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ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア 第6話

【前回の話】
第5話https://note.com/teepei/n/n7ed65d247b06

 それから電車に乗り、都心へと戻っていった。

 電車の中で、木村は以前に貸してくれた本の話をした。
 傍らで聞きながら相槌を打ち、時には聞き返したりもした。

 暫くして、木村は駅を降りるという。
 寄りたい本屋があるから、ということだった。
 一緒に行くかい、と問われ、もちろんすることもないのでついて行くことにした。

 駅を降り、しばらく歩く。

 一軒目の本屋で専門書の棚へ行き、それから文庫のフロアへ移動した。
 一緒に棚を眺めたり、しばらく別で本の背表紙を見渡してみたり、自由に時間をつぶしながら渡り歩く。

 何も考えなくてよかった。

 結局木村は本を買わず、それから二軒の本屋を梯子する。

 そこで幾つか文庫を薦められ、気付くと三冊購入していた。
 木村はとうとう一冊も買わず、ぶらぶらするか、と散歩を提案した。
 空はすでに暮れかけている。

「たまにはこういう日もいいよな」
 誰に言うでもなくつぶやき、木村は空を見上げる。
「やっぱり忙しいのか」
「ああ、でも、それもようやく最近だけどね。それまではバイトの日々だったから」
 
 大学を卒業してからも木村は同じレンタルビデオ屋でバイトを続け、小説を書き続けたという。

「バイトの日々か。それはそれで不安だったんじゃないか」
「いや、それだけはなかったんだ」
 妙にはっきりと断言したように聞こえ、木村を見ると足元の一点を見つめながら何かを考えているようだった。

 それから意を決するようにして、再び口を開く。

「ものすごく馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれないが、実はわかっていたんだ」
 
 しばらくは人混みもまばらで、通りを行く車のエンジン音だけが響いて聞こえるようだった。

「いや、運命だと思ってた、とか、そんな曖昧なことじゃなくてさ、なんていうか、もっと具体的に未来を見たんだ」
 木村がためらった意味を理解する。

 普段だったら聞き流していたかもしれない。
 でも今は聞き入れる気になっていた。

「占いみたいなもんか」
「いや、言い表しづらいけど、未来の映像を見せる能力、と言えばいいかな。
 そんな能力者がいるんだ。
 その人に見せてもらった未来で、俺は小説を書き上げて賞を取っていた」
 
 未来。

 脳裏で何かが呼応するが、まだはっきりとは現れない。
「そうか」
「ああ」
 こちらの受け取り方が気になるようで、木村は言葉が少なくなりがちだった。

 まばらに行き交う人の気配と通りの喧騒が、しばらく間を埋めた。

「それで迷いがなかったのか」
 話の接ぎ穂を渡すと、木村に安心した様子が表れた。
「そうだね、お陰で没頭できたのかもね」
「そうか。
 羨ましいのかな。
 未来を見るのは怖い気がする」
「大丈夫だよ」
「なんで」
 また少し考え込むような間を見せて、
「うん、いずれわかるよ」
 と一人納得するように答える。
「そうか」
「そうだよ」

 その話はそこまでだった。
(続く)

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