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【第6話】36歳でアメリカへ移住した女の話 Part.2

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 Part.1はこちら⇩

 前回の話はこちら⇩

 念願の引っ越しが終わった。
 
 引っ越しの際は、自由に物を動かせないフラストレーションから、ダンナに飛びかかりそうになった。
 冷静に考えると、私は何の努力もせず、言われたことだけしておけば、もれなく黒カビを完全撃退できるのだから、感謝こそすれ、怒りを抱くことではない。

 では、この腹立ちはなんなんだ?

 私は史上最強に頑固な人と巡り合ったのだと思う。
 いかなることも熟考し、慎重に行動する彼は、私が想定外の行動をすることを許さない。
 彼には、彼だけの生きるノウハウがある。
 両親の元で育っていない彼は、子供の時から自分で考え、そのノウハウで、危険な環境を生き抜いてきた。
 些細なことでも、それ以外の方法を受け入れることは、簡単なことではないのだろう。
 ところが、私は思い立ったら体が動いている。
 彼の希望を確認するというアイデアもなく、即行動する。
 彼にとったら、まさに危険な生物だ。

 私とは、考え方や方法は違うけれど、彼の行動の根底には、”二人を守りたい”という思いがある。
 その気持ちは、やはり尊重するべきだ。
 それに、できれば喧嘩はしたくない。
 円満な夫婦生活を送るためには、互いが違う人間であることを理解、尊重し、その時々で相手のやり方に合わせるしかない。
 とはいえ、彼が何も考えていない私に合わせるとは思えない。

 ・・・これは修行だ。

 これまで私は自分のことを否定したり、支配する人から逃げてきた。
 多くの人は子育てをする間、自分のやりたいことを我慢し、子供のことにフォーカスする。
 私にはこのチャンスがなかったので、ずーっと我がままに生きてきたんだろうなぁ。

 しかし、世の中はそれほど甘くない。
 私にも忍耐を学ぶ時がやってきた。
 喧嘩をして、逃げたくなっても、近くに実家はない。
 家出をしても、戻る場所はただひとつ。
 すぐに逃げ出す私が修行をするには、バッチリの環境だ。
 
 もちろん、彼が悪い人間なら話は別だけれど、”意地悪じゃない”、”ずるくない”、”嘘つきじゃない”という彼の性格は大好きだ。
 ここは覚悟を決めて、この結婚を軌道にのせるしかない!
 
 他人と快適に暮らす基本は、相手の嫌がることはできるだけしない。
 とってもシンプル。
 問題は、彼には嫌いなことが山のようにあり、私にはほとんどないという点だ。
 スタート時点でかなりアンフェアだ。
 これが修行でなくて、なんであろう?

 とりあえず生死に関わらない程度の要望は、気持ちよく聞き入れよう。
 子育てに比べたら、どうってことはないはずだ。
 本当に耐えられなくなって放り出した場合、子供はひとりで生きてゆけないけれど、彼はどうにでもして生きてゆく。
 この差は大きい。
 これまで家族や友達に恵まれて、我がままに生きてきたのだから、やれるところまでやってみよう。
 彼も人生で一度くらい、我がままに生きられる時期があってもいいはずだ。

 そして何よりも・・・

 一緒に暮らしている彼が幸せにならなければ、私の幸せもない!!

 さて、私の就職先のストアは地域密着型で、ローカルの商品を仕入れているので、生鮮食品がとにかく美味しい。
 働いている特権で、お願いすれば、すぐに味見もさせてもらえる。
 一番甘くて美味しい果物を買って帰ることが日課になった。

 ある日、帰宅すると、彼が怖い顔をして、カウチに座っていた。
 手にはタオルを持っている。
 不機嫌の理由は、フルーツフライだった。
 フルーツの周りをブンブン飛んでいる、あの小さなハエだ。
 彼は、襲撃してくるフルーツフライをタオルで叩き落とし、撃退し続けていたらしい。
 ところが、いくら撃退しても、新たなフルーツフライが、どこからともなく現れる。

