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水の記憶 | オオタミユキ

冷たい水に触れるのが好きだ。

手が汚れていなくても洗い場があればよく手を洗う。潔癖でもなんでもなくて、ただ水に触れていたいだけ。

先日、数年ぶりに水泳に出かけた。
プールに行くのはいつぶりだろう。遊園地にある、にぎやかな流れるプールに行ったのは20代も初めの頃かな。一昨年に水着は買ったけど、一度川遊びをしてそれっきり。

近所の室内プールはちびっこ水泳教室や真面目なレッスンが開かれていて、一般客のわたしたちは三列並んだ25mプールに案内された。

水泳の授業は並に頑張る学生だったけれど上手に泳げるわけではなく平泳ぎも息継ぎのたびに沈んでしまうレベル。「真面目なプールって水泳帽着用だったよね」ってことで急ぎAmazonで注文したものの、ゴーグルという存在をすっかり忘れ去っていたので、しっかり泳ぐことは断念。ビート板でぷかぷか浮かんだりのんびり歩行することにした。

明らかにわたしよりも体力がありそうなご老人たちに混じって、ひとしきり水の中を歩く。何往復かして陸に上がると、体がずいぶん重く「ああ、水中ってこうだったよな」と脱力している姿を見張り係の職員さんに微笑まれてしまった。

わたしにとっての水の記憶といえば、プールよりも海が親しい。

祖父母の家は海のすぐそばにあった。
島根県浜田市。港町で特産品はのどぐろ。
物心がついてから大学生になるまで、年に一度は訪れていた。

裸足で歩く砂浜の暑さ
釣りたての魚の味
走る漁船から浴びる水飛沫
水面に映る花火の鮮やかさ

夏休みの帰省は我が家の恒例行事。
盆地で生まれ育ったけれど、海の素晴らしさと怖さは知っている。

年1回という頻度は合計すると十数回、多くても二十数回しかその土地に踏み入れていないということ。生涯で数えられる程度なのか、と大人になると少し寂しく思う。

子どものわたしにとっては一瞬一瞬が刺激的で濃厚な時間だった。関わるおとなたちも、訪れた場所も、匂いも音も。自他ともに忘れっぽいわたしでもよくよく記憶している(方だと思いたい…)

関西ではあまり見かけない「ポプラ」という中国地方ローカルコンビニを知っていますか?懐かしくなって調べてみると関東にはぽつりぽつりと存在してるらしい。夜の海風にあたりながら港を歩いてアイスを買いに行ったっけ。

大学以降はバイトだ、仕事だ、と忙しく帰省が疎かになっていたが、ようやく仕事が落ち着いたと思った頃にはコロナ禍になってしまっていた。

推しは推せる時に推せ、祖父母の家には行ける時に行け、である。

わたしが歳を重ねる分だけ、当たり前にまわりの大人たちも歳をとり、可愛がっていた祖父母の愛犬は去年旅立ってしまった。

よく知っている人達が老いた姿をみるのは怖い。昔から馴染んだ著名人の訃報を目にする機会が増えた。そして感じる。わたしも確実に老いているのだと。

祖父は料理が大変に上手な人で季節の食材を手に入れては振る舞ってくれた。よく記憶に残ってるものは甘鯛の炙り刺し、サザエごはん、イカのお刺身…そして朝食には必ず明太子と納豆。贅沢なほど食卓に並ぶ魚たち。なんて舌の肥えた幼少期を過ごしていたんだろう。
自分のことながらに憎たらしい。

歳を重ねてよかったなと思うこともある。

お酒が好きになった。昔よりも魚がより一層好きになった。ごちそうできるようになった。

この夏、4年ぶりに祖父母に会いにいく。


オオタミユキ
酢橘堂 店主

京都にてセレクトショップ酢橘堂を営む。
ほかは空間作り、撮影、執筆活動なども。
最近の楽しみは休日に二度寝すること。

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