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誰でも30分で英単語100個を暗記できるようになる、たった一つの意識すべきコツ

むかし、僕は下北沢にあった、今はもう無くなってしまったある塾でバイトをしていたことがある。

ここは塾というよりかは自習室という形態に近く、基本的に授業はない。
塾生は来たら自習を行う。
僕たち塾講師は自習を監督し、何かで詰まっていたら、アドバイスをしてあげる。

あくまで、生徒自身の自主性や主体性に任せて、講師側からは特に干渉しない。そんな塾だった。

同僚や塾長はみんないい人だったし、生徒たちも素直な子たちばかりだった。この塾で働くのは大変面白く、充実していた。

でも、1点だけ腑に落ちないことがあった。

ある日、生徒がいつものように来塾した時のこと。
この塾ではサボり防止と講師側からの適切な働きかけのために、その日に何を勉強する予定なのかをヒアリングしていた。

来た生徒は僕の担当だったので、軽く一声挨拶をしてから、いつものように「今日は何を勉強するの?」と聞いた。
すると、こんな答えが返ってきた。

「はい、明日が英単語テストなので、今日はとりあえず英単語をみっちり1時間くらいやります!」

……ん?
いま聞き間違いしたかな、英単語をやるって?

「はい、ですから、英単語を1時間ほどやります」

正直、最初は何を言っているのかよくわからなかった。
「英単語を」「1時間」……何をするの?しかも1時間も?
いやいやいやいや、ちょっと、それは時間の使い方下手すぎでしょ。

もしかして明日の英単語テストの範囲が300単語くらいあったりするのかな?と思い、聞いてみると、そうでもない。

テスト範囲も割と常識的な範囲だったりする。
疑問が一つ減った代わりに、別の意味のクエスチョンマークが増える。

後になって背後から切られそうなので、先に自白しておくが、僕は暗記が(少なくとも人並みよりは)得意だ。
30分もあれば、どんなに少なくとも100単語くらいは覚えられる(つーかこれが限界)。

「暗記が得意だからって、人をバカにしてんのか!」という声が聞こえてきそうだけど、違う。
僕は暗記が得意だから短時間でたくさんの単語を覚えられるのではない。
短時間で暗記に取り組むから、暗記が得意になったのだ。

暗記が得意になりたいなら、簡単だ。
まず、暗記する範囲を絞る

暗記なんて果てしない作業、無限にやり続けるなんて無理である。
断言するが、暗記が得意な人間が暗記好きなわけではない。
やらなきゃいけないから渋々やっているのだ。
終わりの見えない暗記作業に従事するくらいなら、僕はさっさと別の働き口を探しに行く。

そして、第二に時間を区切る。
これは時間制限を設けることで集中力を引き出す狙いがある。

もちろん、時間はある程度短く設定する必要がある。
タイムリミットで焦ってもらうことが核になる。
焦りで集中力を引き出すことが、この作戦の肝になる。

昔語りになるが、昔の僕の英語担当は英単語テストが厳しかった。
毎回、数百単語が範囲として指定され、その中から50単語が出題された。

幸いにも4択問題だったのだが、全50問に対して制限時間はたったの2分
過酷な受験戦争を戦う兵士たちには、落ち着いてカップヌードルを啜る程度のささやかな安寧すら許されないのだ。
日清もびっくりなタイムマネジメントが求められた。

さらに赤点ラインが厳しく、5問間違えるとドボン
みんな泣きながらテスト勉強をしていた。
テスト日の数日前から、やたらと英単語帳とにらめっこする人口が増えたのはこのせいである。

一方の僕はというと、試験当日の朝6時から30分で勉強すると決めていた。
そこまではどれだけ不安でも単語帳を確認しないし、試験当日も時間がないので、まともに試験範囲を暗記する時間なんてない。

なぜこんな縛りプレイをしたのか?理由は2つ。
①英単語なんか何度覚えてもどうせ忘れるから、やるなら当日でいい。
②「30分以内に覚えないとGAME OVER」というスリルがないと、わざわざやる気が起きない。

