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バラのペン、いちごの糊

私が一番最初に香り付きの文房具と出会ったのは小学校1年生くらいの頃だった。
そのペンは数年間しばらく実家の茶の間の引き出しに入っていたのでよく覚えている。全体がピンクで側面に商品名が記されていて、バラの香り付きだった。バラの再現度はもちろん本物に程遠いが、甘くいい香りだった。メーカーは確かゼブラだったと思う。インクの色は蛍光ピンクで、シンプルなつくりで上をノックして芯を出し、横の小さなボタンで引っ込むものだった。
あの時代のものにしてはしっかり香っていて、色が色だけにうちではあまり使われることがなかったせいか、いつまでもインクが減らなかった。黒電話の下の小さな緑色の引き出しを開けると、ほんのり花の香りがしていた。

もう一つ忘れられないものがある。いちごの香り付きスティックのりだ。
同じく小1の時(1983年前後ってこういうのが流行ってたのか?)、バラのペンを入れていた引き出しの中にあった。この手のものは誰が買ってくるのかわからないがいつの間にか入っていた。たぶん父親が仕事の関係でもらってきたのだろう。

さっそく私は興味深々で蓋を開けた。甘いいちごの香りが鼻孔を抜け、透き通ったルックスがまたキャンディのようで、口に入れたい衝動に駆られた。だが何とか思いとどまった。
バラの香りつきのペンは前述のとおり経験済みだったし、他にもアイスの香りのポケットティッシュやフルーツの香りの消しゴム、友達にもらったポストカード(この部分をこすってね、チョコレートのにおいがするよ!みたいなの)を知っていたが、のりは斬新だった。一体だれが何のために、食べることのできない日用品においしそうな香りをつけようと思い立ったのか。こんなもどかしいステキなことを…。

すっかりそのスティックのりが気に入った私は、何とかしてこの香りを日常的に楽しみたい、このまま香りを他の物に移したいと考えた。しかしのりなんてそんなに使うこともない。
ちょうど国語の宿題をしている最中だった。細かい経緯は忘れたが消しゴムか何かを探して引き出しを開けたら、こののりに出会ったのだろう。手元には国語の教科書。
紙に香りをつけたら教科書開くたびに香るやん!

おわかりいただけただろうか。私はアホであった。
嬉々として十数ページにわたり、のりを塗りたくった。
聡明な皆さんなら、のりは紙と紙をくっつけるためのものであって、香りをつけるものではないということはご存知だろう。せめて塗ったところが乾くまでページを広げておく頭があればよかったが、そんなものはなかった。
教科書のページというページに真顔でのりを塗りたくる少女。はたから見れば「もう教科書なんか見たくねえ!」というロックな所業だ。本人はただ香り付きのファンシー教科書にしたかっただけなのに…。

こんなもんでいいかと気が済んだところで、やっと我に返った。焦って剥がそうとしたが最初の方のページほど剥がしにくくなっていた。
「くじらぐも」や「チックとタック」が、袋とじになってしまう。こんなに健全な袋とじがかつてあっただろうか(いや、ない。)。

何とか本文に害がない程度まで剥がせたが白く醜い跡が残ってしまった。香りがつけば教科書を開くたびに楽しくなると思ったのが、その跡を見るたびに苦々しい気持ちになった。だが不幸中の幸いというか、これが水のりじゃなくて良かった。剥がすどころの騒ぎじゃなくなるところだった。
そしてもう一つ良かったことがある。あれだけしつこく塗りたくったせいでしばらく教科書からいちごの香りがして、いちおう狙い通りにはなったのだった。

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