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vol.49 山笑う文【手紙の助け舟】

ごきげんよう。喫茶手紙寺分室の田丸有子です。
東京はみずみずしい新緑の季節を迎えましたが、御地のご様子はいかがですか。
この時期の好きな言葉は「山笑う」。草木が芽吹いて若葉で山が明るくなる様子を表す春の季語です。東京にいると山笑う景色を見ることは叶いませんが、以前の今ごろ三重県に住む友人を訪ね、早朝に散歩したときに見た景色がまさにそれでした。若葉の濃淡で山がもくもくとなる風情を”笑う”と表現する昔の人のセンスに胸を打たれます。

ちなみにこの言い回しは他の季節にも有ります。
・夏「山滴る」
・秋「山粧う」
・冬「山眠る」

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『花だより』

ところで、私は高田郁さんの小説『みをつくし料理帖』シリーズが大好きなのですが、最近になって主要な登場人物たちのその後について書かれた『花だより みをつくし料理帖 特別巻』を読みました。久しぶりにあの登場人物たちにまた会える喜びと話の面白さに引き込まれ、あっという間に読み終えてしまいました。

『花だより』の中で、主人公の澪は旦那さんと一緒に江戸を離れ、故郷の大阪で料理屋を切り盛りしています。江戸にいた頃お世話になった恩人の種市に対して年に一度、梅の花がほろりと咲くころに近況を綴った長い文を送っていました。種市はそれを「花だより」と呼び、何よりも楽しみにしています。その時期になると「そろそろかな」とワクワクし、まだかまだかと首を長くして、文が届かなければ澪の身に何かあったのではと自分のことのように心配するのです。
江戸時代の話ですから、今と違って文のやり取りも頻繁にはできなかったのでしょう。だからこそ、書く方は並々ならぬ想いを込め、受け取る方は何度も読んでその想いを汲んでいたに違いありません。

そのような手紙は今書いてもきっと好いでしょう。年に一度、同じ季節に決まった人に長い手紙をしたためる…私もそんな手紙を出してみたくなりました。我が身に起こった面白話を一年分てんこ盛りにして綴り、読んだ人が破顔する様子を想像したい。もし今の季節を送る時期に選ぶとしたら「山笑う文」とでも名付けたりして。

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田丸有子(たまる・ゆうこ)|喫茶手紙寺分室 note ライター
手紙文化振興協会認定 手紙の書き方コンサルタント
子供の頃から「手紙魔」と呼ばれるほどの文通好き。
切手に描かれている美術品や絵画の実物を鑑賞するための美術館巡りが趣味。目下ステイホームで始めたベランダガーデニングに夢中。
blog: 手紙魔Yukoのお手紙ライフ



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