いざ振り返ってもクソ野郎である。ナイス自分。

しかしながら、この戦略のお陰でイカれた英語教師による鬼畜調教下において、一度も爆死せずにsurviveできたという面もある。
自分を強くするのは、いつでもきっとストレスだ。

なにはともあれ、つまり、暗記作業に入る前準備として、
①暗記しようとしている対象とその範囲設定
②暗記に取り組む(厳しめの)時間設定

最低でも、これら2つは必要となる。

では、具体的にどのように暗記を行うのか?
必要なものは一つ。自分の記憶(あるいは知識)である。

暗記するから記憶に加わるとか、そういう話をしたいのではない。
新しい知識を覚える際に、もともと持っている記憶や知識などが重要になってくるのだ。

例えば、"propose"という単語がある。
これを見た時に、みなさんは何を思うか?

ここで「何って、これは英単語"propose"じゃん。意味は『提案する』で、スペリングはp-r-o-p-o-s-eだな」としか思わなかった人。

残念ながら、あなたは暗記が下手だ。
きっと気分を害されただろうが、悪いことは言わない。
振り上げた拳はいったん下げておき、僕を殴って家に帰るかどうかはここからの続きを読んでから決めた方がいい。

そもそも暗記というのは、単に「新しい知識を記憶する」という作業ではない。
元々もっている記憶や知識のネットワークの中に、新しいノードを追加してあげるという作業である。

学校で、転校生が入ってきたときを想像してみてほしい。
担任の先生は少しでもクラスになじめるように、その転校生の人となりや属性などを確認して、それと共通するクラスメイトがいないか探すだろう。

ただ「はい、転校生がきました~みんなよろしく!」とだけ言ってお任せしては、相当コミュ強じゃない限り、転校生は浮く。
クラスの輪から外れてしまう。

暗記もこれと同じである。
暗記をする前に一番行わなくてはいけないこと、それは「元々持っている知識との共通点の発見」なのだ。

まずは「この"propose"って英単語、俺の中の知識や記憶だと、どんなやつらが仲良くしてくれるかな?」と考えてあげること。
そうして、新入りの知識に対して、たくさんのお友達を作る手伝い(=「知識と知識の共通項」探し)をしてあげることが、一番の暗記術となる。

この時の「知識と知識の共通項」は何でもいい。
例えば"propose"の日本語読みが「プロポーズ」に近いことを利用して、「おっ、これアレじゃん。『僕と結婚してください!』のやつじゃん」などでもよい(なお、実際"propose"には「結婚を申し込む」という意味がある)。

もしくは、少し接辞に詳しいならば「なるほど、"pro"+"pose"か。というと、"pro-"グループの"produce"とか"promise"とかの仲間だな」というようにしてもよい。

このようにすると、知識同士が手をつないでくれる。
手と手を取り合った知識は、やがてがっちりスクラムを組み、ちょっとやそっとではもう離れ離れになったりしない。

勘のいい方ならお気づきのように、このやり方は「本来覚えなくていい情報まで覚える(正しくは思いだす)」という工程が必要となる。
1の情報を覚えるために、2も3も情報を覚えなくてはいけない。

つまり「覚えることが増えるのに、覚えやすくなる」ということなのだが、この事実は一般的にもよく知られているように思う。
これに対して違和感を持った人は、次のような場合を考えてみてほしい。

上記はいらすとやの画像だが、ある男性がいたとする。
次に、彼の紹介を二通りで行うが、どちらの方が彼の顔と名前を覚えやすいだろうか?

