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ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア 第7話

【前回の話】
第6話https://note.com/teepei/n/ndf519cda602b

 暫くしてまた木村は本の話をしだし、また頷いたり聞き返したりした。

 散歩をしている間に日が暮れ、夕飯がてらに少し飲もう、ということになった。
 ピザとパスタがうまいんだよ、と連れてこられた店は木調の食堂風で、窓際のテーブル席に座った。

 久々に飲むビールで少し酔い、ワインを勧められて大分酔った気もする。
 頼んだピザとパスタも本当においしく、大いに食べた。
 酔った木村はよく話し、本や映画のことを楽しそうに伝えてくる。
 やはり頷いたり相槌をうったりして、時には内容について尋ねてみたりもする。
 
 出会って間もない頃、本の内容について繰り返し尋ねていたことを思い出す。
 心の底から楽しかった。
 傲慢さゆえに失ってしまった時間を取り返しているようなものだった。

 ふと時計を見ると、二十三時を回っている。

「時間は大丈夫なのか」
 ああ、と答えた木村の住まいは、ここからそんなに離れていない。
 しかし明日は予定があるようなので、ひとまず切り上げることにした。

 お互い路線が違うために、改札で別れることにする。
「今日は楽しかった」
 そう口にした自分の中には、既に微塵の惑いもなかった。
「俺もだよ」
「また飲もうぜ」
「ああ」
 表情に一瞬よぎるなにかを見た気もしたが、既に懐かしい木村の笑顔があるだけだった。

 握手を交わす。

「それじゃあ」
「うん、じゃあね」
 と答え、行きかけた木村が振り返る。

「なあ」
「どうした」
「よく生きるんだぜ」

 海でのことを思い出し、苦笑いしてしまう。
 きっとまだ心配しているのだろう。

「もう大丈夫だ。買った本も読まなきゃならないし」
「そうか。それじゃあ」
「ああ」
 
 そうして木村は改札を抜け、ホームの中へと消えていった。
 心配させちまったな。
 そう思い、同時に根本的な疑問を思い出す。

 何故、あのホームにいたのだろう。

 そして何故、死のうとしていることを知っていたのだろう。

 次に会うときにでも聞いてみるか。
 一度疑問を引き取り、また会う楽しみを大切に取っておくことにした。
(続く)

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