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なぜ徳が必要なのか?

これまで、東洋思想について色々な角度から記事を書いてきましたが、前回、ようやく「道徳」について書きました。徳を積むことは大事といわれていますが、その理由や動機はみなさんそれぞれあると思います。

道:宇宙万物の法則
徳:見えない「道」を見出そうと日々意識し、行動すること

『リーダーとして論語のように生きるには』車文宜・手計仁志

今回は徳を学び、行動するための3つのポイントをご紹介します。皆さんが「おおお!私もやってみたい!」と思ってもらえたら嬉しいです。

徳を学ぶポイント
1.「心のアップグレード」を先に
2.学習範囲は「弟子規」
3.メリットは「自由自在」

1.「心のアップグレード」を先に

前回の記事で「内境」について以下のように書きました。

私たちの日々の関心ごとは、豊かな生活や幸せの追求。そのために、仕事、家庭、趣味やこだわりの持ち物などを少しでもアップグレードしようとがんばります。東洋思想ではこれらを「外境」と呼びます。つまり外的要素という位置づけです。一方で東洋思想で重んじるのは「内境」です。外的要素ではなく内面の心をアップグレードすることが学びの目的です。

「内境」を重んじる理由について少し補足します。簡単に表現するなら、心(内境)をアップグレードする=器が大きくなる、つまり度量、受け入れられる心を広けていくことです。これは「自分に厳しく、他人に優しく」に繋がり、EQ(心の知能指数)の高い人になることができます。
(※EQの高い人の特徴として柔軟性、共感力、傾聴力、ストレス耐性、素直さ、粘り強さなどが挙げられてる)

そして、何よりも「外境」のアップグレードをしても「内境」に対して善い影響はありませんが、「内境」のアップグレードをすると瞬く間に「外境」が改善されます。東洋思想では、常に物事の先後、本末を強く主張しています。なので「外境」のアップグレードに必死な方へ、先にやるべきは「内境」です。
(※先後=順番の先と後、本末=本旨と末節、つまり因果関係そのもの)

2.学習範囲は「弟子規」

東洋思想に関する書物はたくさんあります。私たちがこの「弟子規」をお勧めしている理由は「とにかく簡単、でもかなり深い」からです。文面を読んでも理解しやすいし、実践もすぐに始められるものばかりです。しかし、やってみると深いのです。続けていくうちに少しずつ習慣化し、やがて無意識でも自然と行動できるようになると、爆発的な効果をもたらします。東洋思想のどんな書物を読んでもつながりが理解でき、心が広がり、EQが高くなり、人間関係で波風が立つことが無くなってきます。

弟子規については、下記の記事にある「弟子規とは」の章をぜひご参照ください。

3.メリットは「自由自在」

『論語』の有名な一文の最後に「従心所欲、不踰矩(自分の思うように行動をしても人の道をはずすことはない)」という言葉があります。これこそ自由自在なのです。自由にしても人の道をはずさないなので、「なにやってもいい」自由とは完全に異なります。

子曰、吾十有五而志于学。三十而立。四十而不惑、五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲、不踰矩。

『論語』為政

そもそも「徳」の教育は君子、現代でいえばリーダー向けです。中国史上唯一の女帝といわれる武則天は、かつて「人の上に立つことは、名を知られ渡り権力をもつこと、利益が集まり贅沢が増えること」と言いました。人間の欲が爆発したらどうなるか、良く分かっていたのです。

東洋のリーダー論では、徹底的に無我を解き、私利私欲が社会や大自然に及ぼす悪影響を教え込んだのです。3歳までの基礎教育や、人格が完全に形成される15歳までの教育は、ただただ道徳義仁信などの繰り返しでした。リーダーシップを発揮して周囲に影響力を及ぼす人ほど、徳を学び、そして、どんな世界でどんな活動をしていても、自由自在にふるまいながら、道を外すことは決して無いのです。

徳と才を兼備するリーダーを目指す

人間誰しも、世間の名声を得たい!財産を増やしたい!という欲望を持っています。才覚があればこの欲望を満たすことができるかも知れません。しかし「徳なき才」は危険です。社会や大自然への毒になる可能性さえあります。それなら才も徳もない方がまだマシと言われるほどです。

上に立つ人に対して、私たちはさまざまな評価をします。国のリーダーに対しても不平不満がたくさんあります。しかし確実に言えることは、徳才兼備の教育を受けていなければ、誰でもそのポジションになれば私利私欲が爆発する可能性があるということです。したがって彼らをが悪いというよりも、教育を受けてないからと言えるのではないでしょうか?

不教而殺謂之虐
(教えずして殺すのは虐待である)

『論語』 堯曰

論語にもあるように、教えていないのに過ちを犯したら罰するというのは虐待のような行為であります。しかし、私たち一人一人も知らなかったと言って、法に触れることはもちろん、背徳なことをしてはなりません。これらは教育によって変えられます:「心のアップグレード」を「弟子規」を通じて「自由自在」を得る、徳の学習に力を注いでみませんか?

車文宜&手計仁志

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