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【京都】「おうちさよなら日記」を読む。実家に別れを告げる時。

京都は個性あふれる小さな本屋さんが多いまちだ。その一つ、堀川五条近くの路地にある、京町家を活用したhoka booksを訪ねた。どうしてもほしい本があったからである。杉山由香さんの「おうちさよなら日記」。杉山さんがある事情から、実家を手放すまでの心の動きがつづられている。読むうちに、私が暮らした実家の細かな部分、可愛がっていたペットのことなど、様々な記憶がよみがえった。
hoka booksは、リトルプレスや新刊書籍を扱う書店だ。ひとり出版社「烽火(ほうか)書房」の本を扱っている。「おうちさよなら日記」は昨年11月に発行された。烽火書房は「必要な時に、必要な人に必ず届くのろしのような本作り」を心がけていらっしゃるそうだ。店内に入ると、売り場はわずか3畳ほどの広さ。狭い分、店主さんとの距離もぐっと近い。何だか隠れ家のようでわくわくする。

烽火書房の店内。こじんまりしたスペースに本が見やすく置かれている。


私が「おうちさよなら日記」のことを知ったのは、自分の実家が既に売却されていたことを母から聞き、もやもやを抱えていた時のことである。
私はある出来事から、母とは疎遠になっている。その母から久しぶりに電話があった。私は「空き家になっている実家は売れたの?」と尋ねた。母は「そんなん、とうの昔に売れたで。二束三文やったけど」と答えた。
この時の私の衝撃を、どう表現すればいいだろう。実家を離れ、疎遠になって20年近くがたつ。しかし、実家には、私の思い出の品々を置いたままにしていた。
小学校の卒業アルバム、愛用していた文房具、日記帳、高校生の時に描いた油絵、友達と撮った写真、いつか本を作る人になりたいと夢見て書いた原稿や手作り本。

それ全部、私に黙って捨てたんだ!

まあでも、年寄にとって、ごみを捨てるのは大変な作業である。実家のものをいちいち仕分けるのも、私を呼ぶのも、きっと面倒くさかったのだろう。それに、ここで私が怒ったら「年老いた親の財産を狙うのか!」なんて言われて、面倒くさいことになるに決まっている。
そう考えた私は「ああ、そうなの。良かったね。空き家のままにならなくて、本当に良かったね」と母に言って電話を切った。
その夜、私は永久に失った思い出の品々を思い浮かべ、悔しくて眠れなかった。また、そんなことで腹を立てるなんて、自分は小さな人間なのかと悩み、一晩中悶々とした。結局、自分が実家を出たのだから仕方ないとあきらめたのだが。

そんな時、京都の小さな書店についてインターネットで調べていて、「おうちさよなら日記」のことを知った。
ネタばれになるといけないので、内容は簡単にしか触れないでおこう(簡単にでも知りたくない方は、以下読み飛ばしてください)。建築家の杉山さんが親の老いに直面し、思い出あふれる実家を手放すまで、2020年9月から翌年8月までの日記と、家や思い出の品々の写真が収録されている。緑豊かで丁寧につくられた素敵なお宅である。イラストや建築のプロらしい資料もある。これを読むと、何気ない日常をきちんと記録しておくことが、いかに大切かを痛感する。
値段は1300円。こんな小さな本に? 高い!と思う人もいるだろう。だが、私はこの日記が刺激となって、ぼやけた像しか結ばなかった実家の細かい部分を思い出すことができた。みんなで食事をしたダイニングテーブル、仏壇に置かれたご飯と花、夕刊が届くと「カタン」と音をたてた郵便受け、ひなの頃から可愛がっていた手乗り文鳥。
ポコン、ポコンとあぶくのように浮かんできた実家の思い出は、1週間後には消えているかもしれない。でも、いいのだ。私は実家に「さよなら」を言うことができた。何でも区切りをつけることは大切である。家よ、私を守ってくれてありがとう。

※hoka booksでは7月1日から31日まで、「おうちさよなら日記」の出版を記念した展覧会「次の生活への希望」を開催します。月火休み。







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