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色彩は「幸福」を祝うために

 絵画に興味を持つようになったきっかけは、千葉に住む「K」と東京に住む「R」のやりとりにあった。高校を卒業して東京に繰り出した頃、「こんなの自分だって描ける!」と美術の時間にピカソの絵をののしる人生を歩んできた私にとって、「モネ」について語りあう二人の姿は眩しかった。都会の洗礼だ。田舎で育ち、小川の水をせき止めて遊んでいた私とはあまりにもかけ離れている。群馬には美術館なんてなかった(いや、あった)。そんな、「印象派」すらなんのことかさっぱりだった私はある展覧会に足を運んだ(眩しい二人の会話に加わりたかったのだ)。
 

率直に言って、背伸びである。(でも、その背伸びのおかげで印象派からダリやルネ・マグリットにも興味が広がることになる)

色彩は「幸福」を祝うために

駅の乗り換えでせわしく移動していた時にふと目に入った文章だった。正直に話すと、当時その意味が全くわからなかった。ただ直感的に「なんかオシャレ♪」と思い、よく見ると国立新美術館で開かれる「ルノワール展」の広告だった。ルノワールと聞いてすぐ浮かぶイメージは喫茶店であって、画家のルノワールと言われてもピンとこない私は無謀にも人生初の展覧会に行った(同時に、国立新美術館のある六本木デビューを飾る)。

そもそも、美術館に対するイメージも「デートスポットの定番とされていながらも意外と行かない場所」といった非常に浅いものだった。料金を支払い、チケットを受け取る(前売り券を利用しないことからも展覧会に慣れていないことが伺える)。受付の優しいお姉さんにイヤフォンでの音声ガイドをつけるか問われ、よくわからないままとりあえず承諾し、よくわからないまま鉛筆を手渡された。これが後に大いに役立つ。なぜなら、耳元で渋い声の有名な俳優さんが展示作の歴史や背景、画家に関するエピソードを丁寧に語ってくれるのだ。鉛筆は魅力的だった作品をパンフレットにメモする時に助けになった。お姉さんありがとう。

博物館を訪れると展示作品を一つ残らず見尽くそうと試みるタイプの私は展示作品の脇に添えられている解説を一字一句逃さず読み込んだ。芸術的素養に欠ける私でも楽しみながら背景知識を取り入れられる解説に驚いた。一見、敷居の高い展覧会は意外と初心者にも優しい。「本物」と出会って絵画に対する印象ががらりと変わることになった印象的な作品をいくつか取り上げる。

『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』

© Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by AMF

日本初展示となった印象派の巨匠ルノワールの最高傑作とも評される作品であり、私が生まれて初めて「絵画」で鳥肌がたった作品だ。大きさ、色使い、木漏れ日の美しさ、あらゆる要素に魅了された。生で見るとその表情からは「幸福」が垣間見える。作品に描かれているのは労働者階級の人々。そんな「普通」の人々の日常に存在する幸せの瞬間を溢れる色彩で切り取った作品を前に唖然としてしまった。

『ぶらんこ』

© Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by AMF

この作品でも労働者階級の人々の幸福が描かれている。『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』と共通して惹かれるポイントであるのは影を「青」や「緑」を使って描き上げている点だ。画像ではどうしてもとりこぼされてしまう美しさがある。

『ピアノを弾く少女たち』

『ぶらんこ』などとは異なる中産階級の少女を描いた作品。暖かみのある色使いからどこかほのぼのとした印象を受けた。色が優しい。腰に巻きつけられた淡い青がなんともいえない。私はきっとルノワールの描く「青」に心惹かれている。

『都会のダンス』(上)
『田舎のダンス』(下)

© Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by

 この2作品はテーマが対照的でとっても面白い!『都会のダンス』で洗練された都会的な女性(シュザンヌ・ヴァラドン)が描かれる一方、『田舎のダンス』では素朴で楽しげな表情に満ちた田舎的な女性(アリーヌ・シャリゴ)が描かれている。シュザンヌは背筋をピンと張ってダンスしているように見えるのとは反対にアリーヌはどこか男性に寄りかかっているように見えてなんだか微笑ましい。実際に美術館で作品を見たとき、人物を描いた作品でもっとも印象に残った作品は「田舎のダンス」だった。アリーヌの幸福感あふれる表情に心奪われた。
 ルノワールはシュザンヌとアリーヌのどちらにも心惹かれていたものの最終的にアリーヌと結婚する。(うんうん、なんだかわかる気がするよルノワール)

 1863年の有名な評論「現代生活の画家」のなかで詩人ボードレールは、画家が描くべきは過去ではなく現在であると主張し、「移ろいやすく、儚く、ささやかなもの」を捉える素早い描写を称賛しました。ルノワールが描いた現代は、ダンスホールや酒場、カフェ、郊外の舟遊びといった、19世紀のパリ生活に特徴的なものばかり。小説家のゾラは、そんなルノワールの作品を「現代的な側面の幸福な探求」と形容しました。 国立新美術館 展覧会概要

もちろん、ルノワールの風景画も色彩豊かで美しかった。ただ、光溢れる風景を対象に色彩豊かに描いたモネと比べて、小説家ゾラの語るように彼が描いたのは人々の「幸福」、特に「苦労しながらも日常を生きる人々の幸福なひととき」だった。色彩は「幸福」を祝うために。

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