたいなもん。ジャネットが部屋を貸してくれてるねん」

 「そうなんやー。大家さんみたいなもんやね」

 素直に信じた。
 ところが、彼が私の部屋へ泊った翌日には、必ず”大家さん”から電話がかかってくる。
 さすがにおかしいと思う。

 「ジャネットって彼女なん?」

 「そんなはずないやん。ジャネットは俺より10歳くらい年上やで」

 「そうなんや」

 かなり年配の白人女性の姿が浮かんだ。
 彼が部屋に戻らなかったから、心配して電話をかけてくれたんだ。

 いい大家さんだぁ~・・・

 と本気で思った。

 そのジャネットの家へ、荷物を取りに行くことになった。

 「車で待っといて」

 言われたとおり、車の中で待っていた。

 しばらくすると、彼が入って行った同じ扉から、ムームーのような服を着た、すっぴんの白人のおばさんが出て来た。
 その彼女が、のっしのっしと道路を横断し、私の方へ向って歩いてくる。
 ジャネット以外に考えられない。
 ご挨拶を・・・と思い、車を降りた。


 「あんたがユミコ? ××&*$%#&@*&!@**×××!!!」


 ”ハロー”と、挨拶をする隙もない。
 何を言われているのか、さっぱりわからないけれど、友好的な感じはしない。
 延々と続く彼女のスピーチが、早く終わることだけを願いながら、大人しく聞いていると、彼が家の中から飛び出してきた。
 その瞬間、ジャネットは、さっと身を翻し、家の中へ入っていった。

「何言われたん?」

「わからん」 

怒られているような気はするが・・・

 それからしばらくして、ブルー・シカゴというクラブへ遊びに行った。

*ブルー・シカゴはジョージ・フロイド氏の抗議運動の際、暴徒によってダメージを受けた。コロナの影響もあり、クローズしたと記憶するけれど、どうやら今月末から再びオープンするらしい。⇩

 真っ赤なスーツを着た見覚えのある女が、不敵な笑みを浮かべて近付いてきた。

「私のことわかる?」

「ジャネット?」

「××&*$%#&@*&!@**×××!!!」

 ・・・わからない。
 そこへ、酔っぱらった彼女の友達が、楽しそうに近付いてきた。

「あなたも何か飲む~?」

 ジャネットは、またまた身を翻してどこかへ行ってしまった。

 ブルースへ行ったときも、同じことが起こった。
 内容はわからないけれど、怒りしか感じない。

 「ジャネットは恋人じゃないのー?なんか、すごい攻撃的やねんけど?」

 「ちゃうで。ジャネットがどう思ってるかは知らんけど」

 ムームー姿のジャネットが浮かぶ。
 確かに。
 彼の場合、ジャネットじゃなくても、他にいくらでもいる。

 ローザズ・ラウンジへ行ったときのことだ。
 椅子に座っているチコ・バンクスを見つけたので、声をかけた。

 「ヘーイ、ベイビー!!」

 レディース・キラーのチコは、膝の間に私を挟んで話をする。 
 そこに割り込んできた女がいる。 

 ジャネットだ。

 どうやら、私がチコと話していることが気に入らなかったらしい。

 家に帰って報告した。

 「あー、彼女はミュージシャン好きやからなぁ。
 結構、色々なミュージシャンの面倒見てるよ。
 俺も、タダで部屋を使わせてもらっててん。
 悪い人じゃないねんけどなぁ」

 なるほど!!!

 ミュージシャン好きは日本にもいた。
 中には、ミュージシャンに一番近い存在であることを、生きがいにしている人もいる。
 
 そっかー!

 突然、ブルース村に現れた、英語の話せない私が、彼女のお気に入りのミュージシャンと仲良くするなんて、とんでもないことだったんだ。

 彼女の気持ちも理解できないことはない。

 
 この一連の出来事で、わかったことがある。

 スティーヴィー・ワンダーやビヨンセのように、 レコード会社と契約し、銀行に十分な預金があるアーティストならともかく、給与明細すらない、ローカルのミュージシャンが、部屋を借りることはできない。

 彼ら黒人ミュージシャンの多くは、女の家を移り住んでいる。
 計画的とか、堅実という前に、毎日生きることで精いっぱいなのだ。
 特別好きじゃなくても、生きるために”やらねばならぬ”場合もあるだろう。

 それにしても、なんでジャネットだったんだろう???
 人の好みは色々だけど、なんだかピンとこない。
 
 住居を確保するため・・・?

 ん???それって、私も同じ???

 ジャネットを気の毒がってる場合じゃないのかもしれないなぁ・・・。


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