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禁句 第18話

【第1話はコチラから】

 答えて、男は夜景へと目をやった。

 また無言だった。

「刑務所に入る前」

 男なりに機をみたのか、静かにそう話し出す。
 そこで一度咳払いをすると、改めて切り出す。

「俺は、刑務所に入る前、本当にだらしなくてな。
 高校卒業して、すぐに入った会社を辞めてから、長く続いた仕事もなかった。
 そのくせ、どこか自分をひとかどの男と思いたがっていた。
 仕事はろくになかったが、周りには似た連中がいた。
 悪いだけの連中じゃなかったが、そこで俺は、鼻持ちならない自分を増長し続けていった。

 そのうち、俺は女と会った。

 そんな俺を諌めつつ、どこか俺を気にかけてくれて。
 俺は、はじめて、なんというか、思いやりみたいなものに触れたんだろうな。

 すぐに惚れたよ。

 それで、付き合い始めた。
 始めのうちはうまくいってた。

 俺も定職について、それから同棲を始めて。
 だけどどこか、結婚はまだ現実的じゃなかった。

 それにそのうち、まるで絵に描いたような当たり前を生きる自分に嫌気が差している気もしていた。

 次第にまた昔の連中とつるむようになった。
 何度か、他の女に手を出したこともあった。
 それがもとで何度も喧嘩して、俺は手を上げることもあった。

 ある日、子供ができた、と言ってきた。

 俺は、何も言えなかった。
 その日の夜、昔の連中と遊びにいって、そこで傷害事件を起こしたんだ。

 相手は全治六ヶ月の重傷を負った。
 そのまま、女とは会わなかった。

 多分終わったのだろう、と思っていた。
 それが突然、面会にやってきた。

 さっき言った通りだよ。

 だけど、それ以外にも女が残した言葉があった。
 女は言ったんだ、あいつは俺の優しいところに惚れていたんだって。

 優しい。
 俺が。

 俺は自分をそんな風に思ったこともなかった。
 それから女は続けた、そこに俺らしさがあると思っているけれど、もう救える気がしない、って。

 そして、ごめんなさい、って謝ったんだ。

 謝るのは俺のほうだった。
 俺はそのとき、本当の後悔を思い知らされた。
 もう戻れないということが、どういうことか、ってな。

 それから女は他の男と結婚することを告げた。
 俺に止める権利など、ひとつもなかった。
 いい奴なのか、と聞いたら、そうだ、と言っていた。
 俺は、幸せにな、って、その言葉を言うだけで精一杯だったよ。

 それからさよならを言い、去って行った。
 それきりだ」

 話し終え、男が深く息を吐いた。

 淀んでいたものを全て吐き出すかのようだった。
 阿倍が横に男を見ると、夜景を見ている。
 夜景よりも向こうを見ている気さえした。

 改めて、安倍も夜景を眺める。


(続く)

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