 私にしたら、

 「そんなもん」

 と思えることだけれど、彼にとってはそうではない。
 
 「フルーツフライが発生する原因を根絶すれば、フルーツフライはいなくなる!」

 まるで科学者だ。
 彼は、黒カビに続き、フルーツフライ撃退を決意した。
 調査により、フルーツフライは、ある一定の温度を超えると、孵化することが判明した。

 「フルーツはプラスティックの袋に厳重に包んで持ち帰れ!」

 科学者ダンナの指令が出た。
 袋に入れて持ち帰ったフルーツは、すぐに冷蔵庫へ投入する。
 最低2時間は冷蔵庫の中で冷やし、十分温度が下がってからカットする。
 カットする前に、熱湯の準備をする。
 カットしたフルーツの皮は袋で密封し、外のゴミ箱に投入する。
 使用した包丁とまな板は、ただちに熱湯消毒だ。
 
 このプロセスを踏むことにより、卵が死滅し、我が家からフルーツフライは消えていなくなる、ということらしい。

 ・・・面倒くさーい!
 そもそもハエや虫の世界に人間が侵入しているのだ。
 虫に勝てるとは思えない。
 これまでの私なら、

 「もうええやん!」

 と言っていた。
 けれども、これは修行だ。
 しかも、ゴミを捨てに行くのは彼だし、お湯を沸かすのも彼だ。
 余計なことは言わず、フルーツフライ撃退に協力することにした。
 
 夏になると、私たちはマンゴに夢中になった。
 二人とも、これまでマンゴを購入して食べたことがなかった。

 美味しいーーー!!

 喜びのあまり、二人で踊り出す。
 踊るくらい美味しいのだが、問題がひとつある。
 甘~いマンゴの周りには、いつもフルーツフライがブンブン飛んでいる。
 マンゴの皮には卵がいっぱい付着しているに違いない。
 大急ぎで皮を捨てたいけれど、大きな種があるので、切るのに時間を要する。

 「卵が孵化するぞ!」

 ということで、ダンナから新たな指令が下った。

 「今後、マンゴは外のポーチで切る!」

 まな板、包丁、皿、熱湯をポーチに持参してマンゴを切る。
 むむむ・・・かなり面倒くさい。
 それでも、喧嘩をするよりも、仲良くマンゴを食べて踊っているほうがいい。
 1週間後、

 「そこまでしてマンゴを食べたいとは思わん!!」

 私の忍耐なんて、こんなもんだ。

 「嫌やったら買ってくるな!」

 お言葉に甘えて、この日以降、フルーツを買うのをやめた。

 彼は、我が家からフルーツが消えたことについて、一度も文句を言わなかった。
 なるほど、”嫌なら買ってくるな”という、自分の発言に責任を持っている。
 一方私は、彼のやり方に不満を持っているにも関わらず、自分の意見を言わなかった。
 面倒くさいと思いながらも、果物を購入し続けたのは、彼を喜ばせたかったからだ。
 けれどもその結果、”やらされている”という気持ちになった。
 
 ・・・自分で決めてしたことなのになぁ。

 おかげで、それも私の我がままだと気が付いた。

 さて、フルーツは我が家からなくなったけれど、フルーツフライはときどき発生する。

 「フルーツフライは小さいからどこからでも入ってくるんちゃうのー?
 風呂場やシンクからも湧いてくるでしょ」

 根拠のない、お気楽な私の意見に、彼が同意するはずはない。
 それどころか、

 「お前がストアから連れて帰って来たんかもしれん!」

 ・・・濡れ衣だ。

 科学者ダンナは、フルーツフライの根源を探し求める。
 私としては、原因を突き止めて頂き、濡れ衣を晴らしてもらいたい!
 原因究明のための指令は、次のとおりだ。

 帰宅後、玄関先で脱衣する。
 ⇩
 服をビニール袋に投入し、密封する。
 ⇩
 風呂場に直行し、シャワーを浴びる。

科学者ダンナに悪気はない

 どこかの時点でシャワーは浴びるので、構わないけれど・・・。
 せめて、
 
 「おかえり、ハニー」

 くらい言ってくれたら、大喜びで、踊りながら脱衣するゆみこが見れるかもしれないのに・・・😁
 
 修行の道は厳しいです💪

最後まで読んでくださってありがとうございます!頂いたサポートは、社会に還元する形で使わせていただきたいと思いまーす!