サムライ 第19話

【前回の話】
第18話https://note.com/teepei/n/n154a7cfa237a

「てめえ」
 と森井は怒号を飛ばし、俺と体を入れ変えながら群れの方へ俺を突き飛ばした。

 俺を避けて群れが割れ、森井の凶暴さに巻き込まれないようにするためか、さらに距離を置いた。
 烈しさを増した森井が俺に駆け寄り、掴み上げ、鳩尾に拳を入れる。
 うっ、と体を折った俺の首にのど輪をはめ、さらに俺を突き飛ばすようにしたのだった。
俺は勢いよく後ろへよろめき、そこにくずおれる。せき込む俺を見定めながら、森井がゆっくりと間を詰める。
 そしてすぐそばまで来ると、言った。
「行け」
 はめられたのど輪による咳き込みが落ち着き、ふと耳にしたその言葉は一瞬理解できなない。
「逃げろ」

 これを狙っていたのだ。

 群れの包囲を突き破り、袋小路の出口に近付けること。
 その目論見は成功し、俺は背後に袋小路の出口を背負っている。
 群れとは十分距離が取られていたが、徐々に異変に気付き始める。
 せっかくの機会を無駄にしてはならないと、俺は慌てて立ち上がりながら、
「お前は」
 と森井に問いかける。
「いいから行け」
 そう叫ぶ森井は既に向こうへと体を向け、群れと対峙していた。
「もう糞はごめんだぜ」
 俺に振り返り、そう吐き捨てた森井は、挑戦的な笑みを浮かべていた。
 
 森井はようやく見つけたのだ。
 抱えた怒りをぶつける先と、その正当な理由を。

「てめぇ裏切るのかよ」
 動揺する取り巻きをよそに、頭がまずまずの凄みを見せる。
「うるせえ。大体てめえが気に食わねえんだよ」
 対峙する森井。
 その背中には迷いのない力を感じる。
 しかしこの人数差と、加えて相手はバットと角材を持っているのだ。
「森井」
「いいから行け」
 怒号にも聞こえたその台詞を機に、群れが動き出した。
 
 俺は出口に走りながら、もう一度振り返り、森井を見る。
 取り巻きの一人をぶっ飛ばし、二人目を叩きつけ、しかし三人目のバットが森井を襲う。

 森井。

 袋小路を抜け、こんな時に電話するべき先を考える。警察。走りながら連絡し、路地を抜ける。
「場所はどこですか」
 場所?落ち着け、住所か目印になるものを。ここはどこなんだ―

 警察は案外早く駆けつけてくれた。だが間に合わなかった。
 制裁は完了し、残ったのは誰だか分からないほど顔が腫れた森井だけだった。
 群れの連中も馬鹿じゃない。
 逃げた俺が警察を呼ぶことを考え、短時間で最大の暴力を注ぎ込み、処刑を終えたのだ。
 当然意識はなく、警察は救急車を呼び、ひとまず事後処理に入る。
 森井。
 俺はただ、呟くように繰り返し名前を呼ぶことしかできなかった。
 悔しくて、腹立たしくて、惨めだった。
 
 それから思い出す、徳本さんに会いたい、思ったことを。

 はい、徳本です、という穏やかな声が電話口から伝わってきたとき、ようやく気持ちがほどけていくのが分かった。
 そして不覚にも泣いてしまう。
 それはあの自己浄化の時以来だった。
(続く)

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