①彼の名前は田口陽介。34歳。独身。サラリーマン。

②彼の名前は田口陽介。
しばしば陽介の「よう」を「洋」と書かれることに悩んでいる。
34歳。独身。実は彼女いない歴=年齢だがそれを隠している。
とはいえ、大手飲料メーカーであるS社の課長であり、それなりの手当をもらっていることから、独身貴族としてのサラリーマン人生を謳歌している。

おそらくだが、多くの人は紹介文②の方が覚えやすいのではないだろうか。
②の方は、覚えやすくなるように頑張って色々工夫してある。

工夫ポイント1
「陽介」と「洋介」でよく間違われるというエピソードで、名前(の漢字)に注目させた。
また、少なくとも「ヨウスケ」という音だけでも記憶してもらえるようにした。

工夫ポイント2
彼女いない歴=年齢とすることで「34歳」と「独身」という情報を結びつけた。
また、「独身貴族を謳歌している」という文でも独身を強調している。

工夫ポイント3
サラリーマンではなく「大手飲料メーカーS社の課長」と具体的に記述することで、印象付けた。

追加の情報は、必ずしも暗記の邪魔をしない。
脳内で知識同士のスクラムを作る助けとなるような情報である限り、その追加情報は間違いなく暗記作業に有益だ。

つまるところ、暗記は取材、もしくはインタビュー、あるいはナンパである。
英単語だろうが、歴史上の人物名だろうが、数学の公式だろうが、覚えたいならやることは一つ。
覚えたい事項に対して「きみ、どんな人?」と質問して、脳内からお友達を探してあげればよいということだ。

限られた時間の中で、対象の話をどんどん深掘りしていき、話を広げる。
文章術の名著「書くのがしんどい」を書かれた竹村俊助氏は取材の際に「おもしろがる」ということを大事にしているという。

暗記もこれと同じだ。
覚える対象の言葉や数字に対して、「どれだけ自分が面白いと思う価値を見出すことができるか」によって、覚えられるかどうかが決まってくる。
そして、この価値が自分に固有のものであると、さらに印象は強まる。

先述の通り、僕は暗記が得意だ。
この秘訣は「僕自身にしか通じないおもしろポイントを発見する能力を育てることができたから」だと思っている。

暗記術なんて、大したことはない。
結局は、どれだけ自分自身の興味を掻き立てるかなのだ。

一番最初の話に戻る。
どこまでかというと、僕の勤めていた塾に来た生徒が、僕に向かって「英単語帳を1時間やります!」といったところである。

ただのバイトとはいえ、流石に僕も塾講師の端くれ程度の存在ではあった。
あまりに非効率な勉強に取り組もうとしている子を前に、見過ごすことはできなかった。
それに、たぶんこいつは寝る。そんな確信めいた予感があった。

いや、1時間も眺めてるの?それはつらいんじゃない?
メリハリもなくなっちゃうし。
そしたら、30分後とかにテストしようか。
そういって彼の顔を見る。

「いえ、いいです。これ覚えなきゃなんで、時間もないし。テストは大丈夫です!」
少し焦りながらそう言うと、鞄から単語帳を取り出し、机の上に広げ、1時間の瞑想に入った。
当然というべきか、10分後には無事彼は夢の世界に到着したようだった。

本当に惜しいのは、ここで説明した内容を、当時の僕はぼんやりとは理解していながらも、ここまで言語化しながら説明することができなかったという点である。

仮に、あの時点で彼に「暗記術とはなんたるか」ということを説明してできていれば。
その時には、彼は納得してくれたかもしれない。
そうすれば1時間を夢の国でのバカンスに捧げることなく、より有意義に時間を仕えていたかもしれない。

勤めていた塾が無くなってから、そして僕がその塾をやめてから、もう1年半近くになる。
彼は、順当にいけば、今頃大学一年生の夏休みの真っ最中だろう。
果たして、志望大学に受かっただろうか。

1年半も昔の、ちょっと触れ合っただけの生徒に関して、ここまで覚えているのは気持ち悪いと思われるかもしれない。
でも、これも当然なのだ。

「『英単語帳と1時間にらめっこします!』と宣言した」という情報は、僕の記憶に彼の存在を固着させるには十分すぎるインパクトがあったためである。
皮肉にも、彼の暗記下手なエピソードが、僕の記憶の定着を促進しているのだった。

彼が、第一志望の大学で、熱心に志望していた獣医学を学んでいることを願う。

「時間を区切る」「時間を節約する」という意識は、単なる時間の節約にとどまらず、副次的な効果を生み出します。

例えば、今回のように「暗記」をするためには、制限時間内に片づけるという時間管理の発想が不可欠となります。

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